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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
13/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【13】

「さーて、どいつから殺るよ?」

「ラゴ様以外は皆殺しで構わないとのことだが……いや、確実に殺すよう言われた者がいたな」

 呑気に会話を繰り広げながら、2人の男がゆっくりと歩いて来る。

 どちらも体表に鱗、顔はドラゴンのそれであり、ラゴやベリィと比べても背丈が高い。

 少し前を歩くのは、見るからにガタイの良い高身長の男。

 岩石のような質感の鱗が体中を覆っており、岩を組み合わせて動く人形のようですらある。だが、好戦的な笑みを浮かべる表情は無機質な体表と比べ生き生きとしていた。

 もう1人は細身で、こちらは見るからに硬質な羽を携えていた。彼が歩く度、金属同士の擦れる音が響き、まるで甲冑を着込んだ騎士のようだ。

 まったくタイプの違う2人、いや、2頭の龍、だろうか。

「今、ルーツ様が取っているお姿のオリジナル。タンポポだけは確実に殺せと」

「あー、そいやそんな話だったなぁ。暴れられるってことしか聞いてなかったぜ」

「まったく……いや、お前はそれで良い。それでこそお前は強くいられる」

「おうとも! 持つべきもんは最高の相棒だな、がははは!」

 まったく緊張感のない2人に、俺は軽く頬を掻く。

 こいつら、自分たちが今、敵地に乗り込んでるって分かってるのか?

 それとも、実のところ敵じゃないとか? いや、それはないか、タンポポのことを殺すとか言ってたわけだし。

 じゃあ、なんだってまた、こんな態度なのやら。

 レベルは……どっちも62。

 いやまあ、普通に考えたらだいぶ強い方、ではあるんだが。

「さーて、人間が1人、2人、3人、4人ね。んで、一応龍も1匹、と。おいおい、こんなのが相手とか、俺が暴れるまでもないんじゃねぇのか?」

「油断するな。あれでも彼らは魔王を打ち倒してきた過去がある、らしい」

「へぇ、そいつは中々楽しめそ――」

 突如、2人の言葉が途切れる。

 と同時、彼らの体が不自然な方向にねじ曲がった。

 腕がそれぞれ頭上に高く掲げられ、足はどういうわけか膝を折った状態で宙に浮いている。

「つまらない話が長いのは嫌い」

 ほんの一瞬の出来事だった。

 雑に腕を振るったサクラが、彼らをあっという間に拘束してしまった。

 目を見張り、混乱している様子の2人に向かって彼女は冷めた目を向けている。

 サクラが人形すら出していない時点で、あいつらが話にならない雑魚であることは明白だが、さて、ここからどうしたものか?

「……やっぱり、パーツ取り、しちゃダメ?」

 彼らに向けていたものとは大違いの可愛らしい甘えた目で、サクラは俺を見て小首を傾げた。

 つい許してしまいそうになるが、俺は何とか首を横に振る。

「あいつらに死んでもらっちゃ困るからなぁ。向こうからやって来てくれた敵さんの手がかりだ、丁重に扱わないと」

「……残念」

「別でもらえるんだからそれで我慢しろって」

「鮮度が違うと使い勝手も違うの。ユウキだって人形を作ってみたら分かるよ」

「いやぁ、サクラが作る人形はなぁ……」

 彼女が繰る人形たちを思い浮かべ、寒気を覚える。

 オウガイたちはまだいいのだ、彼らはサクラの作った人形の中でも選りすぐりの優秀な連中だから。

 彼らとは違い、サクラがとりあえず作ったはいいものの放置していた作品たち……彼女の城で放し飼い状態となっていた彼らは、本当に不気味で恐ろしく、異様に強かった。

 今でこそある程度彼らにも目をかけるようになったサクラだが、それでもやっぱり、人間や生き物の死骸を元に作られた者なんかもいて、未だにサクラの城に出向くのは気が向かない。

