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第529話.交差する気持ち

 王国歴539年4月10日……東部遠征軍は反乱軍から自由都市コスウォルトを解放し、勝利を宣言した。数年に渡って東部地域を蹂躙してきた反乱軍も、ついに撃滅されたわけだ。


 遠征軍の勝利が宣言された当初、コスウォルトの市民たちはあまり喜ばなかった。彼らはむしろ自分たちの故郷が過激な戦場となったことに衝撃を受けた。遠征軍と反乱軍の激戦、そしてルケリア王国軍の上陸により……平穏だった自由都市が修羅場となったのだ。その惨状に市民たちは驚愕し、不安に陥った。


 でも時間が経つに連れて、コスウォルトの市民たちは実感し始めた。東部遠征軍が自分たちの故郷を守ってくれたことを。『赤き救世主』がこの都市に再び自由を取り戻してくれたことを……多くの市民が実感出来るようになった。


 そして4月12日の朝のことだった。俺は士官用の部屋で1人で本を読んでいた。シェラたちに休憩を指示されたから、しばらく読書で過ごすことにしたのだ。


「総大将」


 ノックの音と共に、トムの呼び声が聞こえてきた。俺が「入れ」と返事すると、小柄の副官が部屋に入ってきた。


「どうした、トム? 異常でもあるのか?」


「それが……本部の外に人々が集まってきています」


 トムが少し困惑した顔で答えた。


「少なくとも数千の市民が集まってきています。まるで総大将が救世主と宣言された日のように……」


「なるほど」


 俺は苦笑いして、読んでいた本を閉じた。


「俺が出る。シェラたちにそう伝えておけ」


「はっ」


 俺は部屋を出て廊下を歩いた。すると数人の兵士が急ぎ足で俺の後ろに集まり、護衛を始める。俺は兵士たちを連れて外に出た。


「レッド」


 後ろから呼び声がした。振り向くと健康な体型の少女……シェラの姿が見えた。


「また人々が集まってきたよね。あの時のように」


「そうみたいだな」


「レッドは休んでいなさい……と言いたいところだけど、あの人々が見たいのはレッドなんだよね」


 シェラが笑顔を見せた。俺の婚約者でありながら優しくて優雅な笑顔だ。じゃじゃ馬と呼ばれてきたシェラだが、最近は……まるでとある王国のお姫様みたいだ。


「レッド様」


 そして間もなく本当にお姫様のような少女が現れた。可憐な見た目なのに、仕草に威厳が漂うオフィーリアだ。


「多くの市民が来ているとお聞きしました。たぶん……レッド様のお顔を拝見したいのでしょう」


「ああ、任せろ」


 俺は笑顔で頷いて、二人のお姫様を見つめた。二人のお姫様も、俺に愛情を込めた視線を送ってくれた。


「……公爵様!」


 その時、また一人の少女が現れた。しかも今度は……全然お姫様には見えない少女だ。道化師のようなまだらな服を着て、リュートを背負っている吟遊詩人見習いのタリアだ。


「公爵様! 公爵様!」


 タリアが大声で叫んだ。俺は苦笑した。


「タリア、悪いが他に当たってくれ。俺はこれからやることがあるんだ」


「存じています!」


 タリアが俺を見上げる。


「これから市民たちを見にいらっしゃるのですね!? どうか私めの同行をお許しください! 公爵様の姿を目撃したいです!」


 俺は眉をひそめた。この小さな吟遊詩人見習いが、またふざけていると思った。でもタリアの顔は……とても真面目だ。いつもとは雰囲気が全然違う。何かあったんだろうか?


