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第530話.似ていて似ていない存在

 ちょうど午後の読書を終えた時、誰かが俺の部屋を訪ねてきた。それはお姫様のような美少女……とは真逆の、太った体型の中年男性だ。だが俺は彼の訪問が嬉しかった。


「公爵様」


「ハリス男爵」


 まるでパン屋の店主みたいな印象だが、実は結構有能な領主であり……俺の親友であるハリス男爵だ。俺と彼は笑顔で挨拶を交わした。


「御身の具合はいかがでしょうか?」


「俺なら大丈夫だ。まあ、確かに本調子ではないけどな」


 そう答えると、ハリス男爵は手に持っていた紙箱を俺に渡す。


「これは……?」


「公爵様のお好きなクリームパンです。都市の巡察中に買いました」


「ありがとう」


 俺は笑った。俺のクリームパン好きは、仲間たちはもうみんな知っている。


 俺とハリス男爵が一緒にテーブルに座ると、当番の兵士がお茶を持ってきた。俺たちは渋いお茶を飲みながら甘いクリームパンを食べた。美味い。


「後処理の件でかなり忙しいんだろう? お見舞いに来てくれて、ありがたい限りだ」


「いえいえ」


 ハリス男爵が恥ずかしそうに笑う。


「私の部隊はこの警備隊本部の修復と守備を任されましたからね。他の皆さんに比べるとかなり余裕があります」


「別に謙遜する必要はない。軍事施設の修復も大変な仕事だからな」


 その言葉にハリス男爵は嬉しい笑顔をする。


「シェラの本隊が市街地の復旧を、オフィーリアの部隊が城壁と城門の改修を、ダニエル卿とリオン卿の部隊は都市周辺の村の支援を、そして俺の赤竜騎士団が反乱軍残党の討伐を担当している。そんなところだろう?」


「ご、ご静養中の公爵様が作戦の詳細をご存じとは。トム君から報告を聞かれたのですか?」


 ハリス男爵が驚いて目を丸くする。俺は首を横に振った。


「いや、俺なりに推測してみただけだ」


「……これはたまげましたね! わははは!」


 ハリス男爵が豪快に笑った。


 クリームパンを食べ終えた時、当番の兵士が今度は果物を持ってきた。新鮮な桃とイチゴ……流石商業の発達した都市は違う。


「我々は……」


 ふとハリス男爵が真剣な顔をする。


「公爵様の負傷のことを聞いて、本当に衝撃を受けました。最強の武人である公爵様が、まさか……」


「俺は別に最強じゃないけど……すまない。みんなを驚かせたな」


「いいえ、公爵様に非があるわけではありません」


 ハリス男爵が首を振った。


「ただ、今回の決戦で我々はもう一度思い知らされました。我がウルぺリア王国にとって、公爵様の存在がどれだけ大事なのかを」


 ハリス男爵は軽くため息をついてから、また口を開く。


「我が王国の領土に、ルケリア王国軍が侵入してきたのは……20年ぶりです」


「前回の大戦か」


 俺は頷いた。


「ハリス男爵、あんたは前回の大戦に参戦したんだろう?」


「後方部隊でしたが、一応私も参戦しました」


 この太った中年男性は、もう30年以上ハリス男爵家の当主を務めている。領主としての経験なら誰にも負けない。


「あの時も、ルケリア王国軍は本当に強大でした。我が王国の軍隊が次々と敗れてしまい、この東部地域はルケリア王国軍に蹂躙されました。当時の国王陛下の指揮により、やっと撃退に成功しましたが……被害は莫大でした」


 ハリス男爵の顔が暗くなる。


「東部地域の経済と治安が破綻し、王都と他の地域の発展も頓挫するようになりました。そして多くの子供が戦争孤児になり、貧民街が拡大されました」


「ああ、俺の育った貧民街もそうだった」


 たぶん俺も……前回の大戦で親を失った戦争孤児の一人だろう。親に関する記憶も資料もないから、確認は無理だけど。


「我が王国の国力が停滞してしまった最大の原因は……あの大戦の被害だと思います」


「確かにそうかもしれない。当時の国王が被害の復旧のために国際銀行から借りた借金を、未だに俺が返済しているからな」


 俺は苦笑いした。あの借金のせいで結構苦労した。


 少し間を置いてから、ハリス男爵が話を再開する。


「……私の見解では、ルケリア王国軍は前回の大戦の時よりも更に力を増しています。あの威容には、私も圧倒されてしまいそうでした。もし公爵様がいらっしゃらなかったら……」


 ハリス男爵が俺を見つめる。


「公爵様の統率、武勇、知略のおかげで……我々はルケリア王国軍を撃退しました。もう誰が見てもすぐ分かります。公爵様こそがこのウルぺリア王国を守護なさっているのです」


「別に俺一人でやっているわけではない。あんたもこの王国を守護しているのさ」


「ありがたきお言葉、誠に光栄でございます」


 ハリス男爵が嬉しい笑顔を見せた。この人は、ずっと以前から俺のことを真の英雄と思っている。


「……ハリス男爵」


「はい」


「実は以前、俺はダニエル卿から聞いたことがある。ルケリア王国軍に関して」


 俺は腕を組んだ。


「ダニエル卿がまだ『海賊狩り』として活動していた時、ルケリア王国軍と戦ったことがあるらしい。彼の話によると……ルケリア王国軍の唯一の弱点は『海戦に弱い』ことだそうだ」


