俺の嫁はエルフ受けが悪い【12】
「いやはや、酷い目に遭った」
「お、おかえりー」
俺たちが部屋に戻ると、タンポポとサクラは呑気にお茶を飲んでいた。
危機感が全くないのは、彼女らからしてみれば現状はどうとでもなると思っているからだろう。
「ラゴくん、どうだった?」
「才能はあるがそれだけって感じだったな。もっときちんと伸ばせばずっと強くなりそうだ」
「だよね! 原石のまま育って磨かれてない感じ? それでもけっこう強いから、増長しちゃったんだろうねぇ。ま、さすがにユウキにぶん殴られたんなら、ちょっとぐらい高かった鼻も折れたでしょ」
「どうだかな」
あの程度のことで彼があっさり更生するとは思えないが、まあ、性格とか考え方ってやつは簡単に変わるものじゃない。
タンポポ的にはある程度俺たちで教育したいんだろうが、さて、どれぐらい協力してやったものか。
「だってさぁ、ユウキは言っちゃなんだけど、基本的にはただの人間じゃん? レベルが高いからステータスも相応にあるけど、逆に言えばそれだけなんだからさ、普通の魔王だったら戦う前に鼻で笑うでしょ」
「そこまで言わなくても……」
事実なので否定できない俺の横で、ハンナが苦笑いを浮かべる。
いつだってハンナは俺の味方をしてくれる。嬉しい。
「魔法もなければ体術もない、あるのはタゲ集中のスキルだけ。そんな人間が向かって来たら、普通は脅威だと思わないって。ねぇ、サクラ」
「……ユウキは、強いよ」
サクラには後でお菓子でもあげよう。
元敵同士とはいえ、今となってはハンナのように俺を肯定してくれる素晴らしい味方だ。
「いや僕だってユウキが強いのは分かってるよ? 強い、っていうか、厄介だから敵に回したくない、って気持ちの方が強いだけで」
「私も敵に回したくはないわね。何度焼いても復活するんだもの」
「ザクロの魔法なら範囲攻撃でどうとでもなるんじゃないの?」
「ユウキ含む数人相手とかならね。ユウキだけ相手するってなった時が厄介なのよ」
「ああ、分かる。何しても戦闘が終わらないのはヤバいよねぇ」
対してこの元仲間たちはどうだろうか。
なんで面と向かって俺を倒す方法について話してるんだ?
倒されるのか、俺?
「やっぱ動きを止める手段だと思うのよね、必要なのは。時間系の魔法とか使えたら話が早かったと思うんだけど――」
「あ、あの!」
まだまだ俺を倒す方法について話そうとしていた2人だったが、そんな彼女らをハンナが挙手と共に止めてくれた。
「倒すのは、ユウキさんじゃなくてこの国を大変な目に遭わせようとしてる人たちですよね!?」
それを聞いた2人は顔を見合せ、ため息をつく。
「やっぱ、真面目にやんなきゃダメ?」
「少なくともあんたはそうなんじゃない? 私は言った通り手伝わないから、延々とこういう話してられるけど」
「僕もそっちの立場が良かったなぁ」
「元はと言えばあんたが発端でもあるんだから、きちんと解決しなさい」
「はーい。んじゃまあ、まずは敵がどんなやつらなのかって話から改めてしよっか」
と、ようやく話し合いが始まろうとする中、
「皆様、お待たせいたしました」
「お、ベリィおかえり。1人ってことはまた伸びてんの?」
「はい、しばらく安静にしてていただこうかと」
「その方がいいかもね。彼は彼なりに現状がショックだろうし」
「ショック? 困ってるとか、どうにかしたいと思ってる、じゃなくてか?」
「うん。ね、ベリィ」
話を振られたベリィは沈痛な面持ちで語る。
「今回のクーデターの首謀者、鏡龍ルーツは、先王の側近であり、誰よりラゴ様に目をかけていた方でもあるんです」
彼女はそのまま、この国のことを語り出した。
元々、この国は魔王をはじめとした龍種の魔物たちが支配、統治してきたのだという。
「ラゴ様や私のように普段は人型を保ち、戦時となれば本来の姿を現し戦う……戦闘力で言えばこの世界の中でも屈指の強靭さを持つ国でした」
「龍、か……」
龍、ドラゴン。
旅の中で何度か戦ったこともあったが、基本的に素手で戦う俺にとって、龍は強敵だった。
固い鱗、巨大な体、鋭い爪と牙、ブレスに翼に魔法と、持っているものが軒並み俺にとっては厄介な代物ばかり。
そのため、基本的に龍の相手をする時は、俺がヘイトを集めて、ヒイラギに切り伏せてもらったりしていたのだ。
