第68話.立ち止まっているわけにはいかない
振り向いたら2人の少女が俺を見上げていた。
「どう? 私たちのドレス姿!」
シェラとアイリンのドレス姿に、俺は目を見開いた。
シェラは自信満々顔で空色のドレスを着ていた。いつもは『格闘技好きな女の子』のイメージしかなかったのに、今日は『色っぽいお嬢さん』だ。しかもスカートがわりと短くて、シェラの美しい脚が強調されていた。
シェラとは対照的に、アイリンは恥ずかしそうな顔で真っ白なドレスを着ていた。純粋な少女のイメージなのはいつもと同じだけど、今日は『貴族の少女』に見える。
「驚いた。2人とも見間違えるほどだ」
「えへへ」
「特にシェラ、お前も本当に女の子だったんだな」
「それどういう意味よ!?」
シェラがカッとなって俺を睨んでくる。
「ムキになるな。褒めているんだ」
「もうちょっと分かりやすく褒めてよ! 可愛いとか、綺麗だとか」
「可愛くて綺麗だ」
「……本当?」
「本当さ」
シェラが横目で見てきた。俺はそんなシェラを無視してアイリンの頭を撫でてやった。
「それ禁止」
「はあ?」
「アイリンちゃんを撫でることができるのは私だけ!」
シェラはアイリンを後ろから抱きしめる。
「レッドには譲れないよーだ!」
「何でだよ」
アイリンは俺とシェラのやり取りを見て笑っていた。
まあ、最初は少し心配もしたけど……シェラとアイリンが親しいようで安心した。ちょっとうるさい姉と大人しい妹に見えるほどだ。
しばらく2人の少女と時間を過ごした俺は、少し外の空気を吸いたくなった。それでシェラとアイリンと一緒に庭園へ向かった。
夜の庭園は美しかった。俺たち以外にも数人の客がランタンの光の下で庭園を眺めていた。
「あ……」
庭園の隅に意外な人物が立っていた。俺は2人の少女と別れてその人物に近づいた。
「レッドか」
「爺」
それは鼠の爺だった。爺はいつも通りのみすぼらしい姿だった。
「へっ……何だ、その格好は?」
爺が俺の礼服姿を見て嘲笑った。
「劇団にでも入るつもりか?」
「仕方ないじゃないか。俺だって動きづらい服装は嫌だ」
俺は苦笑した。
「爺こそ1人で何しているんだ」
「私はパーティーが嫌いなんだよ。こういう豪華なパーティーは尚更だ」
「それで1人で花見をしていたのか。爺らしいな」
俺はしばらく爺と一緒にラベンダーを見つめた。
「爺」
「何だ」
「『フクロウ』のことなんだけど」
俺は爺の顔を凝視した。
「あいつ……爺の技を使っていたよ。俺が爺から盗んだ、『全身全霊の動き』と呼んでいる技を」
爺は無表情だった。
「しかも俺より熟練度が高かった。つまりやつは昔からあの技を使ってきたに違いない。どういうことなのか……説明してくれるか?」
しばらくの沈黙の後、爺が口を開く。
「お前が『全身全霊の動き』と呼んでいるその技は……『心魂功』というものだ」
「『心魂功』?」
「ああ」
爺が無表情で頷く。
「あれは『夜の狩人』の創始者が、いろんな国の格闘技を融合させて編み出した技だ」
「じゃ、あれが使えるのは……『夜の狩人』だけか」
「お前以外はな」
爺が微かに笑った。
「つまり爺も……」
「もう忘れたのか、レッド」
爺と俺の視線が交差する。
「私を超えてみせろ。そうすれば何もかも説明してやる」
「分かった。かならず爺を超えてやるから……待っていろ」
「へっ」
俺は拳を握った。爺を超えることは……俺にとって王国を滅ぼすことと同じく大事だ。立ち止まっているわけにはいかない。これからも強くなって、何もかも手に入れる。




