第60話.『フクロウ』か
俺は鼠の爺と一緒に歩いて、『レッドの組織』の本拠地まで行った。
「汗臭いな」
本拠地に入るや否や、爺が不満げに言った。俺は笑うしかなかった。
「仕方ないじゃないか。大男たちが毎日体を鍛える空間だぞ」
「アイリンがこんなところに泊まらなくてよかったな」
「それは同意する」
俺は爺と一緒に本拠地のベンチに座って水を飲んだ。そして爺の体に巻かれている包帯を見つめた。
「……爺、大丈夫か?」
「大丈夫だ。もうだいぶ回復した」
爺が無表情で答えた。
「一体何があったんだ? 爺がそんな傷を負うなんて……軍隊と戦争でもしたのか?」
「へっ」
爺は笑ったが、俺は真面目だった。俺としては爺が傷を負うなんて想像もできない。
「情報屋に危険はつきものだ。今回は普段より少し危険度が高かっただけだ」
「いや、だから爺に傷を負わせる人間って一体……」
「『夜の狩人』だ」
伝説の暗殺集団と呼ばれている『夜の狩人』……その名を聞いて、俺は固唾を呑んだ。
「『天使の涙』の件について、私はお前とは別の角度で接近したのさ。つまり『黒幕』を直接追跡するんじゃなく……やつに雇われた『夜の狩人』を追跡した」
「なるほど」
確かに『夜の狩人』を追跡すれば、その雇い主である『黒幕』に辿り着くこともできるだろう。
「で、爺は『夜の狩人』の暗殺者に負けたのか?」
「負けてねぇよ!」
爺がカッとなって声を上げる。
「3対1だったから少し傷を負っただけだ!」
「3対1だったのか……」
3対1だったとはいえ、爺に傷を負わせるなんて相当な強者だ。
「レッド、お前……そもそも『夜の狩人』が伝説とか言われている理由も知らないだろう?」
「そりゃ暗殺依頼に失敗したことがないからじゃないか?」
俺が答えると爺が首を横に振る。
「違う。やつらが伝説とか言われている理由は……もう衰退してしまったからだ」
「衰退しただと?」
「ああ」
爺が無表情で頷く。
「もう数十年以上昔のことだ。『夜の狩人』は高い報酬の代わりにどんな暗殺依頼も成功させて、裏社会に悪名を馳せたが……その結果は軍隊による徹底的な駆逐だった」
「貴族たちから……危険分子扱いされるようになったのか」
「その通り」
爺がもう一度頷いた。
「まあ、考えてみれば当然のことだ。貴族はもちろん、王族たちもいつ自分の頭が消えてしまうかもしれないと恐れたからな。そりゃ軍隊でも何でも送って駆逐したくなるだろう」
「確かに」
「それで『夜の狩人』は衰退してしまい、本拠地を捨てて姿を消した。そしてやつらが見えなくなると、その消息についていろんな噂が流れて……いつの間にか伝説のような存在になったのさ」
「見えなくなったから、逆に伝説になったのか。皮肉なことだな」
『夜の狩人』の裏にはそんな事情があったのか。
「童話や怪談のようなもんだ。実体が見えないからこそいろんな作り話が出来上がるわけだ」
「しかし……やつらはまだ存在している」
「ああ、もう10人も残っていないけどな」
10人もいないのか。『レッドの組織』と同じだな。
「そしてその中の2人が『黒幕』に雇われた」
「2人?」
「『白蛇』と『フクロウ』だ」
『白蛇』と……『フクロウ』?
「『夜の狩人』の一員たちは、みんなそういう名前を使うのさ」
「へっ、俺や爺レベルのネーミングセンスだな」
「確かに」
俺と爺は一緒に笑った。
「『黒幕』は『白蛇』と『フクロウ』を雇うために莫大なお金を使ったらしい。しかし……『白蛇』はもう死んでしまった」
「まさか……ラズロと一緒に死んだ女の工作員か?」
「ああ、その女が『白蛇』だ」
なるほど。
「じゃ、俺と戦った暗殺者が『フクロウ』だな」
「そうだ」
俺は自分の胸が騒ぐのを感じた。やっとやつの名前を知った。
「フクロウは奇襲と直接戦闘を専門にしている。お前もやつとの1対1で勝てる保証はないぞ」
「分かっている。だからこそ嬉しい」
「本当に化け物の思考だな」
爺は笑った後、懐から小さな瓶を持ち出して俺に渡した。
「これは何だ?」
「解毒剤だ。今度フクロウと戦うことになったらそれを飲め。やつの麻痺毒に耐えられるはずだ」
「なるほど……」
「言って置くが、解毒剤の効果は長くない」
「分かった、ありがとう」
俺は解毒剤を懐にしまった。
「他の情報はないのか? 『黒幕』の正体について」
「残念ながら多くない。ただ……どうやら『黒幕』と『フクロウ』はこの都市以外でも活動をしていたようだ」
「北の山脈の村のことか?」
「知っていたのか?」
「ああ、特別調査官から聞いた」
俺はドロシーのことと、彼女から聞いた情報を簡単に説明した。
「なるほど……じゃ、私の情報はあまり役に立たなかったな」
「いや、いろいろ助かったよ」
俺は爺の顔を見つめた。
「ちなみに聞くけど……爺と戦った『夜の狩人』の3人はどんなやつらだったんだ?」
「……それはこの件とはあまり関係ない」
「そうか」
「ああ、お前の獲物はあくまでも『黒幕』だろう? 『夜の狩人』じゃなくて」
「まあ、そうだな」
爺は自分の戦いについては話したくないようだ。触れないでおこう。
「あ、そう言えば……爺にもう一つ聞きたいことがある」
「何だ?」
「もしかして……この都市の隠し通路について知っているか?」
「隠し通路?」
爺が眉をひそめた。俺は『黒幕』の手下たちが、隠し通路を通じてこの都市を出入りしたのかもしれないと話した。
「隠し通路……」
爺は少し考えにふけってから、俺の顔を見つめる。
「……心当たりがないわけではない」
「本当か?」
「あくまでも推測だけどな。この都市の詳しい地図を持っているか?」
「それならロベルトが持っているはずだ」
「じゃ、ロベルトの事務室に行こう」
「ああ」
俺と爺は席から立ち、『レッドの組織』の本拠地を出た。俺は爺の調子が少し心配になったが……爺の足取りは軽かった。それを見て俺は少し安心した。




