第77話.胸が騒ぐ
翌日、俺は警備隊本部で会談を行った。相手はもちろん警備隊隊長、オリンだった。
俺とオリンは静かな部屋で互いを見つめた。オリンの顔は強張っていた。必死に不安を隠そうとしているのだ。
「あんたも降伏勧告の手紙を受けたんだろう? 『ホルト伯爵』から」
「ああ」
オリンが頷く。
「で、どうする気だ?」
俺の質問にオリンは少し間を置いてから答える。
「……王都に援軍を要請するつもりだ」
「へっ」
俺がつい笑ってしまった。
「その援軍、誰が送ってくれるんだ?」
「ここは国王陛下が直に自由を保証なさった自由都市だ。だから、王族の誰かが援軍を……」
「そんなわけがあるか」
俺はオリンの顔を直視した。
「あんたももう聞いたはずだが、現在王族たちは王都を中心に対立している。やつらにはこんな遠くまで援軍を送る余裕なんてないさ」
「いや、しかし……」
「そんな余裕があるなら、最初からこの都市にもっと多くの兵力を配置したはずだ。つまり……あんたはただの捨て駒なんだよ」
「くっ……」
オリンは俺を睨みつけたが、反論はしなかった。
「そもそもこんな重要な局面で、信頼できない他人の力に頼るのは自殺行為だ」
「じゃ、君は降伏を主張するつもりか?」
「いや……降伏は更に自殺行為さ」
俺は笑った。
「ホルト伯爵は『降伏すれば命だけは助けてやる』と言っているが、そんな言葉は信用できない。こっそり殺されることなんて普通にあり得る」
「うっ……」
オリンの口から苦悩の声が漏れる。
「たとえ命が無事でも、全てを奪われて追放されるだろう。その後、あんたは王族の誰かに逮捕されて『敵に対抗もせず降伏した』という罪名で処刑されるはずだ」
「じゃ、君にはあるのか!? この状況を打開する方法が……!」
「あるさ」
俺は頷いた。
「その方法は……『抗戦』だ」
「援軍もないのに抗戦だと? それこそ自殺行為だ!」
オリンが嘲笑う。
「君と私の兵力を足しても、ホルト伯爵の兵力の方が5倍以上多いんだ!」
「ああ、そうだな」
「君は戦争に参加したことがないから分からないだろうけど、それほどの差があれば戦いすら成立しない。1人で5人を相手することとはまるで違う。一方的な虐殺が繰り広げられるだけだ!」
「俺だってそれくらいは分かっているさ」
俺は苦笑した。
歴史の本などには『圧倒的な数の敵を打ち破った戦闘』がたくさん記録されている。しかし……それはあくまでも『数少ない例外』だ。詳しく記録されていない無数の戦闘は……普通に兵力の差で勝敗が決まった。
「だが、降伏するよりは遥かに生き残る可能性が高い」
「この都市には城もない。籠城で耐えるのも不可能だ」
「援軍の来ない籠城なんて悪手さ。野戦にかける」
「そんな馬鹿な……」
オリンは冷や汗をかいた。
「あんたは俺の指示通り軍を動かしてくれ」
「私が君に命令される筋合いは……!」
「今そんなことを言っている場合か?」
俺はオリンを睨みつけた。
「王都が混乱に陥り、秩序が崩れ始めた今は……もう正規軍か否かなんて関係ない。生き残ることに集中しなければならないんだ。くだらない論争は平和になってから聞いてやる」
「うっ……」
沈黙が流れた。どうやらオリンはこの期に及んでも決断できないようだ。
「……とにかく戦闘準備に入ってくれ。それがあんたの役目だろう?」
「くっ……!」
オリンはいきなり机を叩く。
「ホルトめ、どうしてこんなことを……! いくら国王陛下が逝去されたとはいえ、反逆罪だぞ!」
「やつは反逆罪など恐れない。機会があれば王都すら侵略する人間だ。脅迫も懐柔もやつには通じない」
「どうして君がそこまで分かるんだ!?」
「俺には分かるさ。信じていい」
俺は笑いながらそう答えた。
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俺には『ホルト伯爵』のことが何となく理解できる。
国王が死んだ後、ホルト伯爵は誰よりも早く行動に出た。やつはずっと昔からこういう状況を予想して準備してきたに違いない。まるで……俺と爺がそうしたように。
ホルト伯爵の領地は広大で人口も多いが、あまり豊かではないらしい。だからこそこの都市の富を狙っているわけだ。経済的な問題さえ解決すれば、やつの力は一気に増大するだろう。
そうなったら……新しい王の座も夢ではない。ホルト伯爵はそう思っているはずだ。そして自分の目的のためなら、立ち塞がる者を全て打ち倒す覚悟もできている。つまりやつは……俺に似ている!
規則? 反逆罪? 悪名? そんなことを恐れる人間ではない。自分のやりたいことをやるために、ひたすら疾走する人間だ。脅迫? 懐柔? まるで意味がない。
俺の胸が騒いだ。これは……久しぶりに味わう強敵の予感だ。




