第70話.本当にいいのか?
明日、俺は小屋に戻る。再び爺とアイリンと3人で暮らすことにしたのだ。
俺の決定を聞いて、組織員たちは少し衝撃を受けた。
「心配するな。週に3日は本拠地で泊まるから」
俺がそう言うと組織員たちの顔が明るくなる。
まあ、そもそもこの『南の都市』から完全に離れる事はできない。『レッドの組織』を運営しなければならないし、シェラに格闘技を教える必要もある。小屋と都市を行き来しながら生活することになるだろう。
俺の不在時に備えて、レイモンにいろいろ指示を出していた時だった。誰かが俺たちの本拠地を訪ねてきた。確認したらそれはロベルトの組織の下っ端、トムだった。
「久しぶりだな、トム」
「お久しぶりです!」
トムが明るい声で挨拶してきた。
「怪我はどうだ?」
「ずいぶん回復しました! ご心配、ありがとうございます!」
トムの右手には包帯が巻かれていた。港の戦いで負った傷だ。
俺が港でルアンの組織と戦った時、ロベルトの組織が俺に加勢してくれた。トムもその戦いに参加し、勇敢に戦って傷を負ったわけだ。
「ロベルトから話は聞いた。お前、結構勇敢に戦ったらしいな」
「レッドさんの下で鍛錬されたおかげです! それに……」
トムは少し上気した顔で話を続ける。
「レッドさんが味方である限り、絶対負けないと思ったら……自分にも勇気が湧いてきました!」
「そうか」
「はい、あの夜の戦いはもう一生忘れられません!」
日頃の鍛錬、そして逆境を通じて……トムも強くなったようだ。
「で、今日は何の用件なんだ?」
「あ!」
トムは『しまった!』という顔になる。
「大変失礼いたしました! 実はうちのボスからの伝言があります!」
「言ってくれ」
「今日午後、大事な相談がありますので格闘場の事務室までいらしてください、とのことです!」
「そうか。ロベルトに了解したと伝えてくれ」
「はい!」
午後ということは、そんなに急な用事ではないだろうけど……大事な相談って一体? まあ、とにかく行ってみるしかないな。
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午後になり、俺は本拠地を出て格闘場に向かった。
しかし1人で大通りを歩いていたら、少し妙なことに気付いた。フードを被っているにもかかわらず……人々の視線が俺に集まる。
「……なるほど」
俺の噂が広がった結果、もうフードを被っていても俺だとみんな分かるのだ。俺は苦笑してフードを外した。すると人々は少し目を見開いたけど……その視線から悪意は感じられなかった。
やがて格闘場についた俺は、2階の事務室に入った。
「レッドさん」
ロベルトが丁寧に挨拶してきた。俺は彼に近づいた。
「ロベルトさん、大事な相談があると聞いたが」
「はい。『総会』について、ぜひレッドさんに相談したいことがあります」
「『総会』について?」
『総会』は、この都市の裏を牛耳っているボスたちの会議だ。俺を含めて、『総会』のメンバーは6人だったけど……2人が逮捕されて今は4人しかいない。
「実は……『総会』にも『会長』という役職があります。『総会』のメンバーを束ねて、対外的な代表者になる人ですね」
「そうか」
「その『会長』は長年空席でして、一応私が代理みたいな立場として働いてきたんです」
「なるほど」
俺が頷くと、ロベルトは俺に意味ありげな視線を送ってくる。
「しかしいつまでも会長の席を空けておくこともできないし、『安定した秩序』のためにも……そろそろ新しい指導者が必要だと思います」
「ロベルトさんが会長になるのか。俺は賛成だ」
「私ではなくレッドさんです」
「……俺?」
俺は目を見開いた。
「いや、でも……」
「もうこの件についてはビットリオさんやクレイ船長と相談済みです。私を含めて、全員レッドさんの会長就任に賛成しました」
「だから……」
俺は苦笑した。
「自分で言うのもあれだけど、俺はまだ17歳だ。いいのか?」
「この間、レッドさんはこの都市の組織たちを見事に指揮なさいました。その力量を考えれば、年齢は問題ではありません」
俺は首を横に振った。
「いや……俺の組織は小さいし、あんたの方が適任だと思うが」
「組織が小さいからこそ、逆にみんな安心できるわけですよ」
ロベルトは笑顔でそう言った。
「ビットリオさんもクレイ船長も、他のボスが会長になったら縄張りが侵害されるかもしれないと恐れています。でもレッドさんが会長になれば、そういう事態を未然に防ぐことができるわけです」
「いいかげんだな……」
しばらく論争が続いたけど、ロベルトの意志は固かった。
「ロベルトさん、あんたはこの都市に『安定した秩序』をもたらしたいと言ったけど……まさか最初から俺を会長に就任させるつもりだったのか?」
「最初はレッドさんの力を借りて、私が会長に就任するつもりでした。しかしレッドさんの器と力量に気付いて……レッドさんこそ会長に相応しい人物だと思いました」
ロベルトはいとも真面目な口調だった。
「お願いします。この都市を率いることができるのは……レッドさんしかいません」
「……まあ、分かった。やってやるよ」
ついに俺が降参すると、ロベルトは優雅な笑顔を見せた。
「本当にありがとうございます。では就任記念パーティーを準備します」
「またパーティーか」
俺は苦笑した。
「……ところで、ロベルトさん」
「はい」
「俺の噂、結構広がったようだな」
「はい。レッドさんのおかげでこの都市が救われたんだと、みんな言っていますよ」
「その噂……流したのはあんたなんだろう?」
俺とロベルトの視線が交差する。
「もちろん俺が噂されるのは当然なことかもしれない。でも噂の内容が偏っているというか、良すぎるんだよ。まるで誰かが意図的に流したようにね」
ロベルトの顔に微かな笑みが浮かぶ。
「……私はあくまでも、人々が誤解しないように手伝っただけです」
「そうか」
「はい」
「分かった、ありがとう」
俺はロベルトと別れて、再び大通りを歩いた。もちろんフードは外したままだった。