だが、今回はザクロも含め、火力担当に期待できない。困る。
「我々龍種はプライドの高い者が多く、自分より弱い相手を見下す傾向にあります。逆を言えば、自身より強い、と認めた相手には、畏敬の念を送るのが常でした。そして、我々の忠誠を一身に引き受けていたのが、ラゴ様の父上に当たる先王、リアン様です」
どこかうっとりとした表情で語る彼女を見れば、先代の王様がどれだけ国民に慕われていたのかがよく分かる。
そして、その息子として生まれたのが、ハーフエルフ――人間種との子供である、ということが、どれだけ国民にとってショックな出来事だったのかも、容易に想像できる。
「リアン様は奥様のことをとても愛されていました。数多の雌龍たちからどれだけのアプローチをかけられても、決してなびくことなく、奥様への愛を貫かれておりました。だからこそ、ラゴ様が生まれた際はとてもお喜びになられて……」
当時を思い出しているのか、目を細めて、ベリィは優しいため息を吐いた。
なんというか、魔物たちにもやっぱり、家族愛だとか、そういうのはあるんだなぁ、と改めて感心する。
「ですが、この国において、ラゴ様の生誕を祝福する者はほんの一握りでした。当然、国民たちは表面上こそ、リアン様にお祝いの言葉を送っていましたが、心の底から祝われていたのは、どれだけいたのやら……しかし、それでもやはり、数える程度にはいたのです。ラゴ様を心から愛し、祝福する者が」
その1人、だったのが、今回のクーデターを起こしたルーツなのです。
わずかに表情を曇らせ、彼女は低く告げた。
室内の空気がぐっと重くなる。
「彼はラゴ様の教育係を買って出ると、様々な魔法の手ほどきや、勉学、帝王学、多種多様な龍としての誇りや強さを教え込んでいました。ラゴ様もよく懐いておられて、人によってはリアン様とよりも父子に見える、などと噂されることもありました」
幼い頃から、ラゴくんはルーツに育てられてきた。
だがそれは、今の状況を鑑みるに、
「そうやって、コントロールしやすい存在を作り上げようとしてたってわけか」
「……悲しいことですが」
龍種としてのプライドを守るため、人間との間に生まれた時期王候補を傀儡に仕立て上げようとした、といったところか。
まったくもって、虫唾の走る話だ。
「ラゴ様自身、このクーデターはショックだったはずです。信頼していた、育ての親のような相手に裏切られ、先王から引き継いだ国を奪われようとしているのですから」
「ま、でもそうはならないよ。ユウキたちがいるからね!」
「そこは僕たちがいるから、じゃないのかよ」
「だってぇー、今、僕は弱体くらってますしぃー?」
開き直っているのか、タンポポは小憎たらしい顔でおちゃらけて見せた。
いつだって緊張感とは無縁なやつだ、まったく。
「ま、とりあえずさ、そういうわけだからラゴくんにはあんまり戦闘には出てほしくないわけよ。あと戦って分かったと思うけど、こん中で下から2番目の強さだろうし」
ちなみに1番下はベリィね、と容赦なく言い放つタンポポだったが、ベリィはそれに特に触れることもせず、話を進める。
「もしこのまま彼らと戦うとなれば、ルーツを筆頭に、クーデターに手を貸している龍たちと戦うことになるでしょう。彼らは1体ごとが強大な存在であることには違いありません。どうか、油断し過ぎませぬよう、お願いします」
「ま、少なくとも俺は大丈夫だ。油断できるような力は持ってないしな」
「龍ですか……私も、戦う準備はしておきますね」
「こういう時サポートアイテムが出せたら最高なんだけどねぇ、今の僕じゃねぇ」
「分かった分かった、お前はここでのんびり茶を飲んでてくれ」
「いやさすがに何かしら仕事はするけどさ。僕が巻き込んでるわけだし」
各々が龍たちとの戦いに向けてできると、やることを考える中、
「……龍の素材、ちょっと楽しみ」
サクラだけは、妙にうきうきとしていた。
「あー、サクラ、できれば殺さずに済ませてほしいんだが」
「なんで?」
「んー、まあ、あれだ。一応、ベリィやラゴくんの同族なわけだしさ。クーデターを起こしたとはいえ、容赦なく殲滅しちゃうのは、なんか、ラゴくんの心に消えない傷とかできそうだろ?」
「……でも、鱗とか羽とか牙とか、少し失ったぐらいじゃ死なないよね? 龍だもん」
「うーん」
どうしましょうね、という目をベリィに向けると、彼女はすぐに目を逸らしてしまった。
