俺の嫁はエルフ受けが悪い【16】
「さて……」
警備のために拠点周囲を見て回っている人間たちは、一様にぎらついた瞳をしていた。
誰も彼もが頬は落ち窪み、体も細く不健康そうな外見をしているのに、異様なまでに目だけが爛々と開かれている。
よくよく見てみれば、腰にエナジードリンクの缶を何本も抱えていた。
あれで気力と体力を誤魔化すようにしてるのか……異世界人に何やらせてんだこっちの敵さんは。
「社畜文化をこっちに持ち込むんじゃないよ、と言ったところで無駄だろうなぁ。しっかし、銃を作ってエナドリ作ってジャミングしてって、どんだけこっちの文化を学んでんだろうなぁ……」
「ユウキさん、いつ出ましょうか?」
物陰から様子を伺う俺に、ベリィが問いかけてきた。
彼女が警備兵たちの注意を引き付けたら作戦開始、なのだが。
「そうだな、一応改めて確認なんだけど、あそこに見えてる人たちに何人まで増えたら対応できなくなると思う?」
俺たちの視線の先には動かず周囲を警戒する男が2人、そして巡回しているやつが1人見えた。
さっき聞こえていた声の内容からして、もう2人は増えそうな気がするし、なんならもっとたくさんの人間が潜んでいたとしてもおかしくない。
「それでしたら……彼らの持つ武器がどれほどの威力を持つか次第ですが、100人ぐらいまででしたら、なんとか」
「思ってたより強い……」
「これでも龍ですので……」
俺たち、これを4人とかで相手取ったりしてたのか、と思うと不思議な気持ちになってくるが、転生者ともなるとそんなものか、とも思う。
実際、こっちの世界で普通に生きている人が100人束になってかかってこられても、俺も勝てる自信がある。そういうものなんだろう。
警備に歩いている人間たちのレベルはせいぜい良くて5とか6とか。
持ってる実銃のおかげで攻撃力は圧倒的なまでに底上げされているが、それでも数人が全部ぶち当てることができてようやくレベル40の魔物を1体倒せるかどうか、といったところ。
魔物側の村人も同じような感じだとすれば制圧は用意だと思うが、いやはや、びっくりするぐらい使い捨て要員だな、彼ら。
「んじゃまあ、できるだけ傷つけずに無力化してもらえるとありがたい。別に俺たちは虐殺がしたいわけじゃないし」
「分かりました」
頷くベリィに頷きを返し、俺は残る懸念事項を潰すことにした。
「サクラ、ベリィのことを頼みたいんだが、分かってると思うけど約束な」
「うん、誰も殺さない。酷いこともしない。材料にもしない」
「そう。よーく理解してくれてるようで、俺は嬉しいぞ」
軽く頭を撫でてやると、サクラは嬉しそうに目を細めていた。
「俺たちみたいな人間は特殊で、本来人間ってのはもっとずーっと脆い。だから戦うにしても、できるだけ手加減して相手してやるんだぞ」
「……ユウキは、こんな時でも人間の心配をするんだね」
「あー、まあ、これでも人間だからなぁ」
死なない体を持ってしまって、自分の怪我や命の無事に無頓着になっていて、魔王を拳骨で倒したりもしてきたが、それでも俺はやっぱり人間なのだ。
そんな人間がいてたまるか、なんてことを言われてもしょうがないとは自分でも思うが、ここにいるのだから許してほしい。
俺は人間で、それでいて戦う力があって、勇者のような戦いに身を置くために呼ばれたわけなのだから、人と戦うのだとしても彼らを守りたい、傷つけたくないと思ってしまうのだ。
多かれ少なかれ、転生してきた人間なんてのは、そんなことを思いながらこちらでの日々を過ごすもんだと、俺は思う。
「サクラはこれからも長生きして、たくさんの人と交流してくことになるかもだからさ。そのためにも、人に優しく、誰とでも仲良くする練習はしてかないとな」
「……別に、仲良しな人、増えなくてもいいんだけど」
「今はそうでも、いつかそうじゃなくなるかもしれないだろ? できることは少しずつでも増やしていくといいもんだ」
「そういうもの?」
「そういうもの。ま、とりあえずサクラはベリィの手伝いをしつつ、俺たちが呼んだら来てくれればいいからな。頼りにしてるぞ」
「分かった」
こっくりと頷くサクラにもう1度頷きを返して、俺はようやくハンナを見た。
「お待たせ。なんか懐かしいな、こういうのも」
「昔は何度かありましたもんね。たまたま通りがかった村の人たちと協力して戦ったり」
「な。すっかり隠居したつもりだったんだが、なんだかなぁ」
「まあまあ、タンポポちゃんの助けになるんですから、いいじゃないですか……と、私が言うとお思いですか、ユウキさん」
うーむ、やっぱダメか。
「こうやって私を勧める側にするのも、何度もやりましたよね」
