第1章 「語り継がれた怪談」
別シリーズ「堺県おとめ戦記譚~特命遊撃士チサト~」と同一世界の話です。
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
堺市職員である夫との間に産まれた1人娘の千里は、今年の春に小学校へ上がったばかりの新1年生。
学校で見聞きする出来事は何もかも物珍しいらしく、帰宅したら真っ先に私に報告してくれるの。
「ねえ、お母さん!土居川小学校の七不思議って知ってる?」
今日も娘の千里は、母親として玄関先で出迎えた私に、こんな質問を「ただいま」の挨拶代わりにぶつけてきたの。
真新しい赤のランドセルや、黄色い通学帽を取ろうともせずに。
上級生かクラスメイトから仕入れた話を、一刻も早く伝えたかったみたい。
「知ってるわ、千里。お母さんが通っていた頃の土居川小でも、七不思議は噂されていたのよ。」
結婚して一児の母となってからも、私は子供の頃から慣れ親しんだ実家で両親と共に住んでいる。
そのため、娘が入学した土居川小学校は、私にとっては18年前卒業した母校という事になるのだ。
「おやつでも食べながら、ゆっくり聞かせてね。今、チーズケーキを冷やしてるから。」
「あっ、それ良いね!マッハでランドセル片付けるから、すぐ用意しといてね。」
黄色い通学帽をむんずと掴み、短めの黒いツインテールを露わにした娘は、軽やかに階段を駆け上がり、子供部屋のある2階へ消えていった。
切り分けたチーズケーキを嬉々として口に運ぶ娘から聞き出した七不思議は、私の小学生時代に伝わっていたのと大筋では同じだった。
特定の時間になると血の色に染まるプールに、夜中に校庭を駆け回る人面犬…
思っていた以上にそのまま伝わっているみたいで、何とも懐かしい気分になってしまう。
まるでタイムカプセルを開けたみたい。
もっとも大人になった今では、それらの噂話は単なる見間違いか、子供に夜遊びをさせない為の戒めだったと理解出来ているけど。
要するに、「こんな怪物に会いたくなければ、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰りなさい。」という事。
だけど…
「それで、最後の七不思議はね。夕方、音楽室に1人残ってピアノを練習してる女の子を見ても、その子は幽霊だから決して目を合わせちゃダメなんだって。青白く光る眼で睨まれたら、恐ろしい目に遭うみたいなの。」
「はっ…!」
チーズケーキを食べる片手間に、愛娘が無邪気な口調で語る学校7不思議。
だけどその最後の話を聞いた私は、思わず驚愕の呻き声を上げてしまったの。
「どうしたの、お母さん?変な声出しちゃって?」
「ごめんなさいね、千里。少し驚いちゃったの。お母さんが小学生だった頃とは、違う話だったから。」
怪訝そうに問い掛ける娘を前に、私は何とか平静を取り繕った。
「えっ、そうなの!じゃあお母さんの時代は、どんな話だったの?」
予想通り、千里は私の話に食い付いてくれた。
先の私の異様な反応など、もう頭の片隅にも無いはずだ。
「七不思議の7番目は、誰も知らないの。」
「何それ…?誰も知らないから不思議って事?」
無邪気で子供っぽい割には、千里には核心を見抜く聡明さがある。
そう思うのは、親の贔屓目だろうか。
「そうよ、千里。千里が聞いた7番目の話は恐らく、七不思議が6つしかない事にモヤモヤした生徒が、後から適当に付け足したんじゃないかしら。ところで千里?そろそろ『不可思議少女オレルヤ・ジャンヌ』の時間だけど良いのかしら?」
「あっ、いっけない!」
贔屓にしている子供向け特撮番組を見逃すまいと、千里は階段を慌ただしく駆け上がっていった。
「ふう…」
子供部屋に帰る娘を見送り、私は深い溜め息をついた。
土居川小学校の七不思議なんて、所詮単なる噂話。
しかし、それは6番目までの話に限っての事。
音楽室に縁の7番目の話に関しては、紛れもない真実だ。
何故なら、青白く眼を光らせる少女は私の同級生だし、その光景を私自身も目撃しているからだ…