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第547話.相変わらずだな

 しばらくして、俺とカールトンとエイブは村を出た。


 もちろん俺たちだけではない。大型荷馬車に子供たちを乗せて、カールトンが操縦することにした。3人の大人と7人の子供は……一緒に山道を降りていった。


 荷馬車の中には服と食料の入った木箱もある。子供たちのものだ。たとえ時間がかかっても、この子たちを安全な場所まで連れていくべきだ。


 やがて軍馬を隠した場所に辿り着いた。俺とエイブは各々の軍馬に乗り、カールトンの軍馬を連れて先頭を歩いた。荷馬車も速度を上げる。これなら夕方になる前にシェラたちと合流出来そうだ。


「……子供たちから大体の事情を聞きました」


 山を降りて廃村に向かっていた時、ふとエイブが口を開いた。


「あの放浪者の村というのは、本当に難民が作ったものらしいです。しかし昨年の冬、盗賊に襲撃されて……」


「やっぱりそうだったのか」


 俺は軽くため息をついた。


「小さくて粗末な構造の村だけど……難民たちにとっては最後の希望だったはずだ。でも不幸なことに、盗賊に見つかってしまったんだな」


 たぶん大人たちは必死に抵抗したんだろう。だが結局全員殺された。そして子供たちは囚われてしまったのだ。乱世の影で起きた悲劇だ。


 廃村を通った後、北東へと進路を変えた。目の前に小さな山が見える。道路は当然にも整備されていない。でも幸い荷馬車が頑丈で、俺たちは難なく進むことが出来た。


 やがて空が夕暮れに染まり始めた頃、小川に到着した。小川の前には4つの天幕が並んでいた。シェラたちの作った野営地だ。


「レッド!」


 薪を集めて焚き火を準備していたシェラが、俺を見て駆けつけてきた。


「思ったよりも早く帰還したのね! ……あら?」


 シェラが俺の後ろの荷馬車を見つめる。


「あの馬車は何なの? レッドが追跡した馬車なの?」


「ああ、みんなに説明したい」


 俺は猫姉妹とトムとタリアも呼んだ。そしてみんなの前で放浪者の村のことを簡単に説明した。


「……それで結局子供たちだけが生き残ったのさ」


 説明を聞いて、仲間たちが驚く。


「じゃ、馬車に乗っている子たちは……」


 シェラが目を丸くして呟いた。


「ああ……行くところが無いんだ」


 俺が頷くと、シェラは「そんな……」と悲しい顔を見せる。


「とにかく子供たちを安全な場所まで連れていくべきだ。しばらくの間、俺たちが保護する」


 その言葉に仲間たちが頷いた。


 カールトンが荷台に向かって「出てきなさい。ここは安全だ」というと、7人の子供が馬車を降りた。みんな痩せていて、怯えていた。


「あ……」


 俺の義妹、黒猫が暗い顔つきになる。自分よりも幼い子たちが戦乱に巻き込まれ、苦しんでいたのだ。その辛さを目撃して、少女の心は痛みに包まれる。


 俺たちはまず荷馬車から医療品を取り出して、治療を行った。白猫とシェラが子供の傷に薬を塗って、包帯を巻いた。黒猫はそんな二人を補助した。


 それから夕食を取った。みんなで一緒に焚き火の周りに座って、堅パンとスープを食べた。幸い量は十分だ。食事の途中、7人の子供はずっと戸惑う顔だった。でもパンを食べ終えた時には、みんな顔が少し明るくなっていた。久しぶりに腹が満たされたからなんだろう。


