第69話.それでいいさ
パーティーの翌日、俺は組織員たちと鍛錬を続けた。
化け物と呼ばれようが英雄と呼ばれようが……俺は変わらない。自分の道を進むだけだ。
「……そう言えば、お前ら」
朝の鍛錬を終えて、俺は組織員たちを見つめた。
「昨日のパーティーでお嬢さんたちに話しかけられたんだろう? どうだ、収穫はあったのか?」
俺の質問に組織員たちは視線を落とす。
「全然駄目ですよ、こいつら!」
唯一彼女持ちのゲッリトが声を上げた。
「女の子とまともに話すことすらできなかったんですよ!」
「ふふ……」
俺は笑った。やっぱりそういう結末だったか。
「断言します。ボスと俺、そしてリック以外は全員彼女なんて無理です!」
「年上のお姉さんなら、純粋な反応が可愛いと思うかもしれないじゃないか」
「それは……確かにそうかもしれませんけど」
ゲッリトが頷いた。
「まあ……俺は格闘技を教えることはできても、恋愛は教えられない。各々頑張ってくれ」
「はい」
組織員たちが落ち込んだ顔で答えた。
そして午後のことだった。鍛錬を続けている途中、誰かが本拠地の扉をノックした。扉を開けると……2人の少女が俺を見上げた。
「レッド!」
「お前ら……」
それはシェラとアイリンだった。もちろん2人は昨日のドレス姿ではなく、いつもの服装をしていた。
「どうしたんだ?」
「アイリンちゃんがレッドに会いたいらしくてね」
「そうか」
俺はアイリンの頭を撫でてやった。するとアイリンは手に持っていた布の袋を俺に渡した。
「これは……?」
袋の中にはパンがいっぱい入っていた。
「みんなのためのおやつだよ! アイリンちゃんの考えで買ったの」
「なるほどね。ありがとう」
鍛錬を一時中断して、みんなでパンを食べた。組織員たちはシェラとアイリンに感謝した。
おやつの後、シェラが「戦ってみたい」と言って来た。俺はいつも通りゲッリトに彼女との対決を指示した。
「お嬢さん、絶対勝ってください!」
「卑怯な彼女持ちをぶちのめしてください!」
組織員たちは全員シェラを応援した。みんなの深い恨みが感じられる。
「うるさいな……」
ゲッリトは不満げな顔でシェラを攻撃した。シェラは守りに徹しながら機会を待った。
「負けろ、ゲッリト!」
「この裏切り者!」
野次が続いて、ゲッリトも結局爆発してしまう。
「……うるさいぞ、お前ら!」
ゲッリトが組織員たちに向かって怒鳴ったその瞬間だった。シェラが隙を逃さず下段蹴りを放った。
「え……!?」
バランスが崩れたゲッリトがふらつくと、シェラは体当たりで彼を倒した。そしてすかさずゲッリトの腕を両手で掴み、強くひねった。見事な関節技だ。
「こ、降参です!」
ゲッリトが降伏した。勝負ありだ。
「流石お嬢さんです!」
「ざまあみろ、ゲッリト!」
組織員たちは歓声を上げて喜んだ。シェラも得意げな顔でブイサインした。
「いい関節技だった」
俺がそう言うと、シェラは恥ずかしそうに笑う。
「ゲッリトさんが油断してくれたおかげだけどね」
「相手の隙を逃さないのは実戦の基本だ。しかもゲッリトみたいな熟練者の隙を狙えるのは相当なものだ」
「うん、ありがとう」
シェラの顔が明るくなった。
しばらくして、俺はシェラとアイリンと一緒に本拠地を出た。2人をロベルトの屋敷まで送るためだ。
「レッドの噂、どんどん広がっているみたいよ」
「噂ね」
「あんたの活躍でこの都市が救われたんだと、みんな言っている」
シェラが俺を見上げる。
「よかったら今度その活躍について詳しく話してね」
「分かった」
俺が頷くと、シェラはいきなり声を上げる。
「あ、そう言えばちょっと急な用事があった!」
「ん?」
「私、先に行く。2人はゆっくり来てね!」
シェラが1人で走り出した。たぶん……俺とアイリンだけの時間を作ってやろうとしているんだろう。俺は心の中でシェラに感謝した。
「久しぶりだから、海を見に行こうか」
「あう!」
アイリンは明るい顔で頷いた。
俺たちは大通りから離れて、海辺まで行った。以前一緒に砂遊びをしたその場所だ。
「あう……!」
太陽に照らされ、海は眩しく光っていた。大きな貿易船が海の上を進み、どんどん小さくなっていった。
ふとアイリンが地面に文字を書いた。それは『明日、お爺さんと一緒に小屋に戻る』だった。
「もう戻るのか?」
「あう」
アイリンは頷いてから『レッドは一緒に戻らない?』と書いた。
「そうだな……俺も戻るよ」
大きな戦いも終わったし、組織員たちのことはしばらくレイモンに任せておいても問題ないだろう。アイリンは俺の答えを聞いて『ありがとう、レッド』と書いた。俺は手を伸ばしてアイリンの頭を撫でた。
「アイリン」
「あう?」
「お前は……」
俺は少し戸惑ってから話を続けた。
「お前は……実の家族のことを覚えているか?」
アイリンは首を横に振って『何か悲しいことがあった感じがするけど、詳しく覚えていない』と書いた。
「そうか……ごめん」
俺が謝ると、アイリンは『レッドのおかげで大丈夫』と書いた。
アイリンの歳からして……戦争で親を亡くしたわけではない。たぶん何かの事故、もしくは事件に遭ったんだろう。手掛かりがないから推測すらできないけど。
『レッドは? 家族のことを覚えているの?』とアイリンが聞いてきた。俺は首を横に振った。
「俺も何も覚えていないさ」
アイリンは『じゃ、私と一緒』と書いた。
確かにそれでいいかもしれない。今笑って生きていけることが何よりも大事だ。俺はそう思いながら再度アイリンの頭を撫でた。