「そうだったなぁ……すっかり引っかかってくれなくなってしまって、俺は悲しいし、嬉しいよ。さすがハンナだ、頭が良い」
「もう! 今だって、反対なんですからね、罠を全部ユウキさんが引き受ける、なんて」
「分かってる。ハンナがそうやって心配してくれるからこそ、俺は今でも普通の人間と同じ感覚で生きてられるんだ。いつもありがとな」
「……だったら、もっと自分を大事にしてください」
「うん、帰ったらしばらく戦いとか争いはなしにしたいな。のんびりスローライフに戻りたいよ」
「いいですね、マサギさんも元気にしてるでしょうか」
あんまりこういう会話を続けると死亡フラグっぽくなりそうなのでここらで打ち切りたいところだが、俺に死亡フラグなどという概念は存在しない。
それこそ無茶苦茶な拘束だとか凍結だとか停止だとか、生かさず殺さずの極みみたいなことをされなければ――って考えてるとやられそうだから怖い。これもある意味フラグか。
「ユウキさん?」
「ああいや、なんでもない。んじゃま、そろそろ行くとするか。ベリィ、頼む!」
「はい」
俺の声と共に、静かに出て行ったベリィが、見る見る姿を変化させていく。
「な、なんだこいつは!」
「くそっ、近づくな、魔物め!」
「うおおおおっ!!」
警備兵たちは口々に叫び声をあげながら銃を構え、引き金を引いている。
だが、龍の硬い鱗にその銃撃は少しも通っていないようだった。
「さて……死なないように気を付けてくださいね」
荘厳な声を響かせるベリィは、真っ赤な鱗を持つ巨大な龍へと変わっていた。
巨大な体躯、辺りに生える木々よりも太く力強い四肢と尻尾、大きく開かれた翼に、鋭い牙と爪。どれを取っても立派な、まさしくドラゴン、といった姿だ。
「やっぱかっこいいなぁ、龍」
「力強いフォルムですよね」
呑気にその姿を横目に見ながら、俺たちは敵の本拠地へと潜入した。
外から聞こえるすさまじい咆哮に、大丈夫だよな? 殺さないよな? と不安を抱きながらも、とりあえず俺たちは進むしかないので前を見る。
拠点内はがらんとしており、誰の気配もしない。
普通の一軒家を改造して全フロアぶち抜き状態にしている、か。
「地下に入ったかジャミングか、ね」
俺はハンナに少し離れていてもらい、床を適当に叩きながら歩いて回った。
すると、
「ん、ここか」
中心に明らかに音が違う床板を発見した。この先に地下通路でもあるのだろう。
「ハンナ、強化頼む」
「えっ、今ですか?」
「一応な。あと回復の準備も」
「分かりました」
ハンナが準備している間に、タンポポからもらってきたポーションを取り出す。
「効果はそんなに長くないのと、切れたタイミングが自分で分からないだろうから気を付けること。飲んでから一定時間は痛みが遮断されるけど、切れてくると痛みが戻ってくる感じだから、怪我する前に飲んで怪我してからは痛みに合わせて使う、ぐらいにしてね。ちなみに本来の用途は暗殺とかです」
なんでも、痛覚を一切遮断するので、本来痛みで苦しんだり声を出したりする相手を黙らせたまま殺したりできるのだとか。
相手が寝る前の食事などに睡眠薬と共に混ぜ、寝込みを襲って相手が気付く前に殺す、とかに用いられる、とかなんとか。
んなもん人に渡すなよ、とは思うものの、俺だから渡してくれたのだろう。
俺なら痛みで気づかなきゃいけない致命傷なんてものはないのだから。
「準備、できました!」
「よし、んじゃ開けるぞ」
ハンナが十分に距離を取っていることを改めて確認してから、俺は床板に手をかけた。
外せそうな箇所から、一部を外すと同時、何かのスイッチを入れてしまったらしい。
見事なまでに地下の入口から噴き出してきた火炎が、俺の体を焼いた。
熱い、が、痛くはない。
熱さだけならとりあえずは平気だが、さてはて、これはどうしたものか。
奥に火炎放射器でも設置されているのか、炎で焼け焦げた視界は全く効かない。
とりあえず闇雲に手を伸ばしてみる。
暗闇の中、手探りで筒状の何かを掴んだので、とりあえず破壊。
すると、炎の勢いが弱まったので、そのままある程度手探りで状況を把握しようとあちこち触っているうちに、体が復活してきた。
ようやく見えるようになった目で、下り階段の途中に括り付けられていた火炎放射器の残骸を確認。
他のトラップは特にないようなので、俺は地下に続く先を見た。
暗闇の中、土壁がむき出しの道が続いている。
「ハンナ、とりあえず入口は大丈夫だ! ただ他の罠もあるか気になるから、終わったら呼ぶ! それまで待っててくれ!」
「分かりました!」
外のハンナから自動回復の魔法をかけてもらい、俺は少しだけ先に進む。
