第80話.収穫は十分だ
奇襲戦で大勝利し、都市に帰還した俺はまず50人の精鋭たちに褒賞を与えた。彼らの奮戦は本当に素晴らしかった。
俺がホルト伯爵の先頭部隊に勝利したという噂は、瞬く間に広がった。奇襲だったとはいえ……たった50で2000に勝ったんだから噂されるのは当然だろう。
もちろん噂は誇張され続けた。正面から攻撃して勝ったとか、2000の敵を全滅させたとか、俺一人で300人を殺したとか……。でも誇張された噂のおかげで味方の士気が上がり、敵に恐怖を与えることができるならそれでいいかもしれない。
そう、少数による奇襲が成功したのは敵に恐怖を与えたからだ。恐怖はあっという間に伝染する。数十の敵兵士たちが俺の姿に恐れをなして逃げ始めたら……数分後には数百が逃げるようになる。味方はその光景を見て勝利を確信し、もっと奮戦するようになる。それが勝利に繋がるわけだ。
本来、軍隊の『総指揮官』は自分の安全に気を付けなければならない。総指揮官が深刻な負傷を負ったり死んだりしたらその戦争は負けだ。先鋒に立って兵士たちを励ますことはあくまでも『切り込み隊長』の役割だ。
しかし俺は『総指揮官』でありながら『切り込み隊長』でもある。後方で指揮に専念できるわけでもなく、先鋒で戦いに専念できるわけでもない。今は軍隊の規模が大きくないからどうにかやっているけど……やっぱり人材が必要だ。
幸いなことに、軍隊の編成や管理に関しては俺の役割を分担してくれる人材ができた。小柄の少年、トムだ。
「総大将、武器の補給が終わりました」
「ご苦労」
俺に報告を上げるトムの顔はとても真面目だった。トムは気遣いがよく、几帳面で、何よりも誠実なやつだ。軍隊を指揮したり戦場で戦うのは無理だけど、俺には必要な人材だ。
『レッドの組織』の一員たちは、兵士になってからずっと武器術や乗馬などを習っている。みんな『素手で戦う格闘場の選手たち』だったし、戦場での戦いには慣れていないのだ。でも元々格闘に優れていた彼らだから、短時間でかなり強くなることができた。先日の奇襲戦でも『レッドの組織』の一員たちはたった6人で数十の敵を斬り捨てた。彼らも俺にとって大事な人材であり、大事な仲間でもある。
「それにしても……」
トムが上気した顔で口を開いた。
「初陣からあんな大勝利をするなんて……やっぱり総大将は凄すぎです」
「ふむ」
そう言えば、あれが俺の戦場での初陣だったのか。
「まるで自分が伝説の一部になった気持ちです」
「伝説……か」
「はい。歴史に残る伝説的な英雄の活躍に、自分も微力ながらお手伝いしていると思うと……体が震えてきます」
「伝説的な英雄ってのは流石に早すぎる話だ」
俺は笑った。
「それにお前は決して微力ではない。お前の力は俺の軍隊にとって大事だ」
「ありがとうございます!」
トムはもう泣きそうな顔をなっていた。
不思議なことだ。自分勝手に戦っているうちに、化け物と呼ばれてきた俺はいつの間にか英雄になっていた。そして軍隊を率いている今は……敵に恐怖を与え、味方に勝利を確信させる象徴的な存在となったのだ。
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奇襲戦で大きな被害を与えたとはいえ、ホルト伯爵の優位が崩れたわけではない。敵はまだ多いし、味方のほとんどは訓練されていない義勇軍だ。
しかし収穫も大きい。敵の出鼻を挫いたことで味方の士気が上がり、時間を稼ぐことができた。そのおかげで義勇軍の編成も順調に進んだ。彼らにもちゃんとした武器や鎧が支給され、熟練度こそ低いがある程度は戦える軍隊となったのだ。
そして思わぬ方向からの収穫もあった。それは……警備隊の協力だった。いつも通り訓練を行っていた俺の前に、 500人の警備隊兵士たちが隊列を整えて近づいてきた。その先頭には馬に乗っているオリンがいた。
「会長」
オリンは真面目な顔で俺を見つめた。
「この時間をもって、本官と警備隊は貴方に協力いたします」
「ありがとう」
俺は頷いた。俺の勝利に導かれて、オリンもやっと決断を下したのだ。
警備隊の500人は規律の取れた軍隊だ。全員よく訓練されていて装備もいい。彼らの協力は勝利に大きく貢献するだろう。
最後の収穫はロベルトからだった。ロベルトは人々に指示して、大きな木箱を俺の前まで持って来させた。
「ロベルトさん、これは……?」
「レッドさんの初勝利を記念するものです」
ロベルトが笑顔で言った。俺は木箱を開いた。
「鎧か……」
それは素晴らしい鋼鉄の鎧だった。全身を覆う金属板はとても頑強で、刃物や矢などはまるで効かないだろう。こんな素晴らしい『板金鎧』は、お金があってもなかなか手に入れることが難しいはずだ。それに赤色と黒色で塗られている。
「3ヶ月前から、外国の職人たちに用意させた代物です」
「素晴らしい」
「色は……レッドさんの戦鎚に合わせましたが、どうでしょうか」
「気に入った」
まるで血に濡れたような赤い鎧……俺の肌色に似ているし、戦場でも目立つだろう。敵に恐怖を与え、味方の士気を高めるには最適だ。
「軍馬も体格の大きいやつを3頭用意しました。伝説の英雄には少々足りないかもしれませんが、王国中の名馬のほとんどは騎士たちが所有しているので……」
「だからまだ伝説の英雄ではないぞ」
俺は笑った。
素晴らしい鎧が手に入ったのは本当に嬉しい。これで戦場でもっと存分に戦えるようになった。馬は……まあ、敵指揮官のものを奪ってやるか。
それから3日後のことだった。奇襲戦の敗北を収拾したホルト伯爵が……本隊を率いて『南の都市』のすぐ近くに陣を取った。いよいよ決戦の時が近づいた。




