俺の嫁はエルフ受けが悪い【11】
「んじゃまあ、具体的なところを詰めて――」
「待ってください」
ようやく話が進むな、と思っていた矢先、ほとんど黙って俺たちのやり取りを見ていたラゴくんがタンポポに声をかけた。
「サクラさんの――」
「サクラ」
ラゴくんが何かしら言おうとしているのをこれまた遮り、サクラが不満そうな声で自分の名を告げる。
「さん、とかつけないで」
「ええ……えーっと、その、さ、さ、さく、サクラ……」
消え入りそうな声でなんとか名前を呼んだ彼に、サクラは妙に満足そうな顔で頷いた。
サクラは他人行儀だったり畏まった対応を嫌う。
人形たちが恭しい態度を取る分には許容しているようだが、人間や魔物、魔王にかしずかれたりするのは苦手なようだった。
俺としてはいまいち分からない線引きだったが、サクラなりのルールがあるらしい。
「いやぁ、ボーイミーツガールだねぇ。で、ラゴくん続けて?」
「は、はい。その、サクラ、の力を借りるのは僕も了承しましたけど、そちらの3人の力を借りるのは、少し反対です」
「へぇ、言うじゃない」
見るからに怒りを灯した目でラゴくんを見ながら、ザクロは挑戦的な笑みを浮かべた。
お前はそもそも手伝わないって言ってなかったか?
「タンポポさんの実力は分かっていますし、サクラが強いことも、身を持って知りました。でも、そちらは人間が2人とその、美しさとはかけ離れたエルフでしょう?」
なるほど、どうやらこの小僧は死にたいらしい。
「国お抱えの魔法使い、とのことと、転移魔法の技術は確かにすごいです。しかしここは魔物の国であり、相手は魔王にも匹敵する力を持つ魔物たちです。それを相手取れるとはとても思えませんが」
「んー、まあ、実際力を見せなきゃ分からないってのは分かるけどさ。僕に何回もコテンパンにされといて、まーだ人間が弱いとか下等生物だとか思ってるわけ?」
静かに、タンポポの言葉にも怒気が混じっている。
ちなみに俺はすでにプッツンきているため、話が終わり次第このガキを殴る予定だ。
「そこまでは思わなくなりましたけど……でも……」
「ふーむ、ま、君なりに何かしら思うところがあるのは分かったよ。そうだねぇ、んー、ああ、そうだ」
にたり、とタンポポが笑う。
あれは、彼女が何か悪いことを思いついた時の顔だ。怖い。
「ね、ユウキ。この子と戦ってみてよ」
「……は?」
何を考えているんだ、こいつは。
「実際に強いところを見せればラゴくんは納得するわけでしょ?」
「それは、まあ」
「なら、戦ってみるといい。ちなみに僕が1番戦争したくない相手がザクロで、1番戦いたくないのがユウキで、1番敵に回したくないのがハンナだよ。ホントはもう1人仲間がいるんだけど、そういえばヒイラギは? 今回なんでいないの?」
「たまたま私がユウキたちと一緒にいたってだけよ」
「あ、そーだったの? まあいいや。ちなみにヒイラギは僕が1番苦手なタイプだよ。冗談が全く通じないのがねぇ、顔は好みなんだけど」
「あんた、ああいうのがいいの?」
「目の保養になるじゃん、イケメンって」
「でも常時仏頂面よ?」
「そこがなー、問題なんだよなー」
何やら女子トークが始まってしまった。
仕方がないので、俺は話を引き取って続けることにする。
「ってことらしいが、ラゴくん、俺と勝負してみるか? ちなみに俺は乗り気だが」
「……」
彼は不安そうな顔でベリィを見た。
どうにも、ここ1番ってとこでの度胸が足りないように見える。
必要な決断を他人に委ねて生きてきた、といったところか。
「私は、戦うべきだと考えます。この先、このような信頼も何もない状態で国を取り戻せるとは思えませんから」
