第78話.俺の前に……人々が集まってくる
結局俺とオリンはホルト伯爵の降伏勧告を無視することにした。
『拒否』じゃなくて『無視』を選んだのは、少しでも時間を稼ぐだめだ。もちろんホルト伯爵も馬鹿ではないから……あまり効果はないだろうけど。
そして翌日、訓練中のことだった。兵士たちを指揮している俺にロベルトが駆け付けてきた。
「レッドさん!」
ロベルトの真っ青な顔色を見て、俺は何が起きたのか分かった。
「当ててみよう。ホルト伯爵の軍隊がこの都市に向かって進軍を始めたんだろう?」
「その通りです!」
やっぱりか。
俺たちがホルト伯爵から急な降伏勧告を受けた時、やつはもう侵略する準備を終えていたに違いない。『迅速に動いて対応する時間を与えない』……とずっと以前から計画していたんだろう。
「ロベルトさん、やつの軍隊の数は?」
「まだ把握できていません……」
「じゃ、数から把握してくれ」
「はい」
「そして……都市中の市民たちにこう伝えてくれ」
俺は自分の軍隊を眺めながら話を続けた。
「『ホルト伯爵がこの都市の自由を奪おうとしている。自由を守りたい人は、迷いを捨てて俺に来い。一緒に戦おう』と」
「まさか……」
「ああ、義勇軍だ」
この都市は、支配者の国王ですらあまり干渉しない『自由都市』だ。この都市の市民たちはその自由を誇りに思っている。他所の領主がその自由を奪おうとするのは……市民たちとしては許せない行為だろう。
「もちろん義勇軍の戦闘力はあまり期待できない。だが数だけは確保できるはずだ」
「そうですね……」
「それに傭兵も雇いたい。港を通じて傭兵を募集してくれ。弓兵を中心に」
「分かりました」
ホルト伯爵の軍隊がこの都市に到着するまで、少なくとも10日はかかるはずだ。その間に出来る限り手を尽くさなければならない。
もちろん出来る限り手を尽くしても……ホルト伯爵の方が優位だろう。やつもそれを知っているから行動に出たのだ。
しかし……こちらにはホルト伯爵の計画にない存在がいる。それは『赤い化け物』……つまりこの俺だ。
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『南の都市』の市民たちは……俺の予想を超えていた。
「これは……」
俺は思わず笑ってしまった。軍隊を指揮している俺の前に……無数の人々が集まってきたのだ。
「レッドさん」
人々の先頭にはロベルトが立っていた。
「この人々は……みんなレッドさんと一緒に戦いたいと言っています」
ロベルトが少し上気した顔で話した。
俺は市民たちを眺めた。ざっと見ても軽く500を超える数だ。しかも男だけではなく、女まで含まれている。
俺は馬を動かし、市民たちの前まで行った。
「みんなの心に感謝する!」
俺が大声を出すと、市民たちは息を殺して俺を見つめた。
「侵略者の軍隊がこの都市に向かってきている。一緒に戦って、やつらを叩き潰そう!」
「おおお!」
市民たちが歓声を上げた。いや、市民たちだけではない。訓練を受けていた兵士たちも歓声を上げた。
もちろん義勇軍の戦闘力は期待できない。だが彼らの士気は……俺の予想以上に高い。
「レッド! レッド! レッド!」
やがて市民たちと兵士たちは俺の名を叫び続けた。彼らにとって……俺はもう何らかの象徴になっていた。
「ロベルトさん」
「はい!」
「子供と老人を除いて、義勇軍を集め続けてくれ」
「はい!」
ロベルトが勢いよく頷いた。
それからも義勇軍はどんどん増えていった。3日後には、2000に近い人々が義勇軍の旗の下に集まった。ちゃんとした武器も鎧もないけど……彼らは戦おうとしていた。
「レッドさん!」
義勇軍の中から小柄の少年が飛び出て、俺に近づいた。それは……ロベルトの組織の下っ端、トムだった。
「自分も一緒に戦いたいです!」
「トム……」
トムは体が弱い。俺の下で鍛錬したけど、戦場で戦うのは少し無理だ。だから兵士にしなかったのに……。
「自分もこの都市で生まれ育ちました。ここが侵略されることだけは絶対許せません!」
「お前……」
「それにレッドさんと一緒なら絶対負けません! みんなそう思っています!」
どうやら俺に関する噂が……予想できなかった方向からこの都市を変えていたようだ。
「トム」
「はい!」
「お前は俺の副官になれ」
「副官……ですか?」
トムが目を丸くする。
「ああ、急いで義勇軍の編成を終えなければならない。俺の副官になってその作業を手伝ってほしい」
「か、かしこまりました!」
トムは大きな声で答えた。
トムは気の利くやつだ。これから少しずつ軍事学を勉強させれば、有能な副官になれるだろう。
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訓練させていた兵士600人、市民たちの義勇軍2200人、港を通じて募集した傭兵200人……俺の軍隊は瞬く間に3000になった。
1週間、俺はこの3000人の編成を急いだ。時間は絶対的に足りないが、少しでも彼らを効率的に戦わせるためには……頑張ってやるしかない。何しろホルト伯爵の軍隊がもう近くまで来ているのだ。




