第84話.戦術ごと打ち砕いてやる
ホルト伯爵が600の重騎兵を動かし、予想通りこちらの右側を狙ってきた。
現在、俺の軍隊は2倍近くの敵に対してギリギリ耐えている状態だ。このタイミングで600の重騎兵に弱点を突かれたら、戦線が崩れて味方は敗走し……この戦闘の敗北に繋がる。
「出撃する」
そんな敗北を阻止して勝利を勝ち得るために、俺は300の重騎兵を率いて戦場へと向かった。
赤い鎧と兜を着て、戦鎚『レッドドラゴン』と予備の剣を持ち、大きな軍馬に乗って走る。そして300の重騎兵と共に味方の歩兵部隊を迂回して……敵重騎兵の移動経路に向かって直進する。
血の匂い、雄叫び、武器がぶつかり合う音、悲鳴……阿鼻叫喚の戦場を走っていると、不思議にも血が湧いてくる。やっぱり俺の居場所は戦場だったと、もう一度気付く……!
「へっ」
向こうから敵重騎兵たちが現れた。やつらも砂埃を起こしながら疾走していた。俺は右手に戦鎚『レッドドラゴン』を持ち、敵重騎兵たちに向かって突進した。
「ぐおおおお!」
最先頭の敵重騎兵と接触する瞬間、俺は戦鎚を振るった。狙いは騎兵ではなく、騎兵を乗せている馬だ。
「くっ……!」
馬が倒れ、敵重騎兵が地面に衝突する。それでやつは無力化されるが、他の敵重騎兵が次々と俺に向かって突進してくる。
「はあああっ!」
馬を走らせて敵の矛先を避けながら、近づくやつらに戦鎚の一撃を食らわせる。敵重騎兵は全員堅固な鎧を着ているが、『レッドドラゴン』の一撃による衝撃は鋼鉄を貫通し、その中の肉体を破壊してしまう。
「こ、こいつ……!」
敵重騎兵隊の勢いが弱まった瞬間、俺の重騎兵隊がやつらに突撃を仕掛ける。敵が次々と倒され、主を失った軍馬が逃げ出す。
順調な戦いだが……順調すぎる。ここにいる敵重騎兵隊はたった200人だからだ。つまり……俺が一番心配していたことが起きたということだ!
「レイモン!」
「はっ!」
「レッドの組織を率いて、俺に続け!」
俺は目の前の敵重騎兵隊を無視して走り出した。こいつらは囮だ。ホルト伯爵は200の敵重騎兵を囮にして俺を戦場に引っ張り出し、その隙に400の敵重騎兵を味方の左側に突撃させた。
こういう囮作戦は予想していた。だが『総指揮官』と『切り込み隊長』の役割を同時に担っている俺としては、一度戦場に出撃すると全体的な状況の把握が不可能になり……たとえ予想していても対応が遅くなる。ホルト伯爵もその事実を知っているから囮作戦に出たのだ。
「やつを追え!」
200の敵重騎兵が俺を追ってくる。やつらの役目は俺に勝つことではなく、時間を稼ぐことだ。
「ちっ!」
俺は近づいてくる敵を倒しながら『レッドの組織』の6人と共に進んだ。一刻も早く反対側の味方を助けに行かなければ、この戦闘は負ける。味方本隊に帰還して、再出撃する余裕などない。こうなったら……敵本隊の前を突破するしかない!