 食事の後、白猫とトムが子供たちを小川に連れていって身体を洗わせた。その間、俺たちは予備の天幕を3つ張った。


「予備物資をたくさん持ってきて良かったね」


 シェラが安堵のため息をつく。人数がいきなり増えたが、物資にはまだ余裕がある。


 夜になり、子供たちは天幕の中ですぐ眠りについてしまう。黒猫は7人の寝顔を何度も確認する。


「黒猫ちゃん」


 タリアに呼ばれて、黒猫も自分の天幕に戻る。そして友達と一緒に眠りにつく。


 6人の大人は眠る代わりに、焚き火の周りに座った。これからのことについて……話し合うべきだ。


「ね、レッド。どうするの?」


 仲間を代表して、シェラが聞いてきた。


「いくらレッドでも、このまま無暗に進むのはいけないと思うけど」


「もちろんだ」


 俺は笑顔を見せた。


「みんな知っている通り、この中央部は不安定だ。子供たちが安心して暮らせる場所はない」


「じゃ、どこに向かうつもり?」


「可能なら、近辺の領主たちに助けを求めたいけど……」


 俺は腕を組んだ。


「彼らもあまり余裕は無いはずだ。この戦乱の中、東部地域はずっと疲弊してばかりだからな」


「そんな余裕があるのは、私たちだけなのね」


 シェラがしんみりした表情になる。


「レッド君」


 俺の義姉、白猫が手を上げた。


「私たちの目的地は、ベルンの山にある女神教の異端の拠点なんでしょう? 彼らに助けを求めるのはどう?」


「それも考えてみたが……」


 俺は首を横に振った。


「正直に言えば、俺はまだ女神教の異端を完全に信頼していない。やつらが素晴らしい医学の知識を持っているのは確かだが、それ以外のことはまだ不明な点が多い」


 少し間を置いて、俺はまた口を開いた。


「……それに女神教の異端は、俺のことを『破滅をもたらす赤竜』だと思っている。流石に暴力沙汰にはならないと思うが、こちらの要請を受け入れてくれるかどうかは分からない」


「そんな……!?」


 俺の副官、トムが声を上げた。


「総大将は今まで多くの人をお救いになりました! この王国の数百万、いいえ、数千万の人が総大将の活躍に守られました! それなのに破滅をもたらすなんて……!」


「落ち着け、トム」


 俺は笑った。


「女神教の異端は、あくまでも信仰に基づいて俺を判断している。他人がどうこう言っても聞かないさ。それに……やつらの言っていることが正しいかもしれない」


「し、しかし……!」


 トムがまた何か言おうとしたが、カールトンがトムの肩を掴んで首を横に振った。それでトムも口を噤む。仲間たちは……俺の迷いを理解している。


「一旦コスウォルトに戻ろう」


 俺は仲間たちの顔を見渡した。


「今は何よりも子供たちの安全が優先だ。一旦戻って、遠征軍本部から支援を……」


「その必要は無い」


 いきなり声が聞こえてきて、全員が驚いた。何の気配も無く、一人の人間が俺たちの近くまで来ていたのだ。真っ暗な夜とはいえ、普通にはあり得ないことだ。


「あ、赤鼠……!」


 白猫が俺の後ろを見つめる。振り向いたら、そこには小柄の老人が立っていた。貧民にしか見えないみすぼらしい老人だ。


「爺!」


 俺は席から立ち上がって老人を呼んだ。俺の師匠、鼠の爺が来てくれたのだ。


「本当に神出鬼没な老人だな、あんたは」


「へっ」


 爺は自慢げな顔を笑ってから、焚き火の近くに座る。


「このまま道を進め、レッド」


「いいのか?」


「もちろんだ」


 爺が頷いた。


「異端の指導者は少し……いや、結構変な婆さんだ。でも戦乱に巻き込まれた子供を放っておいたりはしない。必ず助けてくれるはずだ」


「爺がそう言うなら、確かだな」


 俺は安心した。爺の言葉はいつでも信頼出来る。


「それに、あの婆さんは人の精神をも治療出来る医者でもある。本当に子供たちを心配しているのなら、真っ先に会ってみるべきだ」


「そうだな」


 異端の指導者はマリアという名の婆だと聞いた。しかもあの婆は……アイリンの心を治療し、また喋られるようにしてくれた人だ。たぶんこの王国でそんなことが出来る医者はたった一人のはずだ。


 俺は隣の天幕を見つめた。あの中で寝ている7人の子供は、盗賊によって親を失い、ずっと酷使され、何度も殴られてきた。みんな心が傷だらけのはずだ。食事の時にも……子供たちは強張った表情でずっと大人の顔色を伺っていた。


「……爺の助言に従い、俺たちはこのまま道を進む」


 俺が宣言した。


「ベルンの山で女神教の異端と接触する。道の途中、子供たちの保護に気を付けてくれ」


 仲間たちが「はっ」と答えた。


「爺」


 俺は小柄の師匠を見つめた。


「俺たちと同行してくれるのか?」


「ああ、そのつもりだ」


 爺がニヤリとする。


「ベルンの山の地形は複雑だからな。私がいないと、お前たちは道に迷って時間の無駄遣いをするはずだ」


「へっ……ありがとう」


 俺も笑った。急に現れて、急に助けてくれる。最初の出会いの時から……爺はいつもそうだった。

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