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第533話.現実の脅威

 4月17日の正午、俺は礼服に着替えて部屋を出た。


「頭領様」


 部屋を出るや否や、一人の女性が俺に近づいて頭を下げる。とびっきりの美人ではないけど、どこか母性を感じさせる女性だ。


「鳩さん」


 俺は女性に笑顔を見せた。『夜の狩人』の工作組であり、東部遠征軍の諜報担当者である鳩さんだ。


「馬車は待っているのか?」


「はい、護衛と一緒に待機中です」


「そうか。じゃ、行こう」


 俺と鳩さんは一緒に階段を降りて本館を出た。本館の外には華麗な馬車が止まっていて、その周りには6人の精鋭騎兵がいる。俺たちが馬車に乗ると、馬車は騎兵たちの護衛を受けながら警備隊本部を出て道路を進む。


「おい、あれは……」


「こ、公爵様だ」


 市民たちが華麗な馬車に視線を集める。『赤き公爵』の存在は、もうこの都市の人々にとって大きな意味を持っているのだ。


 俺も馬車の窓を通じて市民たちの顔を見渡した。驚きと好奇、不安と希望……彼らの顔にはいろんな感情が浮かんでいる。戦乱の中、崩れそうになりながらもどうにか生きようとしている。


「……鳩さん」


 窓の外に視線を固定したまま、俺は向かい席の鳩さんを呼んだ。


「はい、頭領様」


「ルケリア王国に関する情報は入っていないのか?」


「まだ具体的な動きは掴んでおりません。ですが……」


 鳩さんが真顔になる。


「諜報員たちの中間報告を整理すると、ここ数年、ルケリア王国は経済的な不況にも関わらず軍備を更に増強しているようです」


「ま、それはそうだろうな」


 俺は頷いた。


「黒竜は端から『自分の勝利』しか考えていない。民が苦しもうが、貴族層に反対されようが……やつは止まらない」


 ニヤリと笑いながら、俺は拳を握りしめた。


「交渉も説得も、黒竜には通じない。ある意味分かりやすいやつだ」


「戦う以外に選択肢は無い……ということですね」


 鳩さんが頷いた。そして俺たちは無言で一緒に都市の風景を眺めた。


 やがて馬車は都市の西側に行き、大きな屋敷の前で止まった。象牙色の美しい屋敷だ。


「公爵様!」


 俺と鳩さんが馬車から降りると、一人の男性が近づいてきた。長身の若い男だ。


「お待ちしておりました! ご訪問、誠に感謝致します!」


 若い男が深々と頭を下げる。俺は彼に笑顔を見せた。


「あんたも無事でよかったな、ハンス」


「公爵様の御恩のおかげです!」


 ハンスは何度も頭を下げ続ける。


 このハンスという男はコスウォルトの有力家系の人間であり、遠征軍の協力者だ。彼のまたらした情報のおかげで、俺たちは反乱軍の放火作戦を阻止出来た。


「さあ、どうぞお入りください! 細やかながらお食事を用意しております!」


「ああ」


 俺と鳩さんはハンスの案内に従い、彼の屋敷に入った。屋敷の庭園には春の花が咲いている。白と黄色の花々……見ていると心が温まる。


 屋敷に入り、綺麗な廊下を通って奥の食堂に入った。そしてテーブルに座ると使用人たちが食べ物を運んできた。


「どうぞ召し上がってください、公爵様!」


「ありがとう」


 俺はスプーンを取ってスープから食べ始めた。濃くて美味しい。


 それから俺たちは静かに食べ物を楽しんだ。魚の丸焼き、マカロニ、クリームパイ……満足な食事だ。


 食事を終えると、使用人がお茶を持ってきた。渋い香りがする。


「都市の状態はどうだ、ハンス?」


 お茶を一口飲んで、俺が質問した。ハンスは明るい笑顔を見せる。


「まだ本来のコスウォルトの姿には遠いですが、少しずつ回復しています」


「そうか」


「はい。公爵様のおかげで……人々は希望を抱えるようになりました」


 ハンスはいとも真剣な口調で話を続ける。


「反乱軍に都市を占拠され、多くの人が苦しめられました。財産を奪われた人、家族を失った人もいました。自由は消え去り、絶望だけが広がりました」


 ハンスの顔が暗くなる。彼の故郷への愛情は本物みたいだ。


「でも今は……違います。公爵様が反乱軍を討伐し、この都市を解放してくださったおかげです」


「あんたの協力があって作戦が上手く進んだのさ」


「……誠に感謝致します」


 ハンスが深く頭を下げる。


「多くの市民が公爵様のことを本当の救世主と称えております」


「そうか」


「もちろん自分もです。これからも公爵様にお力添えしたい所存です」


「この都市の復旧に協力してくれるなら、俺も助かるよ」


 それからしばらく、俺はハンスと都市の復旧について話し合った。この若い男は真面目で愛郷心を持っているから、将来にはこの都市の統治を任せても良さそうだ。そんな気がした。


「……ハンス」


「はい、公爵様」


「あんたも知っている通り、今回の戦いで我が遠征軍も多くの兵力を失った」


「はい、承知しております」


 ハンスが悲しい顔になる。


「この都市を守るために、犠牲になった多くの方には……心よりお悔やみ申し上げます。自分に出来ることがあるのなら、何なりとお申し付けください」


「失った兵力を補うために、この都市で新兵を募集したいんだ」


 俺はハンスを見つめた。


「反乱軍は討伐されたが、まだ全ての戦いが終わったわけではない。分かっているだろう?」


 ハンスが「はい」と強く頷く。ルケリア王国軍の侵攻は……もう単なる噂話ではない。現実だ。この都市の港に上陸してきた『ルケリア王国軍第三艦隊』の存在が何よりの証拠だ。


 大陸最強の軍隊がこちらへ向かっている。やつらはこの王国を完全に征服するつもりだ。民も貴族も、その事実を薄々実感している。


「俺たちには時間が無い。コスウォルトの情勢もある程度安定したから、新兵を募集して来るべき決戦に備えたい」


「……かしこまりました」


 ハンスが決意を固める。


「自分が宣言文を書くとします。王国の未来のためにも……救世主であるロウェイン公爵様の下で戦うべきだと」


「ああ」


 俺は頷いて、これからのことを考えた。


 ルケリア王国の黒竜と俺の間には、絶対的な兵力の差がある。その差を少しでも埋めて、みんなを勝利へと導き……一人でも多くの若者を生還させる。それが俺の役割だ。


---


 翌日から俺は『静養』を終えて、仕事に復帰した。そして側近たちに指示を出し、新兵の募集を実行した。


 ハンスの宣言文のおかげもあって、数千に至る青年たちが集まった。彼らは未来への不安と戦争への恐怖に晒されながらも……俺を信じて集まってくれた。


 予算の関係で、一次募集は一千人を採用して終わった。新兵の訓練は4月20日から赤竜騎士団が担当して行うことになった。


 そして4月21日……コスウォルトの周辺を調査していた猫姉妹が帰還した。しかも二人は一人の男を捕縛してきた。王国の頂点である公爵の一人であり、王国最悪の陰謀家であるアルデイラ公爵が……ついに捕まったのだ。

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