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第542話.俺の生き様

 5月3日、警備隊本部の大会議室で作戦会議が行われた。東部遠征軍の各指揮官が集まり、情報を共有して意見を交わした。


 会議は順調だった。『対ルケリア王国軍』という戦略方針に従い、力を合わせて最善の道を探した。新兵の編成はどうするべきか、貿易の規模はどう維持するべきか、もしルケリア王国軍の艦隊が現れたらどう対処するべきか……詳細に話し合った。


 会議開始から2時間経過した時、当番の兵士たちがお茶とお菓子などを持ってきた。中間休憩だ。俺たちはしばらく会議を中断し、お茶を飲みながら頭を休ませた。


 そして休憩が終わり、みんなの視線が俺に集まった。でも俺は会議再開ではなく、別のことを口にした。


「実は……みんなに話しておきたいことがある」


 落ち着いた雰囲気の中、俺の声が響いた。


「もうみんなにも伝わっていると思うが、俺は……しばらく席を外すつもりだ」


 俺はみんなの顔を見渡した。


「シェラと猫姉妹、そしてトムも俺と一緒に席を外すことになる。忙しい時期なのに、本当にすまない」


「いえいえ」


 ハリス男爵が笑顔で首を振った。


「ここ数年間、公爵様は王国を守護するために尽力なさいました。東部遠征軍のことは我々に一任なさって、どうか十分に休暇をお楽しみください」


 人情深い男爵の言葉に、みんな笑顔で頷いた。俺も笑顔で「ありがとう」と答えた。


「ボス」


 赤竜騎士団の団長、レイモンが俺を見つめる。


「もしかしてコスウォルトから出られるおつもりでしょうか?」


「ああ、俺は山に行くつもりだ。『ベルンの山』にな」


「ベルンの山……」


 仲間たちが驚く。


「ボス、ベルンの山はかなり遠いです。途中で小規模の盗賊の群れと遭遇する可能性もあります。どうか護衛をお連れください」


「護衛か」


 俺が戸惑うと、ハリス男爵がまた口を開く。


「自分もレイモン卿の意見に賛成します。もちろん公爵様は最強の武人ですが、御身に何か起きてはいけません。公爵様はこの王国の希望でいらっしゃいますから」


 仲間たちが真顔で俺を注視する。先日のようなことが起きてはいけないと、みんな思っている。俺は苦笑するしかなかった。


「分かった、護衛を連れていくよ。でも……あまり多い兵力で動きたくはないな」


「ではカールトンとエイブをお連れください、ボス」


 レイモンが言った。


「二人は担当していた部隊の訓練を完了しました。いつでも動けます」


 指名されたカールトンとエイブが頷いた。俺も少し考えてから頷いた。


「じゃ、しばらく護衛を頼むぞ。カールトン、エイブ」


「はっ」


 二人の仲間が同時に答えた。王国最上級の騎士二人なら、護衛として十分だ。


「あーあ、俺がついていきたいんですけどね」


 ゲッリトが笑顔でそう言った。


「ベルンの山ってあれでしょう? 王国一高くて、ずっと雪に覆われていて、いろんな伝説があると言われる山。俺も一度登ってみたいんです」


「へっ」


 俺は笑った。そして少し間を置いてから、口を開いた。


「……俺があの山に行くのは、個人的な用事のためだ」


「個人的な用事、ですか?」


「あの山には……答えがある。俺の迷いの答えがな」


 仲間たちが息を殺して、俺の言葉を聞く。


「みんな知っての通り、俺は戦いが好きだ。戦いを通じて全てを手に入れてきた。そして生き甲斐を感じてきた」


 俺は微かに笑った。


「人々から英雄と呼ばれようが、救世主と呼ばれようが……その事実は変わらない。戦いは……俺の存在意義だ」


 今まで自分が進んできた道をもう一度振り返った。多くの戦場を突破し、数え切れないほどの敵とぶつかり合ってきた。俺の人生から戦いを外すことなんて、もう想像も出来ない。