「人形、可愛いのに」

「まあ、サクラが作る分には良いと思うよ。でもこの人たちはダメだ」

「うん」

 少ししょんぼりしながらも、サクラは渋々頷いてくれた。

 一方、俺たちが話している間、縛り上げられていた龍たちは必死にもがいているようだったが、全く拘束が解けずにいた。

 見えない糸が、彼らが動く度にギシギシと音を立てる。

 硬質な鱗に覆われているおかげで糸が食い込むようなことはなさそうだったが、それでも口と身動きを容赦なく封じられているせいか、だいぶ苦しそうに見える。

 それにしても、地雷を耐えてここまで来るとは、凄まじい防御力だ。

 普通に戦っていたら、それなりに苦戦させられたことだろう。

「で、そいつらどうしよっか。拷問でもする?」

 言いながら刃物を大量に取り出したタンポポ。

 俺はそんな彼女に黙って首を横に振る。

 こいつが弱ってるとか絶対嘘だと思うんだが。

「できれば穏便にいきませんか? ほら、まずは対話から始めるべきだと思いますし。ね?」

 困ったように言うハンナを見て、タンポポは「ちぇー」とつまらなそうに刃物をしまって龍たちを見た。

「そういうわけだから、心優しいうちの勇者とその奥さんに感謝するんだね。君たちが素直に情報を吐き出す限り、僕たちは君らに危害を加えないよ」

 だから、とタンポポが言葉を続けようとしたその時、突然、大柄な方の龍が不自然なぐらいに膨らんだかと思うと、凄まじい爆発が巻き起こった。

 咄嗟にハンナを庇い、俺は叫ぶ。

「サクラ、オウガイを!」

「うん!」

 直後、サクラの影から飛び出してきた黒鎧が爆発の中心に大剣を振り下ろす。

 だが、ガチン、と大きな音を立て、その剣は弾き返された。

「あー、死ぬかと思った」

「俺もだ。無茶をする」

「そんぐらいしねぇと抜けらんなかったんだよ、くそっ!」

 やがて煙が晴れ、中心にいた2人の姿が見えてきた。

 どうも、かなりの無茶をしたらしく、大柄な方は全身が焼け焦げていた。

 特に口周りが酷い。

 対して細身の方は、多少なり爆発の影響を受けているもののほとんど無傷なようだ。

 サクラはじっと、手元を見る。

「焼かれちゃった」

「お前の糸を焼いたのか、すごいな」

「うん、すごい」

 弾んだ声が聞こえてきて、俺は内心頭を抱えた。

 とってもマズい。

「ねえ、そこの大きなドラゴン」

「ん、俺か?」

「そう、あなた。あなた、名前は?」

「名前ぇ? ああ、これから殺す相手だもんな、名前ぐらい教えといてやらねぇとな。俺はイチ! 岩龍イチ様だ!」

「イチ、イチ、うん、覚えた」

 じっと、大きな2つの瞳が子供らしくきらきらと、イチと名乗った龍を見つめている。

「私はサクラ。よろしくね、イチ」

「おう、よろしく! じゃ、死んでもら――」

「いいなぁ、これ」

 またも、一瞬。

 気付けば、サクラはイチの目の前にやって来ていた。

 彼女はオウガイの肩に乗り、嬉しそうにイチの口の中を見つめている。

 オウガイの手によって強制的に口を開かされたイチは、少しの身動きも取れない様子で、ただ愕然と目の前の少女を見ていた。

「龍の炎を溜める器官、やっぱりほしい……鮮度が悪いと使えないし、殻じゃそもそもないんだもの……ね、これ、もらってもいいよね? 死なないもんね?」

 そう言って首を傾げるサクラの横、いつの間にか現れていた黒髪の女性、キヌがイチの口に向けて手を伸ばす。

 彼は彼なりに何かしらの抵抗をしているようだったが、キヌが口ずさむ呪文に全てを阻まれているようだった。

 ああなってしまったら、もう、俺の言葉も届かない。

 サクラが本気で興味を持ってしまった以上、彼女を止めるということは、彼女と本気で戦わなきゃいけない、ということになる。

 元々興味津々だった素材に、想像以上の力を発揮されてしまったのだ、そりゃあ、夢中になったって仕方がない。

 幸い、彼女なりに殺さずに得ようとしているのだから、まだマシ、なのかも。

「貴様っ!」

 もちろん、そんなことを知っているのは俺ぐらいなもので、もう1人の細身の龍はサクラに向かって鋭い爪を振り下ろしていた。

 しかし、

「その爪もいいなぁ」

 サクラに届く寸前、細身の男の体は動きを止めてしまった。

 先ほど同様、宙ぶらりんになった彼の手を、サクラは恍惚とした表情で撫でる。

「この鱗も、すごく硬くていいね……ほしいなぁ。ねえ、あなたの脱皮した殻とか、もらえない? このまま剥ぐのはダメって言われたから」

「何、を……!」

「さっきより強い糸で縛ってるだけ。でもすごいね、普通だったらそのままそんなに動いたら、バラバラになっちゃうのに」

 サクラはとても楽しそうだ。

 もはや見ているだけの俺たちを後目に、どんどん龍たちと言葉を交わしていく……いや、一方的に、彼女のペースに巻き込んでいる。

「ね、あなたは炎、吐けないの? わざわざ口を塞がなかったのに」

「ぐ、こ、の……!」

「……あなたは、つまらないね。でも殺さない。それはダメって約束だから」

 静かに、しかし有無を言わせない様子で、サクラはそっと手を降ろしていく。

 それに合わせて、少しずつ細身の龍の体は地面に近づいていき、やがてサクラの足元、不自然に伸びる黒い影に触れたと思えば、その体は少しずつ地面の、いや、影の中へと沈んでいった。

