表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/602

第86話.獅子との約束

 俺は朝早くから馬に乗り……『南の都市』を出て北に向かった。


 もう12月だがそこまで寒くはなかった。軽い服装でも十分だ。まあ、俺は元々暑さや寒さに強い方だけど。


 しばらく道路を進むと、広い空地が見えた。先月ホルト伯爵の軍隊と激戦を繰り広げた場所だ。まだ戦闘の痕跡が残っているし、目をつぶると……あの日の光景が脳裏に浮かぶ。


 前方から2人の男が現れた。彼らは俺の姿を見て驚く。


「大将……!?」


 その2人は俺の軍隊の偵察兵だった。俺の命令に従って、都市の周りを偵察していたのだ。俺が「異常はないか?」と聞くと彼らは口を揃えて「はい!」と答えた。


「俺は用事があって都市から離れる。異常を発見したら本部のトムに報告せよ」


「かしこまりました!」


 偵察兵たちと別れて更に北へ向かった。すると今度は広大な山脈が目の前に広がる。この山脈を超えるとホルト伯爵が統治している『カダク地方』だ。


 『山脈を超える』といっても、高い山を登る必要はない。山々の間にちゃんと道路が作られているのだ。俺は馬が疲れないように休みながらその道路を進んだ。


 そして数時間後……分かれ道に辿り着いた。そこには道しるべがあって、周辺の村や南の都市の方向を示していた。


 確か……この道しるべから西の森だと言ったな。俺は方向を間違わないように注意し、道路から離れて森の中に進入した。


 森は広く深かった。だが幸いなことに、遭難する危険はなかった。誰かが馬に乗って出入りした痕跡が地面に残っているからだ。俺は馬から降りて手綱を掴み、その痕跡を追ってゆっくり歩いた。


 しばらく歩くと大きな湖が視野に入る。平和で静かな湖……そこで1人の男が釣りをしていた。俺は木に馬をつないで男に近づいた。


「少し待ってくれ」


 男が言った。湖を眺めながら少し待っていたら、男が釣竿を引き上げる。


「よし!」


 結構大きい魚が釣れた。男は魚を自分の馬まで持っていき、籠に入れた。


「夕食の献立が決まったな」


 男の言葉に俺は苦笑した。


「あんたがこんなところで釣りなんかしていてもいいのか?」


 俺がそう言うと男も苦笑しながら「たまにはいいさ、たまには」と答えた。


 男は少し長めの茶髪とあごひげが印象的で、屈強な体格を持っていた。そして男の全身からは……まるで獅子のような気迫が発せられていた。つまりこの男は……カダク地方の領主であり、俺の敵であるホルト伯爵だ。