まあ、そうですよね。
ただでさえ自分よりずっと強い魔王に、魔物である彼女が意見できるとは思っていなかったので、とりあえず考える。
龍の素材に興味があるのはまあ、仕方がないのだろう。
彼女の配下に龍はいなかったはずだし、俺たちが戦ったことのある龍も、彼女の支配地に居ついていただけで、別に彼女の眷属だとか部下ではなかった。
ここが龍種たちの国であるからこんだけ何体も名前が挙がるのであって、本来龍種はとても珍しい存在である。
そんな貴重な種族の素材が使えるとなれば、職人気質のサクラが心躍らせないはずがない。
「えーっと、そうだな。あ、ベリィ、ちょっと聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう?」
「龍種ってさ、鱗とか自然に落ちたりしないのか? こう、生きてるやつからはぎ取るとか、殺して奪うんじゃなくて、自然に落ちるものなら、誰も傷つかなくて済むだろ?」
俺の問いに彼女は少し思案した後、
「そうですね……我々の進化に伴い発生する抜け殻、などはいかがでしょうか」
と、言いながら本棚に向かった。
取り出してきた1冊の本を開くと、そこには抜け殻から這い出る龍の姿が描かれている。
「我々は数年に1度、自らの肉体を進化させるためにこうして古い肉体を脱ぎ捨てることがあります。古いとは言っても、基本的な材質は変わらず、牙や爪、鱗や皮膚、翼膜など、人によっては貴重な素材の塊となる抜け殻です。我々にとってはただの抜け殻ですが、他の魔族などと交易する際は大いに喜ばれるため、重宝しています」
「爬虫類が脱皮した後の皮みたいなものか」
「そう捉えていただいて構いません。抜け殻から得られる材料でしたら、保管庫にいくつも眠っているものがありますので、そちらでしたら今回の報酬としていくらでもお分けすることができるかと」
ベリィの言葉に、サクラは少し考えた後、悩ましそうに眉を寄せた。
「新鮮な素材の方が、作り甲斐がありそうだけど……年月を重ねた龍の鱗とかは硬くてすごいって聞くし……」
腕組みをして唸っている彼女に、ベリィは苦笑いを浮かべながら提案した。
「よろしければ、後でいくつか素材をご覧になりますか?」
「いいの?」
「ええ。そちらを見て、改めて判断していただければ、と」
「うん、分かった」
こくこく頷いて、サクラは中空に何やら図面を書き出し始めた。
こうなってしまったらもう、サクラは集中してしまって話にならない。
作戦とか行動計画はこちらで立てて、後で共有することにしよう。
「……ま、サクラがやる気になったんなら、良しとするか」
「私は良くないと思うわよ。きちんと見張っときなさいね」
「おうとも」
ザクロに釘を刺されるまでもなく、サクラのことは俺がきちんと見ておくつもりだ。
彼女も成長しているとはいえ、基本的には自由気ままな魔王様なのだから。
「それじゃあ後は、敵さんがどこにいるのかと、誰がいるのかってぐらいかな? ひとまず戦闘はちゃっちゃか済ませて、アフターケアに移ろうよ」
「……そんだけ言うんだから、ラゴくんのことはお前に任せていいんだよな?」
「もっちろん。戦闘じゃ役立たずになる分、彼に関しては僕に任せてよ」
とんとん、と薄い胸を叩くタンポポに、そこはかとない不安を感じる。
こいつに任せて大丈夫なら、たぶん、俺たちが来る前にラゴくんはもっと真っ当に成長していると思うのだが……いや、ここは仲間を信じよう。うん。
自分に言い聞かせるように、無理やり納得する俺だったが、
「あの、もしよければ、私にも手伝わせてもらえませんか? その、アフターケア、というものを」
横で心配そうな顔をしていたハンナには難しいようだった。
「ハンナが? なんで?」
「その、ラゴくんは、半分だけですけど、エルフのほとんどいない国で生きるエルフじゃないですか。それ以上に、龍の中で龍じゃない者として扱われたり、したんじゃないかな、って。誰にも認められない、認めてくれたと思ってた相手に利用されてた、なんて、そんなのって、悲しすぎるな、って思って……私、分かると思うんです。似たような境遇で育ってきましたから」
力なく笑う姿に、胸が痛む。
ハンナはラゴくんの生い立ちに、自分を重ねているようだった。
そういうことであれば、俺がすべきことは1つ。