「あとでイチも送るから。先にポキと遊んでいて」

 もがく細身の龍だったが、抵抗虚しく彼の体はすっかり影の中に消えてしまった。

「イスカぁ!!」

 仲間が目の前で消えたとあってか、それまでただただ豪快だったイチも、焦りを感じているようだった。

 しかし大きなその声に対して、体は少しも動かせていない。

 息を荒げ、サクラとその人形たちを改めて見た彼は、とうとう状況を理解した。

 理解してしまった。

「ねえ、今ならさっきみたいに爆発みたいな炎を出して、少しぐらいは逃げる準備ができるかもしれないけど、しないの?」

「な、なんなんだ、お前は……?」

 震える声で、目を見開いたイチが問う。

「私? さっきも言ったけれど……私はサクラ。えーっと、人形と暮らしてる、ただの魔王だよ」

「ま、魔王!? 魔王がなんで、こんな!」

 混乱、狼狽、恐怖、いくつものマイナスの感情がない交ぜとなった彼に、最初の威勢はもう残っていなかった。

 だが、

「……ねえ、もう1度、さっきのやってはくれないの?」

「ふ、う、がぁぁぁぁぁっ!」

 彼も彼になりに、龍としての誇りがあるのだろうか。

 サクラが明確な格上であると分かってもなお、彼は吠え、口元に煌々と輝く凄まじい熱を湛えた。

 しかし、そこまでだった。

「ふふ、上手だよ、キヌ」

 吐き出そうとした炎は噴出することなく、彼は一切の動きをなくしていた。

 完全に停止している彼の口元に、オウガイが手を入れたかと思うと、ぶちぶちと筋繊維を引きちぎりながら、何かを取り出した。

 それは、今にも爆発しそうな程の高熱を保って光る、火炎の源。

「オウガイ、大事にしまっておいてね」

 恭しく一礼すると、オウガイは源を手にしたまま、ゆっくりとサクラの影に消えていった。

「それじゃあ、イチもまたね。大丈夫、死なせないから」

 ばいばい、と軽く手を振ると、イチもまた、キヌに連れられるようにしてサクラの影へと消えていった。

 全てが終わり、怖いぐらいの静けさが辺りに広がる。

「……はぁ。ユウキ」

 くいくい、とサクラが俺の服裾を引く。

「私、知らない人とたくさん話しちゃった。こんなに話したの久しぶり」

 疲れた様子で、しかしどこか清々しさを感じさせる笑みを浮かべたサクラに、俺もまた、大きく息を吐く。

 なんだかんだ言っても、やっぱりこの子は恐るべき魔王であり、俺たちと仲良くなってくれた1人の少女でもあるのだ。

 その両面を認めてこそ、サクラと付き合っていけるのだと、久しぶりに感じた。

「あー、そう、だな。とりあえず、さっきの2人は別に死んでないんだよな?」

「うん。動けなくしてるだけ。出す?」

「いや、大丈夫だ。とりあえず、戻るか」

「そうだね! いやー、やっぱサクラすごいわー」