入口から差し込む多少の光が、かろうじて俺の視界を補助してくれている。
薄暗い通路に降り立つと、正面に続く道が曲がり角へと繋がっていた。
とりあえず階段から降り切った位置には何もなし、と。
そのまま通路を少し進み、壁やら床やらをとにかく探ってみる。
さっきのような分かりやすいトラップはなさそうかな、と思ったところで、少しいやな予感がしたので、スキルを使ってみる。
すると、右壁が突然動き、そのまま俺に向かって襲い掛かってきた。
「案の定かー」
喰らいついてきた蛇のようなそれをかわし、わきの下で抱えるように締め上げる。
暴れる土の怪物だが、見るにそれほどレベルが高いわけではないようで、俺たちにとっては脅威にもならなそうだった。
危険度は低いとしても、スキルに反応するタイプの魔物が潜ませてあるってのは厄介だなぁ。
俺はともかく、ハンナをこちらに呼ぶか迷ってしまう。
とりあえず魔物は小脇に抱えたまま、突き当りまでは行ってみることにしよう。
そのまま辺りを探りつつ、暴れる魔物を適当にいなしながら進むと、かちり、と足元で音がした。
ちょうど曲がり角に差し掛かる手前、この感じは確実に地雷だ。
「ま、ついでに魔物の処理もしてもらうか」
俺はやれやれ、とため息を吐きつつ、地面に魔物を転がした。
直後、埋めてあった地雷がいくつも作動し、凄まじい爆発を巻き起こした。
地下だし崩れたらやだなぁ、とも思ったが、そこはやはり魔法で魔物を仕込んでいたりするやつが作った場所だ、爆発が収まると元通りの通路がそこにあった。
俺はというと、爆発に巻き込まれ、地面を転がり、がっつり肌を焼かれたし足も吹っ飛ばされたが、それだけだった。
少しすれば体は再生したし、地面に転がっている魔物はすっかり動かなくなってしまっている。
改めてスキルを発動させたりしてみたが、もう潜んでいる魔物はいなようだった。
この通路を作る方に尽力し過ぎたのか、はたまた、これぐらいの罠であれば侵入者は突破できないと考えていたのか。
「どっちにしても、相手が悪いってやつだろうなぁ」
我ながら敵さんが気の毒になってくる。
何しろこっちは残機無限のチート能力野郎なわけだし。
「ユウキさん、どうですかー?」
俺が戻るのが遅いからか、ハンナが入口からこちらを確認していた。
ぼちぼち呼ぼうと思っていたのでちょうどいい。
「とりあえずここまでは大丈夫だ。もう降りてきてくれていいぞー」
恐る恐る、といった具合に入って来るハンナを見て、ふと、俺は違和感に気付く。
俺が呼びに行く前に、ハンナがこっちに来る?
「っ、そういう罠か!」
急いで階段に向かい、俺は降りてくるハンナらしきものにタックルした。
細い腰に抱き着いたまま、彼女が閉じかけていた床板をぶち破って外に出る。
「ゆ、ユウキさん!?」
「はー、やっぱそうか。あっぶねぇ」
俺は腕の中で暴れるハンナの姿をした何かを見た。
姿形は良く似ているが、よくよく見ると細部が異なっている。
三つ編みが逆位置にあるし、指輪も右手にしているし、何より、
「ハンナの指は右手が少し長いんだよ……」
こいつの指は左の方が少し長かった。
常日頃からひたすらハンナを余すことなく観察し続けている俺の目を欺けると思ったら大間違いだ。
髪の長さだって変化していたら数ミリ単位で答えられる自信がある。
「似せるにしても、もう少しクオリティをあげてから来るんだったな」
俺はハンナの偽物を倒すべく拳を振り上げたが、気付けば暴れることをやめ、じっとこちらを見上げてくる彼女に逡巡してしまった。
確かに部分部分が反転してはいるものの、ハンナと同じ顔をした相手を、俺が、殴る?
「で、できない……!」
俺にそんなことができるはずがなかった。
そっと彼女から離れ、俺は背を向ける。
「今のうちに、どこかに消えてくれ……」
俺にできるのはこれぐらいのものだった。
当然、敵である存在に背を向けたのだから、何かしらの攻撃をされたっておかしくはない。
しかし、俺にはこれしかできないのだ。
なんと卑劣な、そして強悪な罠なのだろうか。
敵は俺たちが思っているよりもずっと頭の切れるやつなのかもしれない――
「何やってるんですか!」
ごん、と背後で聞こえてきた音に振り返れば、ハンナが偽ハンナを殴りつけていた。
地面に倒れた偽ハンナはそのまま気絶してしまったらしく、動かない。
「今、何かされそうでしたよ!?」
「ハンナ、ありがとう。でも、俺にはやっぱり、ハンナの姿をした相手を殴ることはできないんだ」
「……もう」
ぽす、と軽く俺の背に拳を当てるハンナが、たまらなく愛おしい。
顔を赤くしてしまった彼女を連れ、俺は再び、地下の攻略に戻るのだった。




