俺の嫁はエルフ受けが悪い【14】
薄暗い道を、ひた走る。
時折背後を振り返りながら、とにかく足を動かした。
王族だけが知る、秘密の抜け道。
ベリィたちが通って来たような隠し通路は、この屋敷内には至る所に配置してある。
中でも、ラゴたち王族だけが使用できる通路は、ベリィすらも知らない特殊な代物だった。
当然追手はない、だが、それでも彼は臆病風に吹かれ、何度も何度も振り返る。
土がむき出しの壁や道ばかりが、視界に入り続ける。
奥に出口の灯りが見えるようなことはなく、入り口もとっくに塞がった後だ。
今の僕を見れば父は笑うだろうか、などとラゴは静かに考えていた。
「仮にも魔王である者が、小間使いのようなことをするとは嘆かわしい」
まるで本当に言われたかのような錯覚を覚えそうで、ラゴは自嘲気味に笑う。
それでも、急いでルーツと会う必要がある。
声だけでは伝わらない、僕の感じた恐怖と、圧倒的な格の差を、彼に伝えなくてはならない。
ルーツが弱いだなんて、1度だって思ったことはなかった。
今だって、彼の強さを信じている。
僕を育て、鍛え、たくさんのことを教えてくれた偉大な龍。
幾度となく、昔を懐かしみながら父の話を教えてくれたし、知らない龍たちの昔話を語ってくれた。
彼自身の強さに憧れた。
志していた理想に共感したことも多かった。
そして何より、僕のことを認めてくれた。
「ラゴ様は確かに魔王でもなく、エルフでもないかもしれません。しかし、どちらでもあるのがラゴ様の強みでもあります。半端者などと笑いたい者には笑わせておけばよろしい。あなたは必ずや、この国を背負うに至る器になることでしょう」
僕の相手をすることすら嫌がる者もいたぐらいなのに、彼は親身になって僕の教育をしてくれた。
利用するつもりで育てられたのかもしれない。
彼の目的が終われば、傀儡として扱われるのかもしれない。
それぐらいは分かっているけど、それでも、僕は彼を信じたい。
彼を信じることすらやめてしまえば、王として生きることすら、嫌になってしまうかもしれないから。
「だから、ルーツ、僕の話を聞いてくれ……!」
彼を救わなきゃいけない。
彼の破滅を回避しなくてはならない。
あの恐ろしいまでの強さを持つ魔王と、彼を相対させてはいけないんだ。
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長い長い通路を進んだ先、何度か下ったり昇ったりを繰り返した後、ラゴが辿り着いたのは民家の床下らしき場所だった。
「ここを開けば……!」
床板を外して登ってみれば、そこもまた薄暗い空き家の一室だった。
周囲を見回すラゴだったが、
「ああ、来たんだ」
「っ! タンポポさ――いや、そうか」
部屋に入ってきた姿に驚く彼だったが、すぐに思い出す。
ルーツが今取っている姿は、タンポポのものだ。
「……ラゴ様、よくぞこちらまで来てくださいました」
小さな背丈、オレンジの髪にそばかすのある顔は、彼がここ数日何度も見てきたものとまったく同じだった。
だがしかし、言葉の端々から、浮かべる表情から、その違いを如実に感じる。
向けられる優しい瞳は、絶対にタンポポ本人のものではない。
「ルーツ、お前の送ってくれた2人は……」
「いいのです。彼らも、ラゴ様のために動けたとあれば本望でしょう。さあ、こちらへ」
ラゴを促すルーツだったが、彼は動こうとしない。
不思議そうにするルーツだったが、彼はすぐにラゴの様子がおかしいことに気が付いた。
「ラゴ様、顔色が優れないようですが?」
「……僕は、あなたを止めに来たんだ、ルーツ」
「ふむ、先ほど話されていた、魔王サクラのことですか?」
頷くラゴに、ルーツは優しく微笑んで見せる。
「ラゴ様が心配してくださるお気持ちは嬉しいですが、しかし、ここまで来て止まることはもはやできません。申し訳ありませんが」
「あいつの恐ろしさをルーツは知らないんだ!」
叫ぶラゴの脳裏には、彼女の異様なまでの強さが鮮明に刻まれていた。
一瞬で自分を縛り上げた技術、使役する人形たちの強さ、そして何より、本人の底知れなさ。
どれを取っても、彼が今まで見てきた誰よりも、そう、ルーツや父よりも、圧倒的だと感じさせられた相手。
それが、サクラという魔王だった。
「あいつと戦うことになったりしたら、ルーツだって簡単に殺されてしまう! 今なら僕が頼めば見逃してもらえるかもしれない! ねえ、ルーツ、頼むよ! お前が死ぬのは嫌なんだ!」
「ラゴ様……」
慈しみに満ちた瞳で彼を見つめ、ルーツは小さくため息をついた。
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「仕方のない方ですね。それでは、我々が持つ勝算について、いくつかご説明致しましょう。ですが、その前に」
小さく微笑んだルーツは、突然取り出した薬品をラゴの体にかけ始めた。
いきなりの出来事に驚くラゴだったが、すぐさま、それどころではない効果が彼の体に現れる。
「な、なな、僕の、鱗が! 翼が! 爪が!」
「こちらの拠点をご案内するには目立ちます。面倒な立場でしてね、人間たちの味方として振舞う必要がありますから」
言っている間にも少しずつラゴの姿は変化していき、やがてその姿はすっかり人間のそれと同じになってしまった。
すっかりタンポポの能力を使いこなしている彼に感心しながら、ラゴはおずおずと尋ねた。
「や、やはり、ルーツは魔物や魔王による統治を……」
「ええ、目指しておりますとも」
宙を見据え、ルーツはそっと目を細める。
「かつて魔物たちを支配し、力による『絶対』を知らしめた、龍種とその眷属たちによる統治国家。それこそが、私がこの国に求めるものであり、全てと言っても過言ではありません。先王亡き今、それを成せる者はラゴ様しかいないというのに、魔物たちは聞く耳をもちません。ゆえに、まずは魔物たちを、次いで、人間たちを。全てを無に戻し、もう一度やり直すのです。もちろん、私も全力でお手伝いいたしますよ、ラゴ様に全てを押し付けるのではなく、その偉業に微力ながらも力添えできればと考えています」
どこか、うっとりとした表情で語る彼は、はるかな未来を見つめているようだった。
瞳の奥に揺れる暗い炎が、静かな言葉に交じる強い意志が、ルーツの本気を示し、ラゴの本能へと訴えかけてくる。
彼の理想に必要なのはお前なのだと、有無を言わせない程の威圧感を持って、そしてそれ以上の深い信頼の念を込めて、ラゴに伝えてくる。
「私は、あなた様と共にあればこそ、我が理想を成し遂げられると考えています。ラゴ様、どうか私を、信じてはくださいませんか?」
どこか蠱惑的なまでに感じる彼の言葉に、ラゴはそのまま勢いに任せて頷きそうになり、慌てて首を横に振った。
「や、やっぱり、実物を見せてもらわなくては困る! その、勝算、とかいうのがあるなら、見せてほしい!」
「おやおや、やはりそうなりますか……では、向かいましょう。私たちの拠点はこの家のすぐ横にございます」
彼はそう言って、部屋を出て行く。
小さなその背中に多大な不安を感じながらも、ラゴもまた、続いて部屋を出るのだった。




