俺の嫁はエルフ受けが悪い【15】
「ああ、そうでした」
小屋を出る直前、不意にルーツが振り返り、いたずらっぽく笑った。
「人間たちの前では私は英雄タンポポであるということになっています。そのため少しばかりのキャラ付けをしておりまして。彼らの前では多少無礼な態度を取ってしまうことになると思われますので、どうか寛大な御心でお許しください」
「あ、ああ」
「それと、ラゴ様の名を出すわけにはいきませんから、こちらでの偽名を考えましょうか。何かご希望はありますか?」
「いや、特には……」
「では、ふむ、シンプルに『ツール』でいきましょうか。私の名前からですが、それでよろしいですか?」
頷きを返すラゴに、優しく微笑むと、ルーツは小屋を出て行った。
ほんの数時間前まで話していた相手と同じ顔で全く違う話をされるのだから、もはやどんな話し方をされようと平気でいられる自信がある。
ラゴはそう思いながらルーツに続いたのだったが、
「おお、タンポポ様! どちらに行かれてたので?」
「我々に協力したいと言う青年に声をかけられてね。少しばかり面接をしていたよ」
ツールくんだ、と紹介され、前に出されたラゴに視線がいくつもぶつかる。
誰も彼もが、ぎらついた瞳をしていた。
ルーツに連れられて入った民家は、壁が崩され広い1間になっている。
そこに薄汚れた男が6人。
こけた頬、無精髭と痩せた手足。どこを取っても健康的とは言い難い外見だったが、瞳の奥に燃える炎だけが異様なまでに力強かった。
「ツールくん、挨拶を。これから仲間となる同士たちだ」
「あ、え、と……」
ここにきて、人見知りを発揮してしまったラゴは口ごもり、彼らから視線を外す。
すると、
「なんだなんだ、随分気弱そうな兄ちゃんだなぁ! 俺たちと一緒に革命を成そうってんなら、もっと胸張って顔上げな!」
「そうだそうだ! 俺たちはアンタのお守りなんかしてやれねぇぞ!」
「てめぇの命はてめぇで守りな! 命も賭けらんねぇなら、大人しく家に籠っとけよ!」
「この国は今や戦場だ。俺たちの戦いに巻き込まれたくないなら、できるだけ大人しくしてるんだな」
「ま、人間同士で争ってる場合じゃねぇからな! 仲良くやろうぜ、兄弟!」
口々に大きな声で話す彼らに、苦笑いを返す。
粗野な者たちだが、悪党には見えない。圧は強い。
しかし、ラゴは知っている。
彼らが、魔物の村をいくつも焼いてきたことを。
たくさんの魔物の命を奪い、人間の領地だと雄叫びをあげてきたことを。
彼らが吊るす見知らぬ武器は、ルーツが手に入れたスキルで与えたものだろう。
何人もの同胞が亡くなり、たくさんの魔物たちが助けを求めて屋敷へとやってきたのを思い出す。
「ほら、ツールくん、最初の挨拶は大事だよ。形式上であっても、共に戦う同士であるなら、一応はしておくべきだ」
ルーツに促され、ラゴは湧き上がってきそうだった暗い感情をグッと飲み込んだ。
そうだ、彼らは今、必要な手駒なのだ。
ルーツの理想のため、今は悪感情を表に出すわけにはいかない。
「よろしく、お願いします……」
とはいえ、簡単に感情を押し殺せるはずもなく。
ラゴには、頭を下げながら、なんとか絞り出すように挨拶するのが精一杯だった。
「さて、顔合わせも終わったことだし、彼に拠点の案内をしてくるよ。皆はいつも通り訓練と警備に回ってね」
「了解!」
威勢よく返事をした男たちはバタバタと拠点から出て行く。
彼らがすっかりいなくなったのを確認してから、ルーツは呆れたようなため息をついた。
「ラゴ様、もう少し、上手くやってはいただけませんか?」
「僕としても、そのつもりだったんだけどな……実際に目の前に人間がいると、どうにも……」
「……彼ら同様、私も幾重の同胞をこの手にかけてきました。ラゴ様は私のことも、憎き相手と思いますか?」
「そんなこと!」
「でしたら、彼らにも少しだけ、愛想というものを撒いてやってください。いずれ刈り取る命であっても、いえ、だからこそ、ある程度の愛情を持って接するのです。家畜などと同じですね」
にこり、と笑うルーツだったが、その瞳は一切笑っていなかった。
彼も彼で、今の行いに多少なりとも心を痛めているのだろう。
「……ところで、聞きたかったのだけど、いいか?」
「ええ、何なりと」
