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第535話.宿敵との会話

 警備隊本部の地下には、当然にも牢獄がある。巨大な自由都市の唯一の牢獄だから、その規模は結構大きい。


 暗くて広い地下廊下が伸びていて、その左右にの鉄格子の部屋が並んでいる。階段の近くの部屋には裁判を待っている者が、奥の部屋には有罪判決を受けた者が閉じ込められる。


 そして最奥の部屋は……『特別室』だ。有力家系・貴族家系の人間が逮捕された場合、警備隊隊長でも被告人をぞんざいに扱うことが出来ない。だから特別室という名の『居心地のいい牢獄』を用意し、そこに閉じ込めるわけだ。


「私には理解出来ないけどね」


 白猫が笑顔で言った。


「いくら立場が違っても、結局人間は人間。死なない神なんかではないのにね」


「元暗殺者が言うから、妙な説得力があるな」


 笑顔で頷いてから、俺は猫姉妹と一緒に特別室に入った。


 特別室は牢獄とは思えないほど綺麗な部屋だった。綺麗に掃除されているのはもちろん、高級なベッドとソファーもある。壁には多数のランタンがかけられていて、結構明るい。まるで城の客室みたいだ。


 しかし客室とは違って、部屋の中には多数の兵士が並んでいる。兵士たちは強張った顔で学者風の男を監視している。


「公爵様」


 兵士たちが俺を見て頭を下げた。


「尋問は俺がやる。俺が呼ぶまで、みんな下がっていろ」


「はっ」


 兵士たちはもう一度頭を下げてから、全員出ていった。それで特別室の中には……俺と猫姉妹と学者風の男だけが残った。


 学者風の男は、ソファーに座ってゆっくりと本を読んでいる。まるで休憩を楽しんでいるような態度だ。俺は彼の向かい席に座った。


「久しぶりだな、アルデイラ公爵」


「ふふふ」


 学者風の男が笑い、本を閉じる。


「ああ……久方ぶりだよ、ロウェイン公爵」


 学者風の男……アルデイラ公爵が笑顔で言った。俺はその笑顔を注視した。


 実際年齢は50代なのに、せいぜい30代くらいにしか見えない男だ。しかも知的で優しい顔をしている。権力者というより、王都アカデミーの温厚な学者のような印象だ。


 だが……こいつは決して『温厚な学者』なんかではない。今まで何度も陰湿な陰謀を企み、数多の人間を苦しめてきた『王国最悪の陰謀家』だ。


「あんた、何読んでいたんだ?」


 俺が聞くと、アルデイラ公爵は読んでいた本のタイトルを見せる。


「『人間歴史の残酷さ』という歴史書だ。君は読んでみたかな?」


「ああ、読んでみた。『どんな残酷な事件でも、その裏には人間の本性がある』と述べている本なんだろう?」


「ほぉ」


 アルデイラ公爵が目を見開く。


「これは驚いた。この本の真髄を理解しているなんて。やはり君の洞察力は素晴らしい」


 そう言いながら、アルデイラ公爵は白猫の方をちらっと見る。


「しかも君だけではない。君の諜報員もいい洞察力を持っている。あれだけ情報を操作し、偽造通行証も完璧だったのに……私を捕まえるとは」


「ま、俺の側近はみんな有能さ。ちょっとふざける時があるけど」


 俺がそう言うと白猫がまた得意げな顔をする。


 少し間を置いてから、俺が口を開いた。


「俺は東部遠征軍を率いて、ルケリア王国軍の侵略に対抗するつもりだ」


「そうだろうな」


「そのために、あんたに聞きたいことがある」


 俺はアルデイラ公爵の顔を見つめた。


「ルケリア王国軍第三艦隊の提督、『オレーナ・イオベイン』は俺にこう言った。『私が直接ここまで来た目的の一つは、貴国のノーマン・アルデイラ公爵を救出することだ』と」