「俺からも頼む、タンポポ。ラゴくんとハンナを橋渡ししてやっちゃくれないか?」
いつだって、俺はハンナの味方だ。
彼女がやりたいと思ったことは、できる限り叶えてやりたい。
俺らの言葉に、タンポポは呆れた様子で軽く頭を掻いた。
「ザクロー、このバカップル、どうしたらいい?」
「私に振らないでよ……ま、好きにさせてあげたらいいんじゃない?」
「うーん、僕としては正直不安なんだけど、まあ、しょうがないか。分かったよ、全部終わったら、僕とハンナでラゴくんといろいろお話ししよう」
渋々、といった具合のタンポポに、ハンナは見る見る表情を明るくさせ、元気いっぱいに「はい!」と頷いてみせた。
さて、いよいよ敵側の偵察なんかを始めようか、などと思っていたその時だ。
「っ、なんだ、今の音?」
「正面玄関前の地雷だね。なけなしの手持ちだったんだけどなぁ」
凄まじい轟音と衝撃が響き、屋敷が大きく軋んだ。
俺たちはさっと目配せをして、すぐさま立ち上がる。
音のした正面玄関の方に走って行くと、入って来た時のエントランスホールの向こう、大きな扉があった場所に、巨大な穴が空いていた。
「んだよ、思ってたより痛くねぇじゃねーか!」
「騒ぐな。見ろ、お目当てだ」
「おっ、だな! ラッキー!」
穴の向こうから、2人の人影。
地雷を踏み抜いたはずの彼らは、涼しい顔で館内へと入ってくるのだった。
暗闇の中で、目を覚ます。
「うう……僕、は……」
何があったのか、よく思い出そうとすると同時、頬に感じた鋭い痛みに、顔をしかめる。
ああそうだ、あの人間に、思いっきり殴られたのだった。
なんだったんだ、あいつは。
僕の特大の魔法をくらって、全身がぐちゃぐちゃになっていたはずなのに、それでもなお向かってきて、そして、盛大に僕を殴りつけた。
龍の鱗で覆われた僕の体が、傷つくことはほとんどない。
あるとすれば、この、半端なエルフのものである顔面ぐらいだ。
あまりにも屈辱的な一撃だった。
自身のエルフである部分を殴りつけられたからこそ、余計に感じる常日頃から抱いていた劣等感。
自分は龍ではない、半端な混ざりものであるという、疎外感。
幾度となく陰で言われ続けてきた、僕という存在を否定し、許さない言葉や考え。
それらが今日、形になってぶつかってきたかのようだった。
でも……僕が嫌い、龍たちが嫌う人間に、僕は負けたのだ。
この忌々しいエルフの体と同じ、ちっぽけで矮小なはずの、人間ごときに。
「く……くっそぉ……!」
悔しさと惨めさから、ベッドの上で暴れてみる。
一通り暴れて、余計に虚しくなってしまって、僕は大人しく寝転がった。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
父が生きていれば、こんなことは起きなかっただろうに。
父が僕を作らなければ、こんなことは起きなかっただろうに。
人間が、エルフが、彼らがいなければ、こんなことは起きなかっただろうに。
「……ルーツ……」
今はどこにいるのだろうか。
僕を裏切った、心から信頼していた人の名を呼ぶ。
すると、
『お呼びになりましたか、ラゴ様』
どういうわけか、その声に応えるものがあった。
慌てて起き上がる僕に、声が続ける。
『怪しまれます、どうか、そのまま横になってお聞きください』
間違いない、この声、この響き、この、僕を――僕のことを、きちんと1人の存在として認めてくれる言葉は、絶対に!
『ラゴ様、この度のことは全て、私の独断で行ったこと。そのためラゴ様には多大なご迷惑をおかけしております。ですが、もうすぐです。全てが終われば、また我らの時代が来ます。どうかラゴ様、その際は今一度、我らを導くべく、玉座についてください』
響くルーツの言葉に、僕は少し、泣きそうになってしまった。
ああ、そうか、彼は、僕を裏切ってなどいなかったのか。
『少しすれば、私の息のかかった者がお迎えに参ります。彼らと共に、私の元へ来てくださいますね?』
「ああ、もちろん!」
僕の返事と同時、玄関の方から爆発音が聞こえてきた。
衝撃で館全体が揺れているのを感じながら、僕は起き上がる。
向かうべきは正面玄関、そこに続くエントランスホールだ。
久しぶりに会えるであろうルーツの姿を思い浮かべながら、僕は私室を後にした。