「彼らを利用して領地内の村を襲って、支配下に置く。これを繰り返した後国家そのものを転覆させ、残った弱い人間たちを悉く支配下に置く。ここまでは分からんでもないのだが……その過程で有用な魔物たちを排除してしまうのは、どうなんだ?」
「ああ、なるほど。そこに関してはご安心ください。彼らは、強大な魔物を打ち払ってなどいませんよ」
「……どういうこと?」
きょとんとした顔のラゴに、ルーツは小さく笑う。
「屋敷の方に向かわせた彼らは、元々いくつかの村を統治していた者であり、私の子飼いだった龍族です。彼らのように、私の話を聞いてくれる相手を選んで戦うようにしておりますから、ラゴ様の心配されるようなことはないのですよ」
「そ、そうなのか……」
「はい。元より、私の話を聞かず、反対する者は今後にも響きます。そういった意味でも、今回の騒動には選別の役割もあるのです。信じられない、というのでしたら実際に控えてる者たちにもご紹介しますが、いかがですか?」
「いや、いやいや、さすがルーツだ。僕が思う以上に、たくさんのことを考えているんだな。すごいよ」
ルーツの言葉に、ラゴは安心した様子で首を横に振った。
やはりルーツはすごい。
彼について行けば間違いない、と心の底から思わせてくれる。
いや、いずれは彼すらも率いる立場にならなくちゃいけないのだ……大変なことだ。
「僕に、王が務まるかな」
「ラゴ様?」
考えていたことが口から出てしまった。
ラゴは慌ててそっぽを向くが、言ってしまったことはどうにもならない。
「いや、その、ルーツをすごいと思う度に、な。僕なんかが上に立てるだろうか、と」
「……いつも言っているではありませんか」
ラゴの前、恭しく膝をついたルーツは彼の手を取り、静かに告げる。
「私の忠誠は、いつまでもどこまでも王家への、魔王たる者へ捧げるためにあります。ゆえにこそ、今もこうして活動しているのです。私とて、ただ狂信的に王家に身を捧げているわけではありません。この身、この魂を捧げるに値する方々だと思うからこその献身なのです。もちろん、ラゴ様、あなた様にも当然そのように思っています。ですからどうか、胸を張り、我が王として堂々としていてください。それだけが、私の願いです」
ルーツの言葉に、ラゴは少し考えた後、彼を真っ直ぐに見下ろしたまま、きっぱりと告げた。
「ああ、お前の言葉にふさわしい王として、頑張るよ。支えてくれ、どうか」
「ええ、必ず」
そして、少しの沈黙の後、ルーツは立ち上がって拠点の奥へと促した。
「実は拠点の本部は地下にありまして。そちらは警備と罠が張り巡らしてあります。我々にとっては何より安全な地ですな。そちらで今後の作戦をお伝えしましょう」
「ああ、頼む」
「――ってとこで、地下に入られたみたいだね。んー、罠とかいうのにジャミングまで仕込んでんのかな、何も聞こえなくなっちゃった」
ルーツたちが拠点地下へと向かったのと同時刻。
大袈裟な機械を机の上に広げたタンポポは何かのダイヤルをいじりながらそんなことを言っていた。
絶対見かけだけだろ、そのデカブツ。
「盗聴器をラゴくんに仕掛けてた、って、あんたホント敵に回したら厄介ね……」
「お褒めに預かり恐悦至極。うちのパーティじゃ僕ぐらいしかできなかったでしょ、こういうこと」
「まあ、それで何度も助けられたからな。俺は素直にありがたいと思うぞ」
「ユウキだけだよ、そうやって素直に感謝して褒めてくれるのは。ハンナはちょーっと悪いことしたらすぐ怒るし、ザクロは呆れるし、ヒイラギは興味なさそうでさぁ。僕の承認欲求を満たしてくれんのはいつだってユウキだけさ」
「んなこたないだろ……」
と、口では言うものの。
実際、俺とタンポポはよく意見が合う方だった。
正道とは言い難い手口を考えつくのは大概俺かタンポポだったし、それを聞いて賛同するのもまた互いのどちらかだった。
ほとんどの場合はハンナに反対され、ついでにザクロにも否定され、ヒイラギは無言で抵抗したりと、パーティ全体としては最終的に真っ当な解決策を取ることが多かった。
逆に言えば、俺とタンポポだけで何かを攻略する場合、まっとうな手はほぼ使わない。
「さーて、どうやって攻略しよっか、敵の本拠地。周りの警備とかは雑魚オブ雑魚だろうし適当、というかベリィ1人で事足りるとして」
「わ、私ですか」
「うん。銃とか渡してるみたいだけど、あれで本物の龍族を退けるのは無理無理。鱗通んないよ、あんなもんじゃ。まあ生まれたてのやつとか特別脆い素材のやつとかは別かもだけど。で、適当に人間たちをのしてもらったら、次は室内の罠とかだけど……」
