第551話.元気な婆だな
「これが……異端の本拠地か」
木々に囲まれた平地の上に、村が建設されていた。しかも結構立派な村だ。中央には井戸があり、井戸から道路が四方に伸びていて、道路に沿って民家が並んでいる。畑、畜舎、工房、鍛冶屋などなど……村の運営に必要な施設も一通り揃っている。そして多くの村人が生業のために働いている。
先日見つけた、放浪人の村とは比べ物にならない。まるで『経済の要衝に位置する、そこそこ名の知れた村』に見えるほどだ。
「レッド……」
馬車から降りたシェラが、村の方を見つめて目を丸くする。
「あの人たち……全部異端なの?」
信じられないと言わんばかりの顔で、シェラが言った。
そう、ここは決して名の知れた村ではない。地図にも載っていない、巨大な秘境の中に隠された村だ。そしてこの村の住民たちも……普通の領民ではない。
約百年前、当時の国王と女神教の教会が紛争を起こした。後に『異端戦争』と呼ばれるその紛争は、結局国王の勝利に終わった。そして国王は女神教の教会を弾圧し、自分の意思に反する教理を全て改訂した。
しかし一部の信者たちは、国王の弾圧から逃走し、古くからの信仰を守っている。それこそが異端……王国法では存在自体が許されない集団だ。
「確かに想定より多いな」
村の規模からして、人口は少なくとも三百人以上だろう。存在自体が許されない人が……こんなにも集まっているのだ。確かに不思議な光景だ。
「あ……」
洗濯物を運んでいた村人が、俺を見て目を丸くする。
「あ、赤い肌の……!?」
村人が声を上げる。それをきっかけに、村中の人々が一斉にこちらを……俺を見つめる。
「せ、せ、赤竜……!」
「ああ……!」
村人たちの顔が驚愕と恐怖に染まる。俺に怯えた眼差しを送ってくる。
「へっ」
思わず笑ってしまった。この人たちにとって、俺は別に『赤き救世主』ではない。赤い化け物だ。この感覚……本当に久しぶりだ。
「皆さん」
レイチェルが前に出て、村中の人々を見渡す。
「落ち着いてください。このお方はロウェイン公爵様です。マリアさんとの相談のため、我々の村にご来訪くださいました」
レイチェルの声には人を安心させる威厳がある。村人たちは静かになる。
「公爵様」
レイチェルが俺の方を振り向く。
「ここの指導者であるマリアと、アイリンちゃんをお呼び致します。少々お待ちください」
「ああ」
俺が頷くと、レイチェルは急ぎ足で村の奥に向かう。
「暴力沙汰にはならなさそうね」
白猫が笑顔で言った。村人たちは相変わらず俺を見つめているが、何か行動をしようとはしない。アベルも警戒の表情で俺を眺めるだけだ。
しばらく後、一人の婆が姿を現す。婆はレイチェルを連れてこちらに向かってくる。たぶんあれがマリアなんだろう。しかし……。
「指導者……?」
俺は眉をひそめた。マリアは……どこにもいる普通の婆にしか見えない。白髪で、猫背で、杖を持っている。素朴な服を着て、人の良さそうな顔をしている。本当に普通の田舎の婆だ。
「みんな、何してるんだい!?」
普通の婆が村人たちに向かって声を上げる。
「客の相手は私がする。みんなやることやれぃ!」
マリアが手を振るいながら一喝した。村人たちは一瞬戸惑ったが、結局みんな生業に戻る。
「さて……」
マリアは精一杯顔を上げて俺を見つめる。
「お前がレッドか。本当に背が高いねー」
「へっ」
俺は笑ってから頷いた。
「ああ、俺がレッドだ。あんたが異端の指導者、マリアなんだろう?」
「指導者? 私が?」
マリアが失笑する。
「私はただ一番の年長者で声が大きいだけさ」
「そうかい」
年の割には元気な婆だな、と俺は内心苦笑した。
「ま、そういうことにしておこう。ところで、アイリンは? あの子はどこだ?」
「薬草を取りに行った」
「薬草?」
「アイリンはこの村の頼りになる薬師なのさ。薬草を取って薬を作るのがあの子のやることだよ」
確かにアイリンは頑張って薬学を勉強したし、青髪の幽霊の猛毒も解毒した。この村で立派な薬師として活動しているんだろう。
「あの子はすぐ戻ってくるさ。ウチでお茶でも飲んでいなさい」
マリアが『ついて来い』と目配せしてきてが、俺は首を振った。
「ちょっと待ってくれ。実は一つ頼みがある」
「頼み?」
「子供たちのことだ」
俺は大型荷馬車に7人の子供が乗っていること、その子供たちは盗賊に親を失ったことを簡単に説明した。
「あんたはこの王国一の医者だと聞いた。人の心まで治療出来る医者だと。だから……子供たちを診てくれ」
その言葉を聞いたマリアは真剣な顔になり、大型荷馬車に近づいた。
7人の子供は荷台の中に座って話し合っていた。そしてタリアと黒猫も彼らと一緒に会話を楽しんでいた。三日間の旅で、もうみんな友達になっているわけだ。
「おやおや、元気だねー」
マリアが荷台に近づいて、笑顔を見せる。子供たちの視線が婆に集まる。
「私はマリアっていうんだ。この村に来たこと、歓迎するよ」
自己紹介してから、マリアは優しい笑顔のまま話を進める。
「みんな、この村のことは知っているかい? ベルンの山に隠された、秘密の村なんだよ。いろんな伝説があって……」
マリアが村のことを面白おかしく説明する。それで子供たちも興味を見せる。
「村の奥には怖い秘密集団が住んでいた洞窟もあるのさ。後で見せてやるよ」
話をしながら、子供たちの状態を確認しているわけだ。この婆はこういうことに慣れているみたいだ。
「レイチェル」
マリアが呼ぶとレイチェルが「はい」と答える。
「この子たちを診療所に連れていってくれ。そしてクッキーをあげるんだ。美味しいクッキーをね」
「はい、分かりました」
レイチェルが子供たちを馬車から降りさせて、村の中央に連れていく。タリアと黒猫も同行する。
「安心してくれ、レッド」
マリアが笑顔で言った。
「あの子たちはこの村で保護するさ。もちろん信仰とは関係なく、ね」
「ありがとう」
俺は頷いた。この婆は……俺の考えを読んでいた。
7人の子供のことは、この村に任せるのが最善かもしれない。だがその場合、子供たちが異端の信者になる可能性がある。俺はそう心配していたが……マリアは早速否定したわけだ。
「アイリンも同じさ」
マリアがニヤリとする。
「あの子も別に信者になったわけではない。ただ……助け合っているだけだ」
「そうか」
「それにしても……驚いたね」
マリアは俺の顔を注視する。
「あんな惨劇を経験したのに、子供たちはみんな安静している。お前が安心させたのかい?」
「いや、俺はただ盗賊を斬り捨てただけだ。7人の心を癒してくれたのは、俺の仲間たちだ」
「そうかい」
マリアが頷いてから、アベルの方を見つめる。
「アベル。あんた、レッドの仲間を空き部屋まで案内してやれ」
「は、はい」
アベルは素直に指示に従って、俺の仲間たちを村の西へ案内する。それで残ったのは……俺とシェラと爺だけだ。
「では、ついて来い。ウチでお茶でも飲もう。アイリンもすぐ来るよ」
「ああ」
俺とシェラと爺は、マリアと一緒に村の奥に向かった。村人たちはまだ俺のことを警戒していたが……結局何もして来なかった。