「ルケリア王国の黒竜は、国王に就任して以来、ずっと無意味な戦争を起こしてきた。自分の権威を高めて、楽しむためにな。俺もああなるかもしれない」


 仲間たちは驚きながらも、何も言わずに俺の話を聞いてくれた。


「王国の頂点になった時、戦いを捨てられるかどうか……俺にも分からない。俺は……ずっと迷っているんだ」


「レッド様」


 オフィーリアが口を開いた。


「レッド様の迷いに対するお答えが……ベルンの山にあるということでしょうか?」


「ああ、そうだ。客観的な根拠は何もないけどな」


 俺は笑った。


「あの山には俺の師匠と、俺を救ってくれた少女……そして答えが待っている。それだけは確かだ」


「かしこまりました」


 オフィーリアが笑顔を見せる。


「レッド様ならきっと素晴らしいお答えを探されるはずです。私は、私たちはそう信じてレッド様の帰還をお待ちします。だから……いってらっしゃいませ」


 オフィーリアの言葉に、仲間たちも頷いた。みんな俺を信じてくれている。彼らの信頼が……俺に力を与えている。


「ありがとう。俺のいない間、総指揮はオフィーリアに任せる」


「はい。では、レッド様の壮行会を……」


「いや、なるべく静かに行きたいんだ。出発する前に一つだけやっておきたいことがあるけどな」


 そう言いながら、俺は6人の仲間を見つめた。


---


 しばらく後……俺は広い空間に立ち、拳を握りしめた。


 俺の前には6人の男が並び立っている。レイモン、ジョージ、ゲッリト、カールトン、エイブ、リック……俺の最初の仲間たちだ。俺と一緒に『レッド組』という組織を結成し、数多な修羅場を潜り抜けて、今は『赤竜騎士団』と呼ばれている男たちだ。


 ここは警備隊本部の鍛錬室だ。本来は士官たちが武器術を練習する場所だが、今は俺たちしかいない。


 俺と赤竜騎士団は、軽い服装を着て互いを見つめた。こうしていると……昔を思い出す。


「……何か昔を思い出しますね」


 ゲッリトが口を開いた。


「南の都市で、みんな一緒に鍛錬していた時……よくやりましたよね。ボスとの対決」


 その言葉に俺たちは笑顔になった。みんな同じことを考えていたのだ。


 港の近くの倉庫が俺たちの本拠地だった。そこで一緒に強くなった。毎朝街の中を走り、筋肉を鍛錬し、互いと対決した。本当に充実で……楽しい日々だった。


「でも……今の俺たちは結構強いですよ、ボス」


 ゲッリトが笑顔を見せる。


「今の俺たちと連続対決をしたら、流石のボスも負けるかもしれませんよ?」


「へっ」


 俺は笑って頷いた。


「それでいい。俺は全力でお前たちから学ぶつもりだ。だからお前たちも……全力でかかってきてくれ」


 俺がそう言うと、6人の戦士が気迫を強める。数百の敵をも圧倒出来るほどだ。広い鍛錬室が……6人の気迫に覆われてしまう。


 俺も身体の底から無尽蔵の力を引き出した。何しろ、俺の前にいる6人は昔とは違う。彼らはもう小さな組織ではなく……王国最強の騎士団だ!


「うおおおお!」


 王国最強の騎士団と、俺は1対1の戦いを繰り返した。ジョージの怪力、ゲッリトの野生性、カールトンの慎重さ、エイブの華麗さ、リックの賢さ……俺はその全てとぶつかり合った。


 拳と拳が交差し、渾身の体当たりがかわされ、激しい蹴りが曲線を描く。不思議なくらいに充実で……楽しい瞬間だ。


 そして最後の相手は……赤竜騎士団の団長であり、俺の兄貴みたいな存在であるレイモンだ。彼の闘志はどんな時も揺るがない。まるで巨木を見ているようだ。


「ぐおおおお!」


「はあっ!」


 俺とレイモンは技と力を競い続けた。相手の動きを見て学び、新しい戦い方を編み出し、何度も激突し続けた。


 やがて全ての決闘が終わった時……俺たちは一緒に笑った。


「流石ボスです」


 レイモンが俺を見つめる。


「以前、自分が言いましたよね。ボスは戦うために生まれてきた存在だと」


「ああ」


「どうやらあれは間違いだったみたいです」


 レイモンは温厚な笑顔を見せる。


「今、はっきり分かりました。ボスが強いのは……戦いを終わらせるために生まれてきた存在だからです」


「へっ」


 俺たちはまた一緒に笑った。


「では、立ち塞がるものを全部倒してきてください。ボスこそ我らが赤き覇王ですから」


「ああ」


 拳を握りしめて、俺は胸に誓った。たとえ運命が立ち塞がっていても……俺は進む。それこそがみんなから学んだ、俺の生き様だ。

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