俺の嫁はエルフ受けが悪い【17】
「うし、これで最後かな……」
よっこらせ、と深い縦穴からのんびり這い出る。
1歩進めば罠があり、2歩進めばトラップに当たる、そんな道だった。
ワイヤー、地雷、吊り天井、落とし穴から飛び出す棘から仕込みマシンガン、毒矢入り仕込みボウガン、爆発系、攻撃魔法系、そりゃあもうありとあらゆるトラップが仕込まれた道だったが、危害を加えられるだけのものばかりだったので俺には無意味だった。
痛覚を遮断し、回復を当ててもらい、落とされた先からも身体強化で抜け出せる以上、破れない罠は1つもない。
強いて怖いものがあるとすればワープ系だが、仕込まれていた魔法系の罠にはそういった特殊な系統の魔法は存在しなかった。
シンプルな攻撃魔法を自動発動させるのが関の山、といったところ。
ザクロと技術を比べるのもおこがましいぐらいの、稚拙な魔法罠だらけだ。
「ユウキさん、怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
ハンナは俺の周りをぐるぐる回り、本当に怪我がないか念入りにチェックする。
少し進む度にこの調子なので、俺たちが地下に入ってからかなりの時間がかかっていた。
おかげで体は無傷だし、体力も全く減っていない。
ハンナ自身の魔力は豊富だし、彼女の回復魔法が尽きるほどの怪我も追ってはこなかったため、正直楽勝でここまで進めてしまった。
「この扉の向こうに敵さんは待ち構えてるんだろうけど……さて、どうやって行くか」
「普通に開いて入らないんですか?」
「まあ、それでいいとは思うんだが、開けた途端に全力で攻撃してくるだろうってのは目に見えてるからなぁ」
これだけ用心を重ねてきている相手だ。
俺たちが入った瞬間、可能な限りの攻撃を叩きこんでくることも考えられる。
「ハンナ、そうだな、あっちの角で待っててくれるか?」
先ほど通り抜けてきた曲がり角を指さすと、ハンナは不安そうな顔を見せた。
「……ユウキさん、今度はさすがに危険過ぎませんか?」
「んー、まあ、俺もそう思う。ただなぁ、ハンナが巻き込まれる方が危ないと俺は思うんだよ」
相手が使ってくるであろう攻撃。
ラゴくんが寝返っているとすれば少し前に食らった水魔法が飛んできそうだし、道中でくらったような銃撃やら爆発がくる可能性もある。
何より俺が危険視しているのは、タンポポがくらったような弱体ポーション。
そいつをハンナがくらえば、回復魔法や強化魔法が弱まってしまう。
戦力として考えれば、絶対に避けるべき事態……いや、戦力とか関係なしにハンナに危害が加わるのが何より問題だ。
「扉を開けて何かされて、その上で戦闘するってなったら、やっぱり俺が1人で引き受けるのが1番被害が少ないし次に繋がる。ここは堪えてくれ、な?」
「……じゃあ、せめて」
ハンナはそう言って、俺に魔法をかけていく。
「できる限りの強化と……自動回復、反応回復、弱体無効化、耐性強化、精神耐性強化、それから、再生速度強化と、あと、えっと、特殊弱体耐性と……」
次々に降りかかる強化と自動回復系スキルのオンパレードに、敵さんが気の毒になってくる。
俺自身、旅の中でだいぶ体を鍛えていったし、おかげでそんじょそこらの魔物に殺されるようなことはない肉体になってるはずなのだが、ここまでの強化を受けた以上、負ける気が一切しない。
サクラと殴り合った時はタンポポのアイテムも借りてもっと徹底的に強化してもらったが、これでも十分過ぎるぐらいだ。
そこらの魔王ぐらいなら余裕で相手できる。
「よし、これなら、何が来ても平気ですね!」
「やり過ぎじゃないか?」
「私としては、もっとできることがないか考えちゃうぐらいですよ。ユウキさんは放っておくとすぐに無茶しますから」
「……ありがとな」
どこまでも俺を心配してくれるハンナの優しさに、思わず笑みがこぼれる。
彼女の頭をそっと撫で、下がってもらう。
心配してくれるのもそうだが、俺を見守ってくれているハンナがいるのなら、無様な姿はさらせない。
「っし、行くぞ!」
勢いよく両開きの大きな扉を開け放つ。
「来たね」
「……あんたが、親玉か」
意外にも、開けた瞬間は何も飛んでこなかった。
大きなホール上の部屋で、少女が椅子に腰かけ、こちらを偉そうに見ていた。
良く知っている姿、しかし、俺が知っているものとはまるでかけ離れた存在。
タンポポの似姿をした敵――ベリィの言っていた、鏡龍ルーツがそこにいた。
「待っていたよ。と言っても、ここまでの罠の数々ですでに満身創痍だとは思うけど」
「いやぁ、それは……」
愉快そうな笑みを崩してやるのはちょっと心苦しいのだが、と思いつつ、俺はとりあえず彼に歩み寄って行った。
「……ん? 無傷?」
「ご丁寧にタンポポの真似までしてもらっといて悪いんだけどな」
慌てた表情でスイッチをいくつか押すルーツ。
瞬間、壁から生えてきたいくつかの自動小銃が火を噴いたが、俺の体に開けられた穴はあっという間に塞がってしまった。
「御覧の通りノーダメージなんだよ」
続けて降り注いだ鋼鉄の槍。
いくつもの鋭い切っ先が俺の体を貫き、そのまま地面に串刺しにしようとするが、俺は無視して先に進む。
幾度か引っかかりながらも、肉を千切って自由を得ていく。