ベリィの言葉に、うんうん、とラゴくんは頷いた。
「では、戦いましょう」
「外出るか?」
「いえ、戦闘訓練用の広間がありますので、そちらに移動しましょう」
こちらです、と歩き出すベリィに続いて俺とハンナ、そしてラゴも立ち上がる。
「あ、いってらー。でさぁ、この間声かけてきた男がさぁ」
タンポポはすっかりザクロと話し込む姿勢だ。
ザクロもそれに付き合うつもりらしい。
であればとりあえず俺たちだけで行くとしよう。
薄暗い廊下を進み、ベリィとラゴに続いて俺たちはだだっ広い空間に入った。
天井は高く、使われている建材も部屋のそれとは段違いに硬いようだ。
軽くつま先で床を突き、壁に並んでいる鎧や武具に目を向ける。
「使いたいものがありましたら、そちらを」
ベリィに案内されたが、俺は首を横に振った。
「大丈夫だ。俺、基本的に戦闘は素手だからな」
「格闘術などを?」
「そんな大層なもんじゃないよ。ただ拳を握って殴ってるだけ」
「は、はぁ……」
俺の言葉に、ベリィもとうとう不安そうな目を向けてきた。
気持ちは分かる。
「とりあえずタイマン、あー、1対1で戦うってことでいいか?」
「2人で協力してもいいんですよ?」
「余裕だな」
ラゴから溢れる自信はすごいが、ふむ、見た感じそこまでこいつ、強くなさそうなんだよなぁ。
「僕はこの館を先代の王――父から引き継ぎました。王様は堂々としてなきゃいけないとも教育されました。ここ数日は何度も弱気にはなりましたけど……」
その発言がもうすでにヘタレっぷりを表しているとは言わないでやろう。
せっかくカッコつけてるんだし。
「それでも、戦うとなったら、頑張らなきゃいけないんです。強さは魔王に必要なものですから」
「んー、俺はそうとも思わないが……ま、その辺の話はあとでタンポポにでもしてもらえばいいか」
拳を握り、ポキ、ポキ、と軽く骨を鳴らす。
さて、どこまでやれるかな。
「俺はさ、俺自身がすごく強いとは思ってないんだよ。ただ、どうもタンポポなんかは信用してくれるんだよな。俺が強い、期待してるって」
「……今からでも、帰ってもらっていいんですよ」
言いながら、向かいに立ったラゴくんが槍を構える。
鎧などは特に来ていないが、体を覆う鱗が鎧代わりなのだろう。
「そういうわけにはいかない。期待をかけられて応えない程弱くもないし、それに――」
俺は、壁際に移動したハンナとベリィをちらっと見た。
「好きな女の子が見ている前で、カッコ悪い姿をさらすわけにはいかないんだ」
俺の視線に合わせて向こうを見ようとするラゴくんだったが、
「さあ、やろうぜ」
言葉と共に発動させた『ヘイトフル』が、俺への視線を動かさせない。
「……では、いきます!」
こうして、戦いの火ぶたが切って落とされた。
「やぁぁぁぁっ!」
掛け声と共に槍を構え、突進してくるラゴくんに、俺は特に動かない。
動く必要はない。
「ぐっ! ……あ? 浅いな、おい?」
元々避ける気がなかった俺はやってくる痛みに耐えようと考えていたわけだが、思っていたよりずっと槍の一撃は弱かった。
脇腹に突き刺さった細身のそれは、体を少し貫いただけであっさり止まる。
「なっ!」
「んだよ、もっとしっかり刺してくると思ったから避けなかったのに」
俺は言いながら、淡々とラゴくんの方に歩を進める。
彼の突き出した槍は俺の肉を抉り、刃先を超えて柄が血塗れになっていく。
痛いが、いつもよりずっとマシだ。こんなもんで人は死なん。
「は、はぁ? 何、何を、して?」
「何って」
槍が刺さったまま、俺はラゴくんのすぐ前に立った。
彼は俺を見上げ、口をパクパクさせている。
こんなことでビビッてちゃ、魔王は務まらんぞ?