「その話なら私も聞いたことがあります。ルケリア王国軍は、陸戦ではまさに大陸最強だが海戦には優れていないと」


「ああ、しかし俺たちが戦ったルケリア王国軍の艦隊は……決して弱くなかった」


 俺は港の決戦を回想した。あの時の衝撃は、まだ頭の中に鮮明に残っている。


「やつらは旗艦級の大形ガレー船を28隻も同時に運用していた。そしてコリント女公爵の艦隊を瞬く間に突破し、数千の歩兵隊を一気に上陸させてきた。たぶん海戦にも上陸戦にも慣れているんだろう」


「……やっぱり公爵様もそのことを気になさっていたのですね」


 ハリス男爵が頷いた。


「作戦会議の時、ダニエル卿が発言しました。『あのルケリア王国軍の艦隊は、大規模の侵攻戦のために新設されたものでしょう』と」


「なるほど」


 俺は頷いた。


「『海戦に弱い』という弱点を補うために、大金を使ったみたいだな。黒竜のやつ」


「それは……つまり……」


「ああ、黒竜はこのウルぺリア王国を完全に征服するつもりさ」


 俺はニヤリとした。『大陸最強の男』と呼ばれているルケリア王国の国王、『ライオネル・イオベイン』は……本気でこのウルぺリア王国を潰そうとしている。


「前回の大戦で、父親が失敗したことを挽回し……自分こそが最強の征服者であることを証明したいんだろう。戦争好きの黒竜は」


「……そんな人物が軍事強国の国王だなんて、恐ろしい限りです」


 ハリス男爵が苦悩の表情を浮かべる。


「大規模の戦争を起こしたら、侵略される王国の民はもちろん……自分の王国の若者たちも犠牲になるのに。ルケリア王国の国王は……そんなことは少しも気にしないのですね」


「ま、黒竜も表面的には正義を掲げているはずだ。『周りの国を征服して、平和な世界を作る』と。もちろんやつの本心は、ただ戦争の勝利を味わいたいだけさ」


「そんな……」


「俺も同じ戦争好きだから分かるよ。黒竜の人物像が」


 自分の胸が騒めくのを感じながら、俺は黒竜の姿を思い描いた。最強の軍隊を率いて、無慈悲に侵略を繰り返す黒髪の巨漢の姿を。


 いくら救世主と呼ばれようとも、俺は……戦いを期待している。大陸最強との決戦を……!


「……いいえ、やっぱり公爵様と黒竜は違います」


 ハリス男爵が俺の顔を凝視する。


「公爵様は、戦場ではまさに最強ですが……ご自分の領民に対しては本当に寛大で、もっといい王国を作るために尽力なさっています。決して黒竜のような無責任な指導者ではありません」


 ハリス男爵はとても真剣な口調だった。


「私は公爵様こそが古代英雄の再臨、いいえ、古代英雄をも凌駕する指導者だと存じています」


「……流石に買い被り過ぎだと思うけどな」


 俺は微かに笑った。


「でもありがとう。いつも俺を応援してくれて。あんたのような誠実な領主から褒められると、俺も力が湧いてくるよ」


 その言葉にハリス男爵も笑った。


「実は、私がいつも公爵様を応援しているのは……それこそ自己満足のためでもあります!」


「自己満足?」


「はい。公爵様の業績が歴史書に刻まれる時、私の名前も小さく記録されるはずですから。わははは!」


 ハリス男爵がまた豪快に笑った。それを見て俺も笑い出した。


---


 その日の夜、俺は一人で警備隊本部の敷地内を見回った。


 まず広い敷地内を軽く散歩してから、城壁に登って都市の方を見つめた。コスウォルトの夜の風景は……眩しい。酒場や宿屋、娼館のランタンのせいでまるで昼みたいに明るい。


 そう、あれが自由都市の深夜だ。酔っ払い、労働者、行商人などが港と大通りを往来し……あちこちで怒鳴り声や笑い声が聞こえてくる。混雑でうるさいけど、だからこそ活気がある。俺の挙兵の地、南の都市にそっくりだ。


 しばらく後、城壁を降りてまた敷地内を散歩した。涼しい夜の空気が気持ちいい。たまにはこういう時間も悪くないな……と俺は思った。


「ん?」


 ふと黒い建物が視野に入ってきた。あれは……女神教の教会だ。規模は小さいけど、警備隊本部の敷地内に教会があったのだ。兵士たちの中にも女神教の信者がいるから、彼らのためなんだろう。


 不思議なことに、教会の中から光が漏れていた。こんな時間に誰かが礼拝でもしているんだろうか? 好奇心に導かれて、俺は教会に入った。


「あれは……」


 蝋燭の光に照らされている、厳粛な空間に一歩踏み入れた途端……俺は少し驚いた。一番前の長椅子に可憐な少女が座っていたのだ。少女は……真剣に祈りを捧げていた。


 俺は無言で少女に近づいた。そして静かに少女の横顔を見つめた。美的感覚なんか持ち合わせていない俺でさえ『美しい』という言葉が自然と頭の中に浮かんだ。


 やがて少女は祈りを終えて、席から立ち上がる。そしてやっと俺の気配に気付いて、驚いた顔をする。


「レ、レッド様……?」


「オフィーリア」


 俺と可憐な少女は互いを見つめた。

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