「……この入口はこのままにしとくの? なんなら直しておくわよ?」

「それは非常に助かりますが、よろしいのですか?」

「ええ。どうせ暇だし」

「あっ、私も手伝いますよ?」

「絶対ダメ。ハンナはお茶でも淹れてあげて」

「分かりました!」

 各々で好きなように話しながら、俺たちはザクロを残して元来た道を戻る。

 まるで争いなどなかったかのように、誰もがこれまで通りの平静を保っていた。



「な、なんだったんだ、あれ……」

 玄関ホールに辿り着いたラゴは、出てくるタイミングを見失い、物陰からサクラによる一方的な戦いを見つめていた。

 ザクロが扉を直す音を聞きながら、廊下に座り込む。

 圧倒的、なんてものじゃない。

 もはやあれは戦いなどですらなかった。

 強さは魔王に必要なもの――幼い頃から見続けてきた父の背や、ルーツの教えの中で幾度となく聞き、感じ、理解してきたつもりだった。

 だがしかし、あんな異質で異常な強さは、知らない。

 父ですら、彼女の前ではかすり傷1つ付けられないのではないだろうか。

 焦りと恐怖が、ラゴの体を支配する。

 あんな化物と、ルーツを戦わせてはいけない。絶対にダメだ。

 走って部屋に戻り、薄暗い中空に問いかける。

「ルーツ、ルーツ! 聞こえてる!?」

『ラゴ様、いかがなさいました?』

「ダメ、ダメだ、今すぐこんなこと、やめよう! お願いだ! あんな、あんなやつを連れてくるなんて、ああ、僕は、なんてことを……」

『ラゴ様、一先ず落ち着いてください。深呼吸を、1つ。もう1度。……何がありました?』

「あ、ああ……」

 少しだけ落ち着きを取り戻したラゴは、目にしてきた光景を語る。

 しかし、どれだけ大袈裟に言われても、ルーツは少しも声色を変えずに言い放った。

『何も、何1つとして、ラゴ様が心配されることはありませんよ。大丈夫です、私を信じ、屋敷を抜け出てください。迎えの者たちが本来であればご案内する予定でしたが、致し方ありません』

「僕、1人でか……」

『大丈夫です、ラゴ様はお強い。先王のように、立派な王であらせられます。どうか、このルーツめに王の強き姿を見せてはいただけませんか?』

「……分かった」

『それでは、屋敷を出ましたら、またお声がけください。大丈夫、ルーツがついておりますよ、ラゴ様』

 優しく、それでいて力強い信頼を感じる声に、ラゴの折れた心はわずかながら復活していた。

 入口を直すザクロの姿を横目に、タイミングを伺う。

「大丈夫、大丈夫……」

 自らに言い聞かせるようにして、ラゴは何度も呟く。

 それでも未だ、彼の脳裏にはなす術もなくやられていく龍たちの姿が、焼き付いたままなのだった。


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