第544話.見えてきた
中央部への旅を続けながら、俺たちはいろんなものを目にした。
暖かい日差しが照らしている中、緑色に染まった山の周りを鳥の群れが飛んでいる。山の前には川があり、綺麗な水が勢いよく流れる。道路脇には黄色の花が咲いていて、自然に甘い香りが漂う。ゆっくりと散歩したくなる風景だ。
5月の暖かさに包まれているのは……人々も同じだ。ケールに乗って歩きながら、俺は道路から離れた小さな村を眺めた。村人たちが畑仕事や釣り、洗濯などをしている。『何も特別じゃない、つまらない日常の光景』だが……彼らは張り切って生業に集中している。
「この地の混沌も、終わりつつありますね」
隣からエイブが言った。
「人々が日常に戻っているのが何よりも証拠です。ボスの活躍によって、また多くの人が救われましたね」
「何言ってるんだ?」
俺は笑った。
「お前とカールトンを含めて、遠征軍のみんなの活躍だ。誇りに思っていい」
「ありがとうございます」
エイブとカールトンが笑った。
「でもちょっと不思議な気分もします」
「不思議な気分?」
「はい。戦乱が始まり、王国のあちこちで大変なことが起きて……以前の『つまらない日常』がどれだけ大事だったのか分かりました。そう思うと、不思議な気分がします」
「確かに」
俺は頷いた。失ってこそ大事さが分かる……それはある意味摂理かもしれない。
「そういう気分を歌にしてみるのはどうだ、エイブ?」
「歌に……ですか?」
「お前は歌が上手いし、音楽の造詣もあるだろう? 自分で歌を作るのも出来ると思うけど」
俺がそう言うと、エイブが笑顔を見せる。
「言われてみれば、やってみる価値がありそうですね。でも今の私では流石に勉強不足です。平和になってちょっと余裕が出来たら……私も吟遊詩人見習いになってみますよ」
「平和になって、か」
俺はカールトンの方を見つめた。
「お前はどうだ、カールトン? 平和になったらやってみたいことがあるか?」
その質問に、カールトンは少し考えてから「はい」と答えた。
「自分は……警備隊で活動してみたいです」
「警備隊か」
俺とエイブは驚いたが、すぐ納得した。
「確かにお前にぴったりだな。誠実で忍耐力が強いし、根が優しいからな」
「過分なお言葉です」
カールトンが優しい笑顔を見せる。
「平和になったらやってみたいことか……」
俺は腕を組んで考え込んだ。
「平民のための教育施設と、公立孤児院を建立したいけど……それは国家事業だからな。個人的にやってみたいことはあまり浮かばない」
「ボスは王国の頂点ですから、平和になっても多忙でしょうね」
エイブが頷いた。
「でも探せば何かあるはずです。ボスにも個人的に楽しめることが」
「かもな」
軽く頷いたが、正直疑わしかった。戦い以外……俺に本当に楽しめることがあるんだろうか? いろいろと考えてみたけど……やっぱり浮かばなかった。
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旅を始めてから三日目、ついに見えてきた。
「あれですね」
エイブが地平線の向こうを指さした。遥か北方に……白色の秘境がある。
「ベルンの山……」
その名前を呟くと、胸が騒めく。あの山で俺を待っているんだ。俺の大事な人々と最強の敵が。
「前も思いましたが、本当にとんでもないほど大きな山ですね」
「そうだな」
まだかなり距離がある。到着するのは更に3日後だ。それなのに、あの巨大な秘境は自分の存在を表してこちらを見つめている。
「全体的な規模なら、北部のライモラ山脈の方が大きい。でも一山としてはあれが王国一さ」
「いろんな伝説が生まれるのも自然ですね」
エイブがカールトンの方を振り向く。
「なあ、カールトン。お前の霊感が何か言ってないのか?」
カールトンは顔に微かな笑みを浮かべて首を振る。
「自分の感は、そんな便利なものではない」
「天気を当てたりするから、凄く便利だと思うけどな」
「見たいものが見えるわけではない。偶然に感じ取るだけだ。それに……」
カールトンが俺の方を見つめる。
「大事なのは運命なんかではない。人の進む道だ。ボスの生き様を見て……自分もやっと分かった」
その一言が今までの戦いを思い出させた。俺は仲間から学び、仲間は俺から学んだ。絆というのは本当に不思議なものだ。
それから俺たちは真っ白の山に向かって進み、東部地域の中央部に進入した。相変わらず5月の自然は暖かいけど、ここからは『人々の村』が見えない。見えるのは『村があった痕跡』だけだ。
道路の近くに焼け崩れた民家が並んでいる。反乱軍や盗賊の群れがこの村を襲撃し、略奪と放火を行ったのだ。
「いつ見ても酷いですね……」
エイブが民家の痕跡を眺める。そこには壊れた布人形が落ちている。
「難民たちが故郷に戻って、村を再建するにはまだ時間がかかりそうです」
「もう言った通り、中央部は秩序の空白地帯だ。俺たち遠征軍も、近辺の領主たちも……まだこの地は安定させられなかった」
俺たちはしばらく廃村を見つめた。規模からして、戦乱の前には百人くらいが住んでいたはずだ。その人たちは今どこにいるんだろうか。
「ボス、あそこに……」
カールトンが廃村の地面を指さした。地面には……跡がある。馬車の車輪の跡だ。
「あれは……」
俺はケールから降りて、車輪の跡に近づいた。エイブとカールトンも俺についてきた。
「荷馬車だな。大型の」
注意深く跡を観察して、俺は馬車の大きさを推測した。結構大きくて頑丈な荷馬車に違いない。
「しかも跡が結構鮮明だ」
「まさか……つい最近馬車がここを通ったのでしょうか?」
エイブが驚いた。俺は「そうみたいだ」と頷いた。
「変だな……」
大型の荷馬車は、道路から離れてこの村を通り……山の奥に向かった。変な動きだ。
「難民が故郷に戻ってきたわけでもなく、もちろん行商団でもない」
「どうしますか、ボス?」
「……追跡してみよう」
俺がそう言うと、エイブとカールトンが「はっ」と答えた。