「殴れる距離まで」
改めて、グッと拳を握り、腰を落とす。
膝を柔軟に、右腕を振り被って、しっかりと体を捻る。
ぶちぶちと槍の刺さった脇腹が嫌な音を立てて痛みを訴えるが、無視だ。
「来ただけだぞ?」
しっかりと腰を入れ、引いた右腕を振り抜く。
右ストレート、などと呼ぶのもおこがましい、ただのパンチだ。
だが、呆然としてしまっている少年1人をぶっ飛ばす程度にはしっかりとした威力が出た。
この世界、レベルが上がれば勝手にステータスが上がる。
そうして強くなっていくと、しっかりパンチを出せば素人だって岩も砕けるし魔物を倒せるようになっていく。
俺は魔王を倒せるだけのレベルを有しており、旅をしていた頃からずーっとただただ相手を殴り倒してきた。
武器も試してみたが、どうもスキルなどがない俺には邪魔なだけなようだ。
そういうわけで、シンプルな話、
「サクラが言ったよ。俺の拳骨は死ぬほど痛いって」
ぶっ飛んで行ったラゴくんを追いかけ、俺は槍を引き抜きながらのんびりと歩いて行く。
悠々と進む俺に、しかし、彼は彼なりに意地を見せようとしていた。
「こんな、こんなデタラメな戦い方があるもんか!」
顔を赤く腫らしながら、彼は叫ぶ。
右手を高く掲げ、ラゴくんが魔力を込めると、彼の頭上に魔法陣が展開された。
「潰れろ、『メルクリウス』!」
彼が作り出したのは、巨大な水の塊だった。
柱のようなそれは、見るからに凄まじい勢いで渦巻いている。
あれに巻き込まれれば、普通の人間だったらバラバラになって即座に死んでいるだろう。
「ラゴ様!」
慌てた様子のベリィが声をかけるも、ラゴくんにはもう届いていないようだった。
やれやれ、1発殴られた程度でそんなになるとは。
「よし、ぶつけてきな。そんなもんで俺が殺せるってんなら、やってみるといい」
「っ、くらぇぇぇぇぇぇっ!!」
猛々しく吠える彼が腕を振るうと、渦巻く水柱が俺をあっという間に飲み込んだ。
嵐の中、川に落ちたらこんな感じなのかもしれないな、なんてことを思いながら、体中の骨やら筋繊維が悲鳴を上げるのを感じていた。
だがしかし、やはりだ。
こんなもん、ザクロの魔法に比べれば全く大したことがない。
あいつの魔法なら巻き込まれた時点で俺の腕は千切れていただろうし、何なら血煙になっていたとしても不思議じゃない。
それがどうだ?
彼の魔法では俺は殺せない。
もっとも、ザクロの魔法でも別に死にゃしないのだが。
「はぁ……はぁ……!」
ほとんど何が何やらといった状況でも分かるぐらいに、ラゴくんは疲弊していた。
なるほど、これを全力で打つのが限界ってわけか。
いや、いやいや?
「はぁ、はぁー……ふぅ」
よくよく見れば、少し時間をおくだけですっかり息が整っている。
そっちよりは、魔力が、といった具合か。
何かしらの仕組みがあるのだろうけど、魔法はあいにく管轄外だ。
そろそろだな。
「ラゴ様、これではユウキ様は……!」
「ふ、ふん! 人間のくせに、僕を殴ったりするからだ!」
「なるほど、そっちが本性か」
「!」
俺の声に、ラゴくんが目を見張る。
次の瞬間、形を保てなくなったのか、水の塊がはじけ飛んだ。
降り注ぐ水飛沫の中、俺は宙を舞い、水流の勢いそのままに折れた右腕を無理矢理動かす。
引き絞った腕を、もはや骨がまともに残っていないのをいいことに鞭のようにしならせて振り抜く。
「おっらぁ!!」
無茶苦茶な軌道で殴り抜けた俺は、そのまま地面を転がり、硬く冷たい壁面に激突した。
全身が痛いし、どこもかしこも捻じれに捻じれている。
「ゆ、ユウキさん!」
涙を浮かべながら必死に走ってくるハンナを見て、俺は何とか笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、ちょっと全身が捩じられただけさ」
「何も大丈夫じゃないです! 治しますからね!」
「ああ、頼む。勝負はついたしな」
目をやれば、壁に叩きつけられた状態でラゴくんが見事に伸びていた。
彼ってば、1日に何度も気絶して大丈夫だろうか? 脳に障害とか残らないよな?