 昨日、俺はホルト伯爵から1通の手紙をもらった。『明日1対1で話したい』という簡単な内容の手紙だった。それで俺は1人で指定された場所に来たのだ。


「しかし本当に現れるとはな」


 ホルト伯爵が興味深い眼差しで俺を見つめる。


「これがもし罠だったらどうする気だったんだ?」


「もし罠だったら、罠を張ったやつらを全部倒して戻るだけだ」


「大胆すぎる」


 ホルト伯爵の顔に感嘆の表情が浮かぶ。


「私も大胆とかよく言われるけど……お前には敵わないな」


「いや、敵地で釣りをしている方が大胆だと思うけど」


 俺は湖に視線を投げて答えた。


「それに、あんたがそんな小汚い罠を張るはずがない。俺を殺したいならまず『これから殺してやる』と宣言するだろう」


「ふっ……読まれていると言うか何と言うか」


 ホルト伯爵が気持ちよさそうに笑った。


「で、俺に話したいことは何だ?」


「まず一つ教えてくれ」


 ホルト伯爵の顔から笑みが消える。


「私の戦術、どこか間違っていたのか?」


「いや」


 俺は即答した。


「堅実な戦術だったし、騎兵部隊を利用した囮作戦も素晴らしかった」


「ふむ」


「俺がもう少し遅かったら、または俺の兵士たちの士気がもう少し低かったら……勝利したのはあんたの方だろう」


「なるほど」


 ホルト伯爵が頷いてから俺を凝視する。


「……あの戦闘でお前の戦いっぷりを見て、私はある説話を思い出した」


「説話?」


「ああ……『覇王』の説話だ」


 その言葉に俺の胸が少し騒く。


「知っているか? もう1000年以上昔の話だけど」


「聞いたことはある。遥か東の国のことだろう?」


「ああ」


 ホルト伯爵は体の向きを変えて、湖を見つめた。


「説話によると、覇王が一度戦場に出たら1000人の敵が逃げ出したという」


「そうか」


「馬鹿馬鹿しいだろう? だから私も単なる説話だと思っていた。しかしお前の戦いっぷりを見て考えが変わったよ。実はそれが全部事実だったかもしれないと」


 俺はホルト伯爵の淡々とした声に耳を傾けた。


「私は自分の力量を見極めているつもりだ。この王国を手に入れられると判断したから動いた。でも……流石に覇王が相手だとちょっと分が悪い」


 ホルト伯爵は自分の馬に行って、荷物袋から2本の剣を持ち出した。


「しかしそう簡単に野心を捨てることもできなくてな。だから私を……納得させてくれ」


 彼は1本の剣を俺に投げ渡した。俺は苦笑するしかなかった。


「へっ……あんた、本当に変わり者だな」


「歴史に残る覇王の力を……私に味わわせろ!」


「いいだろう」


 俺とホルト伯爵は同時に剣を抜き、互いを睨みつけた。


 静かで平和な湖を背景に、両者はしばらく沈黙の中で対峙した。風の音と虫の鳴き声だけが聞こえてきた。


「……はっ!」


 先に動いたのはホルト伯爵の方だった。彼の剣が曲線を描き、俺の手首を狙ってきた。俺もすかさず剣を振るい、両者の対決が始まる。


 両者の剣が何度も何度も曲線を描いて、互いを狙う。ほんの少しでも迷ったら敗北する攻防が繰り広げられる。


「はあっ!」


 攻防の途中、ホルト伯爵が獅子のような威圧感を発しながら突撃してきた。一見無謀な動きに見えるが、実は全て計算されていて……ちゃんと俺の隙を狙っている。彼が戦場で見せた戦術と同じだ。


「ぐおおお!」


 俺はホルト伯爵の突撃を回避して、必殺の反撃を放った。両者の剣がぶつかり合い、火花が散る。


「うっ……!」


 直後、俺は少しバランスを失った。本来なら俺の腕力でホルト伯爵が自分の剣を落としてしまうところだったが……彼は巧妙な剣術で俺の反撃を受け流した。


「はっ!」


 隙を逃さず、ホルト伯爵が会心の一撃を放つ。俺は必死に体を捻ったが、肩に軽い傷を負ってしまい、急いで後ずさった。


「……強いな」


 剣術に関する才能はもちろん、しっかり鍛錬された肉体も持っている。ホルト伯爵は素晴らしい戦術家であると同時に、優れた剣士でもあるのだ。確かにこれほどの力量なら……王になってもおかしくない。


 俺は自分の集中力を極限まで高めた。すると周りの全てが止まっているかのようにはっきり認識できた。ホルト伯爵の髪の毛の1本1本が、柔らかい風によって揺れる些細な動きすら……今の俺にははっきり見える。


 『全身全霊の動き』が『肉体の潜在能力』を引き出す技なら、今が俺は使っているのは『精神の潜在能力』を引き出す技だ。どうしてこんなことができるのか、俺でさえその原理が分からないけど……今の俺の精神はまるで稲妻のように速い……!


「はあっ!」


 ホルト伯爵が再度攻撃してきた。彼の剣が俺の肩を的確に狙ってくる。その刹那の瞬間が、俺には『防御と回避、どちらを選ぶ?』と悩めるほど長く感じられた。


「うおおおお!」


 結局俺の選択は、彼の剣に俺の剣をぶつけることだった。鋭い金属音と共に火花が散り、ホルト伯爵は危うく自分の剣を落としてしまいそうになる。


「くっ……!」


 素早く態勢を取り直して、ホルト伯爵がまた一撃を放つ。危機を機会に変える素晴らしい剣術だが……俺の目には、さっきの衝突で彼の剣に傷ができたのがはっきり見える。時間が止まったかのような感覚の中で、俺はその傷を狙って剣を振るった。それで両者の剣がもう一度激突する。


「……うっ!?」


 金属音がもう一度響き、ホルト伯爵の剣が折れてしまう。勝負ありだ。


「まさか、わざと同じ部位を狙って……」


 ホルト伯爵が目を見開く。


「あの一瞬で、そんな真似ができる人間がいるだと……?」


 俺は地面に落ちている鞘を拾って、剣を納めてからホルト伯爵に投げ渡した。ホルト伯爵は剣を受け取って俺を見つめる。


「正直に言え。お前……剣術など勉強したことないだろう?」


 バレたか。まあ、構えからして俺勝手だったからな。


「理論なら学んだ。実際に剣を扱うのは今日が初めてだけど」


「……ふふふ……ははは……!」


 ホルト伯爵が大笑いした。


「……お前の力、よく分かった」


「そうか」


「今後、お前の勢力には手を出さない」


 その言葉を残して、ホルト伯爵は去ろうとした。


「ちょっと待て、伯爵」


 俺が呼び止めると、ホルト伯爵は俺を振り向く。


「あんた、俺の下で働いてみないか?」


「何?」


 ホルト伯爵が俺を凝視する。


「伯爵の私が、平民のお前の下で?」


「ああ、そうだ」


 俺は頷いた。


「あんたが戦場で見せた戦術と、敗北の被害を最小限に抑える指揮は本当に素晴らしかった。俺にはあんたのような指揮官が必要だ」


「ふっ」


 ホルト伯爵がゆっくりと首を横に振る。


「残念だが、仮にも私は伯爵だからな。それはできない相談だ」


「そうか」


「ただし……」


 ホルト伯爵と俺の視線がぶつかる。


「もしお前が伯爵以上の地位を手に入れたら、お前の下で働いてやってもいい」


「……その言葉、忘れるなよ」


 静かな湖辺で、俺はホルト伯爵と約束を交わし……南の都市へ帰還した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