第545話.山の奥で
追跡を開始する前に、俺たちは一旦道を戻った。そしてシェラたちと合流した。
シェラたちは坂の上で馬車を止めて、周りを眺めていた。山々の風景を楽しむと同時に、盗賊の出現を警戒しているわけだ。
「レッド!」
シェラが俺の姿を見つけて、手を振ってきた。俺はケールから降りて彼女に近づいた。
「どう、偵察の結果は? 道は安全そうなの?」
「道ならこのまま進んでも問題無さそうだ。しかし……妙なものを見つけた」
「妙なもの?」
「ああ」
俺は廃村の馬車の痕跡について説明した。
「俺たちはその馬車を追跡してみるつもりだ。異常が無ければ、すぐ帰還するよ」
「やっぱりレッドがじっとしているわけがないよね」
軽くため息をついてから、シェラが頷いた。
「分かったわ。私たちはあの川の近くに野営地を作るから、夜になる前に戻ってきてね」
シェラが北東の方を指さした。そこには小川がある。
「あまり無茶しないでね、レッド。私が言っても聞かないだろうけど」
「へっ」
俺は可愛い婚約者の額に軽くキスした。
「気を付けて行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
シェラたちに手を振ってから、俺とエイブとカールトンはまた廃村の方に向かった。今日中に追跡を終わらせるためには、少し急ぐ必要がある。
「……やっぱり羨ましいですね」
軍馬に乗って歩きながら、ふとエイブが言った。
「ボスは最強の戦士なのに、シェラさんはあくまでも恋人として心配してくれる。本当に羨ましい話です」
「まあな」
俺は頷いた。シェラの愛情にはいつも感謝している。
「お前はどうだ、エイブ?」
「私ですか?」
「王都にいた時、女の子から話しかけられたんだろう? あれはどうなったんだ?」
「ご、ご存じだったんですか?」
エイブが驚く。俺は「ああ」と頷いた。
「ゲッリトから聞いたのさ。お前の恥ずかしがり屋が発動して、また機会を逃したみたいだとな」
「あの野郎……」
エイブが拳を握りしめてゲッリトを恨んだ。だがその直後、落ち込んだ顔になる。
「……悔しいけどゲッリトの言った通りです。私もこんな自分が嫌になりました」
エイブは深くため息をつく。こいつは見た目が端正で、歌が上手くて、気長な性格だ。普通に考えたら、恋愛経験豊富な男に見えるが……実は全然そうではない。女の子の前では恥ずかしがり屋になり、決定的な機会を何度も逃してきたやつだ。
「カールトンも私も半分諦めています。私たちに甘い話なんて無理です」
いつも沈着なカールトンも落ち込んだ顔になっていた。俺は内心苦笑した。
「そう落ち込むな、二人共。王都に帰ったらシェラに頼んでみるよ。お前たちにメイドの子を紹介してくれ、とな」
「ほ、本当ですか!?」
エイブとカールトンが目を大きく見開く。俺はまた苦笑した。
「早く戦いを終わらせるべきだな。お前たちの恋のためにも」
「はい!」
俺たちは勢いよく道を進んだ。
---
謎の馬車は廃村を通って西の山に向かった。その痕跡を追跡し、俺たちも山に接近した。
「こんなところに山道があったのか」
高い木々の間に、狭いけど道がある。謎の馬車はこの道を登って山の奥に向かったのだ。
「カールトン、エイブ。警戒を怠るな」
二人が真剣な顔で「はっ」と答えた。何しろこの山は地図にも詳しく描かれていない。まさに何が出てきてもおかしくない場所だ。
まるで戦場にいるような感覚で、俺たちは山道を登り始めた。周りを警戒しながらも速度を落とさずに素早く進み続けた。たとえ反乱軍の残党が現れても……迅速に撃滅するつもりだ。
しかし俺たちを待っていたのは、反乱軍の残党なんかではなかった。
「……村?」
山の奥には、小さな平地があり……その上には村があった。数軒の民家、小池、畑、畜舎……規模は小さいけど人の住む村だ。しかも廃村ではない。子供を含めて、多数の村人が畑仕事をしている。
「あ……!」
入り口の近くにいた村人が、俺たちを見て驚く。
「だ、誰かが来た! 子供たちを隠せ!」
村人たちは慌てて動いて、まず子供たちを民家の中に隠す。そして警戒の眼差しで俺たちを見つめる。
「あ、貴方は……?」
村人が俺の顔を見て目を丸くする。俺の顔は知らなくても、赤い肌は知っているのだ。
「俺はレッドだ。レッド・ロウェイン公爵だ」
俺はケールから降りて、警戒態勢の村人たちに近づいた。
「この村の村長は誰だ?」
その質問を聞いて、村人たちの視線が一人の男に集まる。中年の男だ。
「じ、自分が村長です」
中年の男が前に出てきて、頭を下げる。俺は彼をしばらく見つめてから口を開いた。
「この村は何だ? 地図にも載っていないけど」
「ここは……」
村長が緊張した顔で口を開く。
「ここは『放浪者の村』です」
「放浪者の村?」
「はい」
村長は汗をかきながら説明を続ける。
「5年前から始まった戦乱により……この地では多くの人が故郷を捨てました。重い税金と盗賊から逃げるために……山に逃げたのです」
「あんたらも故郷を捨てて逃走し、この山の奥に新しい村を建てたわけか。だから放浪者の村なんだな?」
「はい、その通りです!」
村長が大きく頷いた。
「自分たちは故郷に戻りたいんですが……まだこの地は安全ではありません。山の奥に隠れて、戦乱が終わる日を待っております」
「ふむ」
俺は村の中央をちらっと見た。そこには大型の荷馬車が止まっていた。俺たちが追跡したものだ。
「あんたらはあの荷馬車に乗って、付近の廃村を回ったんだろう?」
「は、はい」
村長が頷いた。
「ご覧の通り、この村には足りないものが多いです。農具はもちろん、生活に必要なものが足りないです。だから……何か使えそうなものはないかと、廃村に行ってみたりしました」
「なるほど」
俺は頷いた。頑張って村を建てたのはいいけど、確かに足りないものが多そうだ。
「あんたらを助けたいけど、今すぐは難しい。でも心配するな。戦乱は俺が必ず終わらせる。俺がこの東部地域に来たのは、そのためだ」
「あ、ありがとうございます。公爵様」
「生業を邪魔して悪かった。俺たちは帰るよ」
俺がそう言うと、村人たちはほっとした顔になる。やっと安心したようだ。
俺はケールに乗って、カールトンとエイブと一緒に村を出た。村長は俺たちに向かって深々と頭を下げた。
山道を10分くらい降りると、もう放浪者の村は見えなくなった。見えるのは静かな大自然の風景だけだ。
「カールトン、エイブ」
俺は二人の仲間を呼んだ。
「分かるな?」
「はっ」
二人が頷いた。強い気迫を放ちながら。
「では、行動開始だ」