考え込むような仕草をするタンポポだったが、彼女の目は見事なまでに俺に向けられていた。
その視線の意味が分からないほど、俺も鈍感じゃない。
「ま、それが1番無難だよなぁ」
「だよねぇ。カナリアにしちゃあ可愛くないけど」
「やらないぞ、そんなこと言うと」
「そうなるとサクラにオウガイ出してもらうことになるかなぁ」
もはや作戦会議でもなんでもないレベルの軽口だが、いつも通りのタンポポで安心する。
少し前、彼女は珍しく気弱なことを言い出した。
「本拠地攻めるのさ、皆に任せたいんだよね」
「……お前は来ない、と?」
「うん。いやー、弱体喰らってるからさぁ。足手まといになりかねないし、僕が死んだらもっとヤバいじゃん? 復活した後ならいくらでも敵さんの作ったあれこれを直したり壊したりできるけど、今は厳しいわけだし。だからここは皆に任せたいんだ。あ、ザクロは別ね」
「別にそれはいいけど……お前が前に出たがらないなんて珍しいな」
「あのねぇ、僕は別に現場主義者じゃないの。僕の能力的に現場にいた方が仕事が多いし話が早いってだけ。ポーション投げたり爆弾投げたり、銃撃ったり弱点作ったり、大忙しなんだから。でも今、僕はどれもできない。だったら後ろに下がってサポートに徹する、ってそれだけの話。本当なら僕が直々に行ってぶっ飛ばしたいんだよ? ホントに」
やれやれ、といった具合に肩を竦めるタンポポだったが、最後のが中核の本音なのだろう。
彼女は彼女なりに、悔しさを感じている。
実際、ただ解決するだけなら俺たちを頼る必要もなかったのだろう。
それを俺たちに連絡してきたのだから、本気で全てを徹底的に解決してひっくり返すつもりなのだろう。
仲間がそうまでしたいと言うのなら、
「じゃ、俺が頑張るか」
と言うのが、一応でもリーダーをやっていたやつの言うべきことだろう。
「ま、待ってください! ユウキさんが頑張るって、それって!」
「俺が先行して、ハンナとサクラには後から来てもらう感じだな。ダンジョンに潜ってた時と一緒だよ。いつもはザクロにお願いしてたのをサクラにお願いするだけだ」
「……私は反対です!」
「んじゃハンナが前に出る?」
「それは俺が許さん」
「じゃあサクラに任せる?」
「よく分からないけど、私、やるよ?」
可愛らしく小首を傾げるサクラに、俺は黙って首を横に振る。
微笑ましいまでの純朴さだが、これを利用するような真似は決してしてはいけない。
それはハンナも同じように思ってくれたようで、
「さ、サクラちゃんに行かせるぐらいなら、私が行きます!」
「だからそれは――」
「あー、はいはい。んじゃもう、ハンナとユウキが2人で前行ってよ。サクラは後からついてく感じで。それならユウキはハンナを守れるし、ハンナはユウキを助けられるでしょ?」
タンポポの言葉に、俺とハンナは互いに顔を見合せた。
「うし、それじゃあ改めて、約束な」
「はい」
「俺が少し前を歩く。んで、危険かどうか判断して、それからハンナに来てもらう。罠は基本的に俺が作動させて無力化してく。ハンナの治癒魔法とタンポポがくれた痛覚遮断のポーションがあれば、なんでも平気だ」
もっとも、タンポポが今ポーション系を作れないので、渡されたものの数は非常に少ないのだが。
「……ホントは、それも嫌なんですけど」
「分かってる。だから、できるだけこの手は取らない。無傷で解除できそうなものはそうするからさ」
「それなら、いいです」
「ありがとな。で、最終的な目標は、敵の無力化と、拠点の制圧、だな」
「ラゴくんの救出も、ですよ」
「救出、な。んー、俺、もう1回あいつと戦うことになると思うんだが」
「そうならないように、気を付けましょう」
「気を付けてどうにかなるもんかなぁ……」
敵の本拠地である民家の少し先、俺とハンナは様子を伺いながら話していた。
「サクラは合図があったら来てくれな」
「うん」
サクラには、これまたタンポポが用意してくれたブザーを持たせている。
ハンナが持っているスイッチを入れると、対応したサクラのブザーが鳴る仕組みだ。
これぐらいのシンプルなモノであればギリギリ作れるらしい。
「それじゃあ、家出した王様を連れ帰りに行きますか」
「頑張りましょう!」
こうして、俺たちの本格的な戦いがようやく始まるのだった。