「もう、もう、もう! また無茶なことして! 魔王を相手に挑発する人がいますか!」
「いるんだなぁ、ここに」
優しく膝枕をしてくれたハンナは、そのまま俺に治癒魔法をかけてくれた。
少しずつ元に戻っていく肉体を感じながら、俺はベリィに介抱されているラゴくんを見た。
そもそもで挑発してきたのは、喧嘩を売ってきたのは誰か、って話だ。
俺だって、ただ俺が軽視されてるだけだったらここまで大事にはしなかったし、タンポポの提案に乗るようなこともなかった。
だが、あいつは俺の嫁を貶した。
誰が相手だろうと、ハンナを、俺の大切な人を馬鹿にするようなやつは許せない。
「ハンナ」
「はい、なんでしょう?」
「ハンナは綺麗だ」
「……と、突然何を言い出すんですか!」
そう伝えると、ハンナは耳まで真っ赤になりながら俺の肩を小突いてきた。
なんとも愛らしい反応を微笑ましく思いながら、俺は優しく笑いかける。
「いやなに、さっきのラゴくんの言葉がハンナを傷つけていたらと思ってな。こっちのエルフの美的観念は俺には理解しかねるよ」
「あはは、ユウキさんはいつもそう言ってくれますね……でも、彼の方が正しいですから」
ハンナは少し悲し気に笑う。
「彼の方が正しい、ですけど、それでも別にいいって、私は思います」
「というと?」
「だって、私には、ユウキさんがいますから」
今度はにっこりと、満面の笑みを浮かべたハンナは、少しだけ気恥ずかしそうに俺を見る。
「ユウキさんがこうして隣にいてくれます。いつだって綺麗だって、可愛いって、素敵だってたくさん言ってくれます。だから、それだけでいいんです。ユウキさんが言ってくれることが、私にとっては何より嬉しい褒め言葉なんです」
彼女はそう言って、元通りになった俺の体を愛おしそうに見つめた後、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
「だから、いつでも無事でいてほしいんです。元気でいてほしいんです。無茶をしないでほしいんです。ユウキさんが私を想ってくれると同じぐらい、私だってユウキさんのことが大切で、大好きなんですから」
真っ直ぐな彼女の言葉に、俺は少し、目を閉じる。
ああやはり、この人で良かった。
この人と出会えて、共に人生を歩めて、本当に俺は幸せだ。
「すみません、ラゴ様を私室まで運びますので、少々お待ちいただけますか?」
「ん、ああ、分かった。先にさっきの部屋まで戻ってればいいか?」
「場所は分かりますか?」
「ああ。ま、これでその子もある程度俺たちの力を理解してくれた、と思いたいけどな」
「そうですね」
困ったように笑いながらも、ハンナはラゴ君の怪我を治癒していた。
その魔法を見て、ベリィが驚く。
「エルフの方が、このような高度な治癒魔法を使われるとは……」
「えへへ、変ですよね。でも、私にはこれぐらいしかできないんです。だから、私は自分にできる力で頑張るんです。エルフらしくないってどれだけ言われても」
ハンナが少し寂しそうに笑うと、ベリィはそれに小さく首を横に振った。
「いえ、素晴らしいお力です。ラゴ様を癒していただき感謝いたします」
そして、ぺこり、と頭を下げてベリィは行ってしまった。
俺は寝転がったまま、天上を見上げる。
「……ラゴくんが起きたら、いろいろと聞かないとだな」
「そうですね」
すっかり体は癒えたが、俺はそのまま、しばらくハンナと2人でこれから何を話すべきか、何を知るべきか、なんてことを話した。
戻ってからいくらでもできたであろう話だが――今はただなんとなく、ハンナと2人でいたかったんだ。




