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第539話.本当の勇気

 4月26から、東部遠征軍は本格的に『対ルケリア王国軍戦略』を開始した。


 まず第一に、自由都市コスウォルトの近くに木造の要塞を建設し始めた。一万に至る遠征軍が長期間駐屯するには、警備隊本部だけでは足りない。今までは警備隊本部と臨時野営地、捨てられた民家などを利用してきたが……やっぱり『ちゃんとした軍事拠点』が必要だ。


 その次に、コスウォルトの経済回復のための活動を始めた。都市内の治安を安定させ、中止されていた裁判を再開し、税金などを調整する。基本的なことだが……大事だ。この巨大な都市の市民たちを安心させないと、経済も回らない。


 本来、コスウォルトの市民たちを安心させるのは『警備隊隊長』の役割だ。しかし当の警備隊隊長は……私利私欲のために不正を行い、周辺の村を鍛圧し、民の反乱を誘発した。そして結局グレゴリーの反乱軍によって殺されたわけだ。


 無能過ぎた警備隊隊長の代わりに、俺が法を執行しなければならない。隊長室の机に座って、溜まっている判決文を読みながら……俺は苦笑した。


 そして午後3時頃、長身の女性が隊長室に入ってきた。俺の義姉である白猫だ。


「レッド君」


 俺の席に近づいて、白猫は笑顔を見せる。


「例の人が待機しているわ」


「例の人?」


 俺が首を傾げると、白猫が「もう忘れたの?」と言った。


「反乱軍の指揮官だった人よ。レッド君が直接判決を下したいって言ったんでしょう?」


「ああ……あれか」


 俺は頷いた。


 この都市を占拠していたグレゴリーの反乱軍は、俺たち東部遠征軍によって壊滅された。反乱軍の指揮官のほとんどは戦闘で殺され、生き残った少数も裁判にかけられて処刑された。因果応報ってやつだ。


 しかし反乱軍の指揮官の中に、たった一人だけ……特殊なやつがいる。そのことを報告書で読んで俺は「こいつには俺が直接判決を下す」と言った。でもその後、書類仕事に追われてさっぱり忘れていた。


「分かった。あいつを連れてきてくれ」


「はーい」


 白猫は隊長室の扉を開けて「こっちに来なさい」と言った。すると一人の男が入ってきた。


 俺は男の姿を注視した。ボロボロの服を着ている、痩せた男だ。そして男の両手には手錠がかかっている。


「ほら、公爵様がお待ちです」


 白猫が促すと、男は「……はい」と答えて俺の席に近づく。


「お、お初に……お目にかかります。ロウェイン公爵様」


 男は俺に頭を下げてから、緊張した顔で視線を落とす。俺はそんな男をしばらく見つめてから口を開いた。


「……お前が『ルッツ』か?」


「は、はい。自分はルッツと申します、公爵様」


 痩せた男、ルッツが答えた。俺は彼の顔を注視した。


「お前は反乱軍の指揮官だったようだな」


「はい……」


 ルッツの顔が暗くなる。


「グレゴリー卿から、小部隊の指揮を任されて……部隊長を務めました」


「そうか」


 俺は軽く頷いた。


「お前も知っているだろうが、グレゴリーは俺に倒された。そしてやつの部下はほとんどが戦死……そして処刑された」


 ルッツの顔から生気が無くなっていく。


「お前にはいくつか聞きたいことがある。素直に答えれば、楽に処刑してやる」


「……はい」


 ルッツは全てを諦めた顔で頷いた。


 少し間を置いて、俺は質問を始めた。


「ルッツ、お前は……どういう経緯で反乱軍に加担したんだ?」


「それは……」


 ルッツは暗い顔で口を開く。


「自分は……ベルンの山の北の、『クロッサン男爵領』の領民でした。山の近くの小さな村で住んでいました」


 俺は腕を組んでルッツの話を聞いた。


「村は豊かではなかったけど、どうにか畑を耕して生きてきました。でも戦乱が始まって……生活が難しくなりました」


 東部地域の経済構造は弱すぎる。戦乱が始まって以来、生活困窮に陥った領民は数万に至る。


「それで村の人々は、領主様に少しだけでも税金を下げて欲しいと懇願しました。しかし領主様は……逆に税金を上げました」


 たぶん領主は戦乱から領地を守るために、軍事予算を増やす必要があると判断したんだろう。だからこそ無理矢理税金を上げたが、それが内部からの崩壊を招いた。乱世にはよくあることだ。