「そこをどけ!」
数人の敵歩兵たちが俺の前を塞ごうとした。俺は容赦なく『レッドドラゴン』を振るい、やつらを粉砕した。
「弓兵! 赤いやろうを狙え!」
今度は矢の雨が降ってきた。だが俺は迷わず走り続けた。ここで速度を落としたら、紛れもなく狙撃される。
「はっ!」
危険な角度から飛んでくる矢を戦鎚で叩き落とし、進路を防いでいる敵歩兵たちの頭を粉砕し続ける。血が飛び上がり、俺の赤い鎧はそのまま血まみれの鎧となる。
「う、うわあああっ!?」
俺の姿に恐れをなした敵歩兵たちは、背を見せて逃げ出した。俺はそいつらを無視して疾走し、やがて味方の左側に辿り着く。
「ちっ!」
予想通り、400の敵重騎兵が味方の左側を襲撃して殺戮を繰り広げていた。味方はそれでも士気を失わずに戦っているが……そろそろ限界だ。このままだと敗走する。
「ぬおおおお!」
俺は味方を殺している敵重騎兵を後ろから襲い、その頭を粉砕した。そしてすかさずやつの馬に乗り移った。俺が乗っていた馬はもう疲れ初めていたのだ。
「俺にかかってこい!」
400の敵重騎兵に向かって雄叫びを上げた。それでやつらも俺の出現に気付き、味方歩兵から離れてこちらに突撃してくる。
「はあああっ!」
全身全霊の力を集中して、向かってくる敵を次々と粉砕する。まるで時間が止まったかのような感覚に包まれ、ひたすら『レッドドラゴン』を振るい続ける。飛び上がる血の一滴一滴、驚愕する敵の表情、地面から巻き上がる砂埃まで……全てが止まっているようにはっきり視野に入る。
「おのれー!」
敵重騎兵が俺の側背面、死角から攻撃してきた。俺は後ろを振り向くと同時にやつの頭を戦鎚で打ち砕いたが、俺が乗っていた馬が傷を負ってしまった。
「くっ!」
俺は馬から飛び降りた。その隙を逃さず、敵重騎兵が槍で俺を攻撃した。
「はっ!」
地面を転んで攻撃を回避し、敵重騎兵の胸を戦鎚で強打する。やつが血を吐いて落馬すると、素早くやつの軍馬に飛び乗る。
「敵の総大将だ! やつの首を狙え!」
息つく暇もなく、次の敵重騎兵が俺を狙ってくる。俺は馬を走らせ、移動しながら戦い続けた。そして数秒後、華麗な鎧を着ている敵重騎兵を見つけた。
「うおおおお!」
たぶんこいつは単なる騎兵ではない。名の知れた騎士だ。俺は迷いなく敵騎士に向かって突撃した。
「うりゃあ!」
敵騎士は大きな連接棍で俺の頭を狙った。なかなか鋭い攻撃だが……俺は馬に体を密着させてそれを回避した。
「うおおお!」
俺は戦鎚で反撃した。敵騎士は連接棍の取っ手でそれを防ごうとしたが、連接棍とやつの両手が同時に粉砕される。
「はあっ!」
敵騎士の動きが止まった瞬間、俺は上段から大きく戦鎚を振り下ろした。その一撃が敵騎士の頭に直撃し、華麗な兜を潰して命を奪う。
「うっ……!」
敵騎士が血まみれになって地面に落ちると、俺に向かっていた敵重騎兵たちが驚愕する。
「何しているんだ……!?」
俺はやつらに向かって一喝した。
「俺が総大将だ。早くかかってこい!」
「こ、こいつ……」
「くっ……」
俺の挑発にもやつらは動かない。もう戦意を失いつつあるのだ。
「ぐおおおお!」
俺は一番近くの敵重騎兵に突撃して、やつの頭を粉砕した。すると周りのやつらが逃げ始める。
「何なんだ、あいつは……!?」
「こ、後退だ!」
だがやつらの逃走は許されなかった。俺の後を追って戦場についた『レッドの組織』の6人が、逃げ出す敵重騎兵たちを次々と倒した。
「か、勝った!」
「俺たちの勝利だ!」
その光景を見て、味方歩兵部隊が勝利の雄叫びを上げた。それで敵軍の士気が急激に下がり、1人2人と敗走し始める。そして数秒後には10人20人が、数分後には100人200人が敗走し……やがて敵軍全体が敗走する。
「レイモン」
「はい!」
「味方部隊長たちに、敵軍の野営地まで追跡しろと伝えろ」
「はい!」
戦闘の成果は、追跡の時に極大化される。逃げ回る敵ほど簡単な獲物はいないのだ。だが味方の消耗も大きい今は、無理して追跡する必要はない。戦力を温存しながら勝利を確定させればそれでいい。
やがてホルト伯爵の軍隊は野営地まで捨てて逃げ出し、俺の軍隊は追跡を中止した。
「おおおおお!」
「レッド! レッド! レッド!」
「大勝利だ!」
味方の勝利の声が戦場に轟いた。俺は兜を外して、勇敢に戦ってくれた兵士たちを眺めた。