「ふふふ」


「たぶんルケリア王国軍はあんたを利用し、侵略の正当化を図ろうとしたんだろう。何しろあんたは王族の傍系だからな」


「正解だ」


 アルデイラ公爵が頷いた。


「いくら大陸最強のルケリア王国軍でも、大規模の侵略を行うためには大義名分が必要だ。そして今回は……私の存在そのものが大義名分になったわけさ」


 アルデイラ公爵の顔に笑みが浮かぶ。


「『ウルぺリア王国の正当なる統治者はアルデイラ公爵だ。そのアルデイラ公爵を武力で排除した逆賊・レッドを断罪するべきだ。放置しておけば、いずれレッドは我がルケリア王国を侵略してくるはずだ』……そんな噂を流布しているのさ。ルケリア王国の黒竜は」


「へっ」


 俺が笑うと、アルデイラ公爵も笑った。


「たとえ君が私を処刑しても、情勢には何の影響も無い。黒竜は……何があっても侵略の意志を貫くつもりだ」


「ああ、そうみたいだな」


 頷いてから、俺は質問を変えることにした。


「オレーナは俺にこうも言った。『アルデイラ公爵は昔から我が王家と縁がある』と。やっぱりあんたは……ずっと昔からルケリア王国と協力していたのか?」


「そうさ」


 アルデイラ公爵が素直に認めた。


「私は前回の大戦からルケリア王国と協力してきた」


「前回の大戦から、か」


「『ランタインの虐殺』という事件を……君は知っているかな?」


 俺は腕を組んだ。


「何度か聞いた。前回の大戦で、降伏してきたルケリア王国軍の兵士たちをあんたが皆殺しにした事件なんだろう?」


「ああ」


 アルデイラ公爵が笑顔で頷く。


「実はあの事件こそが、私とルケリア王国の取引だったのさ」


「取引?」


「当時……ランタイン要塞の守備部隊の指揮官は、『反戦争派の貴族』だった」


 アルデイラ公爵は自分の顎に手を当てる。


「それで当時のルケリア王国の国王が私に提案してきた。『あいつを排除してくれれば、私もお前の政敵を排除してやる』と」


「なるほど……戦争を利用して互いの政敵を殺したわけか」


 俺は頷いた。


「表面的には、あんたがルケリア王国軍を憎悪して虐殺を行ったことになる。でも実は……あんたこそがルケリア王国の協力者だったわけだな」


「その通りだ」


 アルデイラ公爵が愉快そうに笑う。


「実際、周りの人間は私のことを『侵略軍であるルケリア王国軍を許さない人』と評価した。愚かな連中さ。兵士の命なんか、指導者からすれば消耗品に過ぎないのに」


 アルデイラ公爵が俺に視線を送ってくる。


「君なら理解出来るはずだ、ロウェイン公爵。君にも兵士の命なんか消耗品に過ぎないからな」


「まあな」


 俺が苦笑すると、俺の後ろにいた白猫が一歩前に出る。


「それは不正解だわ、陰謀家さん」


 白猫がアルデイラ公爵を見つめる。


「レッド君はね、一人でも多くの兵士を生還させるために頑張っている。貴方みたいなクズと一緒にしないでね」


「ふふふ」


 しばらく笑ってから、アルデイラ公爵は俺を凝視する。


「ロウェイン公爵……いや、レッド」


 俺と陰謀家は無表情で互いを見つめた。


「君は私からルケリア王国に関する情報を聞き出すつもりだろう。でも無意味な尋問さ。私とルケリア王国は、別に親密な関係ではない。互いを利用してきただけだ。私もあの連中の戦略の詳細についてはあまり知らない」


「そうか」


「こんなくだらない尋問より……私には君の存在こそが興味深い」


 アルデイラ公爵が微かに笑う。


「レッド、君の力は……まさに驚異的だ。王国の頂点である三公爵ですら、君の相手にならなかった。だが、同時に君は……あまりにも矛盾している」


「矛盾か」


「そうだ」


 アルデイラ公爵が頷く。


「明晰な君なら、もう理解しているはずだ。この世の大半を占めている弱者たちは……所詮家畜に過ぎないということが」


「俺はその考えに同意しない」


「ふふふ」


 もう一度笑ってから、アルデイラ公爵が話を続ける。


「一つ、昔話をしようか。今から35年前……自由都市『ハベルン』であったことだ」

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