「自分を含めて、多くの人が村を捨てて逃げました。税金を納めなくて処刑されるより……山に逃げることにしました。2年前のことです」


「それで、盗賊になったのか?」


「……盗賊になろうとしました」


 ルッツの瞳が揺れる。


「村人たちがどんどん飢え死にして、自分はそう思いました。このまま惨めに死ぬより……盗賊になってでも生きたいと思いました。手に鎌を持って、城下町に向かいました」


「そしてグレゴリーに会ったんだな」


「はい」


 ルッツが頷いた。


「自分が城下町に辿り着いた時、いきなり南から謎の軍隊が現れました。黒い鎧の騎士が率いる軍隊でした。その軍隊は城下町を占拠し、クロッサン男爵領の本城を包囲しました。領主様は抗戦しましたが……結局黒い鎧の騎士に殺されました」


 ルッツは軽くため息をついた。


「黒い鎧の騎士……グレゴリー卿は人々の前でこう言いました。『この王国は腐っている。お前たちが苦しめられてきたのは、無能な領主のせいだ。なら私と一緒に戦って、この腐った王国を覆そうじゃないか』……と」


「へっ」


 俺は笑った。


「あながち間違いではない。それに……グレゴリーのやつは結構有能だったしな」


「……はい」


 ルッツの顔が更に暗くなる。


「あの時は……グレゴリー卿こそが本物の正義に見えました。彼と一緒に戦えば、腐った世の中を変えられると思いました。それで……自分はグレゴリー卿の軍隊に入りました」


「まあ、反乱軍に加担したら……少なくとも飢え死にはしないからな」


「はい」


 ルッツは素直に頷いた。俺はしばらく彼を注視してから、質問を再開した。


「では、次の質問だ。お前は……どうしてグレゴリーの命令に反したんだ?」


 その質問を聞いて、ルッツが目を見開く。


「そ、それは……」


「お前がやったことは、もう知っている」


 俺は無表情で言った。


「グレゴリーの反乱軍はこのコスウォルトを占領した後、物資の強制徴発を行った。そして強制徴発に反発する市民たちを見せしめとして処刑した。そうだろう?」


「は、はい」


「でも一人だけ……グレゴリーの処刑命令に反して、市民たちをこっそり隠してあげた指揮官がいる。それがお前だ」


 俺は報告書をちらっと見てから話を続けた。


「お前はグレゴリーのことを『本物の正義』と思っていたんだろう? それなのに、どうしてやつの命令を聞かなかったんだ?」


「それは……」


 ルッツは息をゆっくりと吐いてから、答え始める。


「……見たからです」


「見た?」


「処刑対象の中に……自分と同年代の男がいました」


 ルッツが目をギュッと瞑る。


「あの男は……2年前の自分と同じ顔をしていました。強い者に全てを奪われて、生きるためには盗賊にでも何にでもなるしかないと思った自分と……同じ顔でした」


「だから隠してあげたのか?」


「……はい」


 しばらく沈黙が流れた。ルッツは視線を落としたまま、何も言わなかった。


「実はな」


 俺が口を開いた。


「数人の市民が俺に懇願してきたんだ。お前を助けて欲しいと」


「そ、そんな……」


 ルッツが驚いてまた目を見開いた。


「しかし反乱軍に加担した罪は……許されない。分かるな?」


「はい……」


「だから条件付きだ」


 俺は淡々と話した。


「来るべきルケリア王国軍との決戦で……お前も俺の下で戦え」


「こ、公爵様……」


「お前に選択肢は無い」


 俺はルッツの目を直視した。


「今度こそ、お前が望んでいたもののために……もっといい王国のために戦うのだ」


「……ありがとうございます」


「礼なら、俺じゃなくて……勇気を出してくれた市民たちに言え」


「はい、分かりました……」


 ルッツが涙を流した。


 白猫が兵士たちを呼んで、ルッツの手錠を外させた。ルッツは何度も頭を下げてから、兵士たちと一緒に隊長室を出た。


「……流石レッド君だね」


 白猫が笑顔で言った。


「あのルッツって人、もう完全にレッド君の兵士になったわね。しかも結構使えそうな人材だし」


「まあな」


 俺はニヤリとした。


「今の俺には、一人でも多くの兵士が必要だ。ルケリア王国軍と戦うためにな」


「まあ、私の可愛い弟は最強だから…… もちろん黒竜にも勝てるはずだわ」


「へっ」


 俺が苦笑してから、書類仕事を再開した。義姉はそんな俺をじっと見つめた。

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