「分かった、お前も来い。ただし静かにしてくれ」


「はい!」


 結局俺はシェラとオフィーリア、そしてタリアを連れて警備隊本部の正門に向かった。俺の姿を見て、兵士たちが素早く正門を開けた。


「おお……!」


 俺が正門を潜り抜けた瞬間、多くの人が歓声を上げた。本部の外には……本当に数千の市民が集まっていた。男も女も、子供も老人もいる。あらゆる人々が……俺に視線を集める。


「公爵様だ……」


「きゅ、救世主……」


 市民たちは俺に向かって祈るような仕草をする。みんな女神教の信者なんだろう。『女神に選ばれし救世主』を見るために、ここに集まっているのだ。


「……安心しろ」


 俺は人々に近づいて、声を上げた。


「あんたらの気持ちを、俺は分かっている」


 人々は息を殺して俺の声に集中する。


「このコスウォルトは自由都市だ。王国の公爵として、俺がその自由を保障する」


 俺は淡々とした口調で言った。


「この都市の自由を奪おうとするやつらは、俺が叩き潰す。反乱軍だろうがルケリア王国軍だろうが、俺が全部叩き潰す」


 人々の顔を見渡してから、俺は話を続けた。


「戦いは俺と俺の兵士たちに任せて、あんたらは己の生業に集中してくれ。それこそがこの王国の未来のためだ」


 人々の顔から不安が消え去る。目の前の『赤き救世主』から希望を感じている。今はそれでいい。俺はシェラたちを連れて警備隊本部に戻った。


「……流石レッドだね」


 本部の敷地内で、シェラが呟いた。


「今この王国の人々を安心させられるのは、レッドしかいない。救世主と呼ばれるのもある意味当然だわ」


 シェラがそう言うと、オフィーリアが意味ありげな視線で俺を見つめる。


「シェラ様の仰る通りです!」


 いきなりタリアが声を上げる。


「私めも確かに見ました! 公爵様の言葉を聞いて、人々の間に希望が広がる光景を!」


 タリアは相変わらずとても真面目な顔だ。


「あの光景をちゃんと記録して、王国中の人々に知らせるべきです! それが私の義務です! お先に失礼致します!」


 そう叫んでから、タリアは本館に向かって走る。


「あの子は一体何考えているのかな……」


 シェラがため息をついた。俺は苦笑いしてからシェラを見つめた。


「シェラ」


「ん?」


「ルケリア王国軍の艦隊はどうなった? 具体的な情報は入っていないのか?」


「あ……まだみたい」


 シェラが首を横に振った。


「コリント女公爵の艦隊とも連絡を取ったけど、ルケリア王国軍の艦隊の動きは見当たらないそうよ。あのまま撤収した可能性が高いんだって」


「そうか……」


 俺は腕を組んで、少し考えてみた。


 先日、この都市で繰り広げられた決戦で……一番の脅威はルケリア王国軍の艦隊だった。『オレーナ・イオベイン』の率いる真っ黒な兵士たちは、今まで戦ってきたどんな敵軍よりも強かった。俺も仲間たちも……危うくやつらに敗退してしまうところだった。


 本来、この地域の海域はコリント女公爵の艦隊によって封鎖されていた。でもルケリア王国軍の艦隊は、女公爵の艦隊をいとも簡単に突破してこの都市に上陸してきたのだ。その威容と戦闘力は、流石大陸最強と噂されるだけある。


「確かにやつらも多くの兵力を失ったし、本国に撤収した可能性が高いな。じゃ、この隙に俺たちは……」


「レッド」


 シェラが俺を見つめる。


「コリント女公爵を含めて、同盟の領主たちにはもう支援要請を送ったの。そして遠征軍はこの都市の被害を復旧し、防備を固めることを優先している」


「正しい判断だ。俺も同じことを指示したはずだ」


「うん、だから……レッドは休んでいなさい!」


 シェラとオフィーリアが俺を注視する。俺は苦笑して、両手を伸ばした。そして二人の頭を同時に撫でてやった。


「な、何するのよ?」


「レッド様……?」


 シェラとオフィーリアの顔が赤く染まる。可愛い。


「お前たちの気持ち、理解している。じゃ、言葉に甘えて……俺はまた読書に戻るよ」


 俺は二人のお姫様と別れて、自分の部屋に向かった。

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