第73話.必要なのは武力だ
夏が終わり、涼しい風が吹き始めた。
俺は『南の都市』の大通りを歩いていた。もちろんフードは被っていない。もうこの都市の人々は俺の存在に……『赤い肌の会長』に慣れているのだ。たまに観光客たちから変な目で見られるけど、それくらいは別にどうでもいい。
「会長、お疲れ様です!」
道端に立っていた若い男たちが挨拶してきた。どこかの組織の下っ端なんだろう。俺は彼らに向かって軽く頷いた。
やがて俺は小さな酒場の前で足を止めた。その酒場は兵士たちに囲まれていた。兵士たちの視線を浴びながら酒場に入ったら、テーブルに座っている2人の男が見えた。1人はロベルトで、もう1人は見知らぬ男だ。
「レッドさん」
美中年のロベルトが席から立って俺を呼んだ。俺が近づくと、もう1人の男もゆっくり席を立つ。
「ご紹介させて頂きます。こちらのお方が……」
ロベルトはもう1人の男を俺に紹介する。
「先日警備隊隊長に就任なさった『オリン』さんでございます」
俺は『オリン』の姿を眺めた。彼は『中年』というより『老年』の男で、白いあごひげが印象的だ。しかし全体的に疲れたような雰囲気で、気迫が感じられない。
本来この都市の警備隊隊長は『ラズロ』だったが、やつは『天使の涙』の件で暗殺された。オリンはその後任者ってわけだ。
「オリンさん、こちらが総会の会長……レッドさんでございます」
俺とオリンは握手を交わし、席に座った。
「君の噂なら聞いた」
オリンが俺を見つめながら口を開いた。
「1人で100人を倒したとか、盗賊の砦を陥落させたとか……とにかく強いらしいな」
俺は何も言わなかった。
「本官の役目はこの都市の秩序を守ることだ。余計な騒ぎを起こさなく、税金をしっかり納めれば……君たちのことに口を出すつもりはない」
「それは俺も同じだ。些細なことであんたにとやかく言うつもりはない」
「ふむ」
俺とオリンの視線がぶつかった。
俺が『裏社会のトップ』なら、警備隊隊長は『表社会のトップ』と言える。王室からの命を受けてこの都市の治安を維持し、税金を集めて王室へ納めることが警備隊隊長の役目だ。
一見『裏社会の人間』と『警備隊隊長』は対立する関係に見えるが、実は別にそうでもない。重大な事件さえなければ、互いに干渉しないのが普通だ。
「まあ、今日はこれでいいだろう。本官は本部に戻る」
「ああ」
オリンは兵士たちを率いてその場を去った。俺はロベルトと2人っきりになった。
「どうでしたか? オリンさんの印象は」
ロベルトの質問に俺は肩をすくめた。
「これといった特徴はなかったな。ただ……何か気迫の感じられない男だった」
「そうですね」
ロベルトが頷く。
「彼について少し調べましたが、いわゆる『事なかれ主義』の人らしいです」
なるほど。
「強欲なラズロさんに比べれば遥かに誠実な人ですが、積極的に行動を起こしたりはしないみたいです」
「こっちとしては都合がいいな」
「はい」
誠実すぎると邪魔になる可能性が高い。不誠実すぎるとそれはそれで問題だけど。
「ただし……その性格ゆえ、危機対応能力は低いという評判です。非常時にはあまり役に立たないでしょう」
「非常時か……」
その時だった。いきなり1人の若い男が酒場に入ってきた。ロベルトの部下だ。
「ボス!」
「何事だ?」
「それが……」
ロベルトの部下はかなり驚いた様子だ。
「王都から来た行商人たちが……不穏な噂を流しているようです」
「不穏な噂?」
「はい、現国王が昏睡状態に陥ったとか……」
現国王が……?
「……みんなに伝えて、その噂をもっと詳しく調べるように」
「はい」
ロベルトの部下は素早く酒場を出た。
「レッドさん、これは……」
「ああ、どうやら非常時になったようだな」
俺は自分の胸が騒ぐのを感じた。これは……鼠の爺が予見していた事態だ。
現国王の『パトリック・キネ』は国王に就任して以来、自分の快楽を満たすことだけに専念し……その結果、自分の足では歩けないほど健康を害したらしい。明らかに長生きできない状態なんだろう。
問題はパトリック・キネが死んだ後だ。やつは自分の子供に権力を移譲するための下準備をしていない。つまり『誰が正統な後継者なのか』すらはっきりしていないから……待っているのは『内戦』しかないと、爺は予見していた。
しかし……それにしても状況の変化が早すぎる。爺も『後2、3年は大丈夫だろう』と言っていたのに。
「いつかはこんな日が来るかもしれないと思っていましたが……早すぎですね」
ロベルトも暗い顔でそう言った。
「ロベルトさん」
「はい」
「もし王族の中で内戦でも起きたら、この都市はどうなるんだ?」
「それは……」
ロベルトは顎に手を当てる。
「中立的な立場になると思います。原則としてこの都市は国王の支配下にありますから」
誰かが新しい王になるまでは、原則として誰の命令も受けないということか。
「他の貴族たちがこの都市の富を狙って手を出してくる可能性は?」
「……その可能性はあります。混乱に乗じて『保護してやる』という口実で手を出してくるかもしれません」
「じゃ、まずはそんな事態に備える必要があるな」
「はい」
混乱に乗じて、野心を見せるやつらはいくらでもいるだろう。そんなやつらを叩き潰して、最終的な勝者になるためには……武力が必要だ。誰にも屈しない武力が。




