第64話.一暴れしてやる
北の山脈の奥……獣の道すらない場所に深い谷がある。
その谷のことは、地図にも詳しく載っていない。たぶんこの地方の人間ですら正確な位置を知らないだろう。だから誰もが『人の手が届かない場所』だと思ってきたはずだ。しかし実は……その谷には百を超える人間が住んでいる。
やつらは木造の砦を建設し、槍や弓などで武装して、十分な食糧を備蓄している。まるで山賊の群れだが、山賊とは違って略奪はしない。その代わりに……薬物を広げている
そう、この砦こそが……『黒幕』の本拠地だ。やつはここで様々な計画を進行させて、人々を苦しめてきた。もう数十……いや、たぶん数百の人々が犠牲になったはずだ。だが……それも今日までだ。
夜の暗闇に紛れて、俺と俺の組織員たちは砦に接近した。そして見回りしているやつらを後ろから奇襲し、首を絞めて制圧した。
「レイモン」
「はい」
茂みに身を隠したまま、俺はレイモンと話した。
「あちらの櫓が見えるか?」
「はい」
「俺が暴れている間、お前はあれを制圧しろ。その後は……分かるな?」
「はい、問題ありません」
レイモンはいつもより強い気迫を発していた。いや、レイモンだけではない。組織員たちはみんな……死んだデリックの覚悟を受け継いだ。
人間って不思議なものだ。恐怖に支配されたら、大男も赤ん坊同然になるけど……一度覚悟を決めたら、凄まじい力を発揮する。これが……人間の底力というものなんだろうか。
音を立てずに砦に近づくと、一人の男が壁の上からこっちを監視しているのが見えた。俺は地面から石を拾って……力いっぱい投げた。
「っ……!?」
壁の上の男は頭に石が当たり、そのまま倒れてしまう。その直後、俺は全力で突進して……壁に向かって飛び上がった。
「はっ!」
木造の壁の突出した部分を掴み、体重を移動させて登り始める。
「さあ……」
数秒後……俺は壁の上に立って砦の内部を見下ろした。
「一暴れしてやる」
月明かりを浴びながら、俺は跳躍した。そして夜の冷たい空気の中を飛び……勢いよく砦のど真ん中に着地した。轟音が轟き、敵の視線が俺に集まる。
「何なんだ!?」
「こ、こいつ……!」
敵の顔に驚愕と当惑、そして恐怖が浮かぶ。俺としては……最高に気持ちいい瞬間だ。
「うおおおお!」
雄叫びを上げながら、俺は一番近くのやつの顔を掴んで投げ飛ばした。そいつは他の2人に激突した。
「敵襲……! 敵襲だ!」
「て、敵が現れた!」
敵が俺の前に集まってくる。全員槍で武装していて、それなりに訓練を受けたような動きだ。だが今日の俺は……誰にも止められない!
俺は3人の敵に突進した。その3人は槍で俺を刺そうとしたが、俺は空中に跳躍して……やつらの頭上まで移動した。
「ぐおおおお!」
着地しながら真ん中をやつを踏みにじった。そしてすかさず両手で左右のやつの頭を掴み、そのまま激突させた。
「この化け物……!」
他のやつが俺に攻撃してきたが、俺はやつの槍を避けて横腹に拳を入れてやった。
「がはっ……!」
あばらが折れたやつを持ち上げて、並んでいる4人に投げ出した。それでやつらの隊列が乱れると、俺は接近して拳を振るった。頭に一発、みぞおちに一発、心臓に一発、腹に一発……瞬く間に4人が倒れる。
「ゆ、弓兵! 早く!」
弓を持っている男が現れ、俺を狙って矢を放った。俺は素早く右に移動して矢を避け、そこに落ちている石を拾って投げた。弓兵は顔面に石がぶつかり、血を流しながら倒れる。
「お、おい……正門が開かれたぞ!?」
敵が更なる混乱に陥った。俺が暴れて敵の注意を引いていた間、レイモンと組織員たちがこっそり動いて砦の正門を開いたのだ。そして開かれた正門を通じて……武装した兵士たちが突入してきた。
「やつらを駆逐せよ!」
兵士たちを率いているのはもちろんドロシーだった。奇襲を成功させるために、彼女の部隊はわずか30人程度の少数だったが……全員勇猛だった。
「実験体を出せ!」
だが敵も反撃を開始する。砦の真ん中の建物から数十の屈強な男たちが飛び出てきたのだ。そいつらは全員……薬物に中毒され、意志のないまま戦わされていた。
「レッド!」
ドロシーが俺に近寄った。
「ここは任せて、お前は『黒幕』を追え! やつを……絶対逃がすな!」
「ああ……もちろんだ!」
俺は真ん中の建物に向かって突進した。敵は慌てて俺を追いかけようとしたが、ドロシーと彼女の兵士たち、そして俺の組織員たちに阻止された。
建物の中に侵入した俺は、かかってくる敵を撃破しながら奥に向かった。奥には作戦室みたいな広い部屋があり、隅に地下への階段があった。状況と建物の構造からして……『黒幕』は地下へ逃げたに違いなかった。




