第61話.地下礼拝堂
俺と鼠の爺は格闘場の事務室に入って、ロベルトに会った。
「鼠の爺さん……そのお怪我は?」
ロベルトも爺の負傷が信じられないという反応だった。爺は『情報探しの途中、少し揉め事があった』と簡単に説明した。
「それより、この都市の地図を持っているか?」
「地図ならありますが」
ロベルトは自分の机の引き出しから大きな地図を持ち出し、机の上に広げた。爺はその地図を注意深く見つめた。
「何をお探しですか?」
「どうやら爺には『隠し通路』について心当たりがあるらしい」
「隠し通路って……」
ロベルトが首を横に振った。
「もちろんその可能性があるのは認めますが……この都市で数十年も生きてきた私でさえ、そんな隠し通路のことは聞いたことがありません」
「数十年の話じゃない。少なくとも100年以上昔のことだ」
爺が冷たく言った。
「2人とも、『異端戦争』のことは知っているだろう?」
「ああ、本で読んだことがある」
俺が答えた。
「確か『国王』と『女神教の教会』が対立して、結局国王の勝ちで終わった事件だろう?」
「そうだ」
爺が頷く。
「その原因や経緯については複雑な問題が絡んでいるが……大事なのは『異端戦争の間、女神教の信者たちが異端認定されて迫害を受けた』という事実だ」
迫害か。
「迫害を受けた信者たちは、自分たちの信仰を守るために『地下礼拝堂』を作ったのさ」
「それが『隠し通路』に繋がるわけか?」
「ああ」
なるほど。
「私は昔、『異端の生き残りたち』と少し絡んだことがあってな。この『南の都市』にも『地下礼拝堂』や『脱走のための隠し通路』が存在するのは確かだ。問題は……その位置だ」
爺は指で地図の上をたどった。
「港とその周辺は、もう調査済みなんだろう?」
「ああ、細かく調べたが何もなかったよ」
「じゃ、そっちは除外して……北西の方はどうだ?」
俺は首を横に振った。
「隣接都市に繋がる陸路の周りは全部調査済みさ」
「そうか……」
その時、ロベルトが地図のある一点を指さす。
「この旧市街はどうでしょうか。ここなら古くからの建物が多いし、可能性はあると思いますが」
俺は顎に手を当てた。
「確かにそこはまだ詳しく調べていない。でも……都市のど真ん中なのに『隠し通路』があるのかな」
「逆に盲点だったのかもしれません。100年以前の人々にとっても、私たちにとっても」
「なるほど」
今まで俺たちは都市の外側を優先して調べてきた。しかし『隠し通路』は……逆に中心部に存在しているかもしれない。
「明日から調べてみよう」
「はい」
ロベルトは頷いてから、爺を見つめた。
「鼠の爺さんは、私の屋敷でしばらくご療養に専念してください」
「ああ、そうさせてもらう」
爺は意外と素直に頷いた。まあ、アイリンもロベルトの屋敷にいるし……そうした方がいいだろう。
俺はもう一度地図を見つめた。この『南の都市』は本当に広大で、旧市街だけでも並大抵の都市より広い。しかし……『南の都市』の裏を牛耳っている組織の大半は、もう俺の指揮を受けている。ドロシーの兵士たちも協力してくれているし、旧市街を細かく調べるのも不可能ではない。
そして『隠し通路』が見つかったら、俺はやつに辿り着ける。
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翌日の朝から大々的な調査が行われた。俺は数百に達する人々を連れて、旧市街の内部を細かく調べた。まあ、旧市街の市民たちには少し悪いけど。
調査開始から3日目のことだった。組織員たちと一緒に旧市街を細かく見回っている途中、俺は少し妙なものを見つけた。
「あれは……」
近づいてみたら、それは小さくて古い墓地だった。しかも建物の陰に隠れていて、普通に歩いていると視線が届きにくい場所だ。
墓地の中央には小さな煉瓦造りの建物があり、その中には地下への階段があった。地下で棺を保管しているんだろう。
「レイモン、ランタンを用意しろ」
「はい」
組織員たちを率いて階段を降りると、多くの棺が見えた。一見普通の墓地に見えるが……。
「これは……」
俺はランタンで地面を照らした。そこには何の痕跡もなかった。しかし逆に『何の痕跡もない』ということが怪しい……!
もちろん普通の墓地なら墓守が掃除をするはずだ。だがここは内側も外側もホコリだらけで、もう捨てられた墓地に見える。それなのに地面だけが綺麗だ。まるで誰かが出入りした痕跡を消したかのように。
俺は左手でランタンを持ち、右手で煉瓦の壁をなぞった。どこもホコリだらけだが……。
「あ……」
思わず声を出した。他と比べて、明らかにホコリが薄い煉瓦があったのだ。
「皆、後ろに下がれ」
俺は組織員たちに指示してから、ホコリの薄い煉瓦を思い切って蹴った。すると……壁に大きな穴が空いた。ランタンでその中を照らしてみたら、広い階段があった。
慎重に階段を降りると、広い空間に辿り着いた。その空間の真ん中には精密に作られた女神の彫刻があった。ここは……『地下礼拝堂』に違いない。
「……見つけた」
俺は顔に笑みを浮かべた。女神の彫刻の向こうに、大きな扉があったのだ。『隠し通路』への扉だ。