刺し止められた足先を壊して治して、肩口に大穴を開けて塞ぎながら、脳天に突き刺さった槍を引き抜いて体制を整えつつ、俺は淡々と進む。
「痛覚も遮断してるし、体も元に戻るようにしてるから基本無駄だぞ?」
そして最後に降り注いだ液体。
引き攣りながらも勝ち誇った笑みを浮かべていたルーツだったが、俺はため息交じりに彼の前に辿り着き、拳を握った。
「言っとくけどな、俺に弱体ポーションは効かんぞ」
弱体ポーション、正確な名前は『スキル弱体ポーション』。
これをくらった相手は、一定期間使用するスキルに弱体が入ってしまう。
ザクロやハンナの使うような魔法にも効果があり、使用者の使うあらゆるスキルが弱まってしまうという、非常に強力なアイテムだ。
実際、それをたくさんくらったせいでタンポポは作れるものに制限が付きまくってしまっている。
俺たちのようなスキルに頼りがちな転生者にはめっぽう効く、というのがセオリーなのは確かだが、今回は相手が悪かった。
俺のスキルである『不死身』は、弱体することがない。
というか、死ななくなるだけのスキルなので、ぶっちゃけ弱まりようがないのだ。
人は死ぬ。
当たり前の話だが、普通の人はあらゆる要因で死ぬ。
それが死ななくなっているだけのスキルだからこそ、スキルがあるかないか、しか存在しないのだ。
このスキルがあれば死なない、ないなら死ぬ、それだけ。
弱まるも何も、そもそも最低限そういう状態になれる、というだけのスキルがこの『不死身』の効果である。
100か0かどころではない、1か0かの差でしかないこのスキルを、弱めるなんてことはできないのである。
「んじゃまあ……歯ぁ食い縛れよ!」
渾身の右ストレートを、ルーツの顔面に叩き込む。
身丈に合わない豪奢な座椅子が、ぶっ飛んでいく彼と共に無残に転がった。
ああ、胸が痛む。
「あ、ぐ……!」
地面をしばらく転がった彼は、何とか起き上がり、手榴弾やら、毒液の詰まった瓶やらを投げつけてきた。
一瞬でボロボロになった姿に、罪悪感すら覚える。
だが、容赦はしない。
「うぉらっ!」
「ぎぃっ!」
今度は左、低い位置にいる顔面を狙ってアッパーだ。
転がる距離は先ほどより短く、それでいて無理矢理体を起こさせる。
ふらふらと立ち上がりかけるところに、もう1度渾身の右。
派手に石造りの地面を転げ回り、彼の姿が少し揺らぐ。
「なあ、その変身解いてくれないか? 俺、女の子の姿してる相手殴るのも、仲間と同じ顔してるやつ殴るのも嫌なんだが」
「これだけ容赦なく殴っておいて……今さら……!」
「まあ、それはそれだ」
嫌なもんは嫌、でもやらないわけにもいかないんだから。
残念ながら彼が変身を解くつもりは未だないらしい。
気乗りはしないが、致し方あるまい。
「そんじゃまあ、もう1発!」
次の1撃を、と拳を握った俺だったが、
「ま、待てぇっ!」
どこに隠れていたのか、咄嗟にラゴくんが飛び出してきて、ルーツを庇った。
彼の代わりに殴られたラゴくんだったが、俺の拳はこの間とは比べられないぐらい強化されている。
見事なまでに殴り飛ばされたラゴくんは、そのままルーツを巻き込んで地面を転がり、もみくちゃになったまま地面に伸びていた。
やれやれ、無茶をするな。
「ユウキさーん、どうなりましたー?」
と、彼らに追撃を、と思った俺の耳に、背後から愛しい声が聞こえてきた。
「ああ、もう少しかかりそうだ。待ってて――」
「よそ見とは、余裕だな、人間!」
俺が背後の扉を見ていた一瞬、その隙に、ルーツは姿を変化させていた。
その姿は、横で伸びている半龍半エルフの少年、ラゴのものであり、彼の頭上には巨大な水で出来た槍が浮かんでいた。
咄嗟に、『ヘイトフル』を発動させた俺だったが、凄まじい水流に巻き込まれる中、それが明らかに俺だけを狙った攻撃ではないと気が付いた。
弱体ポーション……使うつもりのなかった『ヘイトフル』には当然、その効果が発揮される。
いつもであれば、俺だけに降り注ぐはずだった水魔法は、扉の奥、様子を伺っていたハンナの方にまで及んでしまった。
「きゃっ!」
水の中、くぐもった音ではあるが、わずかな悲鳴が届く。
その瞬間、俺の何かがぶちっ、と音を立てて切れるのが分かった。
「はあっ、はあっ……どう……だ?」
息を荒げるルーツを、水流から抜けた俺が見下ろす。
油断していた俺が悪い。
それは当然反省すべきことだが、今はそれより。
「……やってくれたな、真似っこ野郎」
先ほどまでとは比べ物にならない程の怒りと力を込めて、俺は拳を握り、力強く振り抜く。
もはや反応すら返せなくなったルーツは、勢い良く吹き飛んでいき、そのまま壁にぶつかった。
貼り付けのようになった彼に、俺は一気に迫り、続けて拳を叩きこむ。
幾度となく叩き込まれる打撃に、もはや声すら上げられない様子だったが、そんなことはお構いなしに、俺は彼を殴り続けた。
殴って、殴って、殴り続けて、
「ユウキさん!」
ハンナの声で、ハッと我に返る。
気付けば、見知らぬ半龍の姿をした男が、俺の前でぐったりとしていた。
「もう、もうそれ以上は、いけません。死んじゃいますよ!」
「……悪い」
涙ながらに止めてくれたハンナを見て、俺はようやく拳を降ろす。
回復し続ける右手が、痛覚遮断の効果が切れ始めたのか、やたらと痛むのだった。




