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第52話.責任は俺が取る

「皆さんもご存知通り……私たち裏社会の人間は、もう20年以上昔から薬物禁止の掟を守ってきました。薬物による深刻な紛争を避けるためです」


 みんな息を殺して、ロベルトに注目した。


「しかし数年前から薬物による事件が発生し始め……今年は十数人の貧民たちが薬物の人体実験に利用され死にました」


 俺はデリックのことを思い出した。あいつはまだ生きているんだろうか。


「もう疑いの余地はありません。死んだラズロと手を組んでいた『黒幕』は、私たちの目を盗んで薬物を広めていました。つまり私たちは……知らないうちに攻撃を受けていたわけです」


 ロベルトがみんなの顔を見回す。


「今こそ然るべき行動を取る時です。私たちが力を合わせて、『黒幕』を阻止しなければなりません。今回の総会はそのためです」


 ロベルトの話が終わると、しばらく沈黙が流れた。


「ロベルトさん」


 沈黙を破って口を開いたのは……若手のゼロムだった。


「この都市に対するロベルトさんの愛情にとても感銘を受けました。しかし……『私たちが攻撃を受けていた』という言葉は、少し言い間違いではありませんか?」

「言い間違い……ですか?」

「はい。私たちが直接被害を受けたわけではなく、単に少数の貧民が死んだだけでしょう? 別に私たちが動く必要はないと思いますが」


 ゼロムは笑顔でそう言った。


「おい、ゼロム……薬物禁止の掟を知らないのか?」


 ビットリオが睨みつけたが、ゼロムは笑顔を崩さない。


「もちろん知っていますよ。でもその掟は紛争を避けるためのものでしょう? 貧民が死んだところで、私たちの間に紛争が起こったりはしないはずです」

「私もゼロムの意見に同意します」


 白髪のルアンが口を挟んだ。


「そもそもの話、ラズロが死んでから何も起きていません。つまり『黒幕』はもうこの都市から手を引いた可能性が高いです。それなのにわざと我々が動く必要があるんでしょうかね」


 ロベルトとビットリオは協力を主張し、ゼロムとルアンは反対した。それでみんなの視線は自然にクレイ船長に集まった。彼は口を黙ったまま、まだ何の意見も表明していない。


「うむ……」


 クレイ船長はゼロムの方を見つめながら頷いた。彼もゼロムに同意しているのだ。

 それからしばらく論争が続いた。ロベルトとビットリオは『黒幕』が流通させていた薬物が悪名高い『天使の涙』であること、人体実験の危険性などを説明したが……ルアンとゼロムは反論を続けた。

 そしてその論争を眺めていた俺は……席から立ち上がった。


「……あんたら」


 俺が口を開くと、みんな論争を中止して視線を送ってきた。


「本気で言っているのか?」


 俺はゼロムとルアン、クレイ船長を睨みつけた。


「あんたらは全員この都市の裏を牛耳っている人間だ。この都市はあんたらの領域だと言っても過言ではないはずだ」


 ゼロムとルアンはもちろん、ずっと黙っているクレイ船長も俺を見つめた。


「得体の知れないやつが自分の領域に入ってきて、好き勝手にしているのにそれを見過ごすつもりか? それでも組織のボスだと言えるのか?」


 3人は何にも言わなかった。


「……化け物の言う通りだ」


 ビットリオがそう言った。


「これはもう損得の問題ではない。『黒幕』のやつは私たちを舐めているんだ。しっかり返さないと潰されるぞ」

「しかし……」


 ルアンが口を開く。


「その『黒幕』は、もうこの都市から手を引いた可能性もありますが」

「そんなわけがあるか」


 俺が反論した。


「そもそもやつがこの都市で活動していたのは、数少ない自由都市だからだ。毎日数えきれないほどの人々と商品が出入りしているからこそ……やつも自由に動くことができた。それなのに……この都市から簡単に手を引くわけがないじゃないか。いや、手を引くどころか……次はもっと徹底的な方法で攻撃してくるぞ。そうなる前に、こちらから先手を打つべきだということが分からないのか?」


 ルアンは口を黙った。そして再び沈黙が流れたが、いきなり誰かが笑い声をあげる。それは……若手のゼロムだった。


「これは面白いですね。まさか新参からそこまで言われるとは」


 ゼロムと俺の視線がぶつかった。


「まあ、仕方ありませんね……正直に言いましょう。私は怖いんです」


 ゼロムは椅子に深く座り、頭の後ろで両手を組んだ。


「どんな方法を使ったのかは知りませんが、その『黒幕』ってやつは……伝説の暗殺集団である『夜の狩人』を雇いました。つまりやつに対抗すれば……私の頭も一晩で消えてしまうかもしれないんです」


 みんなゼロムを見つめたが、ゼロムは顔色一つ変えずに話を続ける。


「私はもっと生きたいんです。この件を解決するために、命までかけるつもりはありません」

「ゼロムの言う通りだ」


 ルアンがまたゼロムに同意する。


「私たちは『黒幕』についてほぼ何も知らない。それに対してやつはいつでも暗殺者を送ることができる。こちらから動くにはあまりにもリスクが高い」

「そのリスク、全部俺が背負ってやる」


 俺は声を上げた。


「あんたらが動く必要もない。ただ俺の行動を黙認すればいい。そして……」


 全員の顔を見回して、俺は説明を続けた。


「この件の実質的な指揮者は俺だと公表しろ。『黒幕』に対する調査や追跡は、ほぼ俺の独断で行われているんだと。そうすれば『黒幕』も真っ先に俺を狙ってくるだろう」


 全員息を殺して俺を見つめる。


「この欺瞞工作を完成させるために、あんたらは今日から俺に敵対しろ。何なら部下たちに命令して俺を攻撃してもいい。それであんたらのリスクはほぼ無くなるはずだ」


 俺の話が終わっても、誰も何も言わなかった。


「……面白い」


 やがて最初に反応を見せたのは、クレイ船長だった。


「面白いやつだな、レッド。気に入った」


 クレイ船長は席から立ち、俺に近づいた。


「欺瞞工作は要らない。この件に関して……今日から私と私の組織はお前の指揮を受けよう」

「ありがとう」


 俺はクレイ船長と握手した。


「他の2人は? さっき話した通り、協力したくなければ俺の行動を黙認するだけでいい」

「まあ、分かりました」


 ルアンが答えた。


「協力はちょっとリスクがありますが……情報交換くらいならできそうです」

「ありがとう」


 俺は残り一人、つまりゼロムを見つめた。彼は俺を好奇の目で見ていた。


「あんたはどうだ? 協力したくなければ……」

「いえいえ……」


 ゼロムが首を横に振る。


「ちょっと感嘆して言葉を失っていました。レッドさんはこの都市の出身でもないのに……何故そこまでするのかな、と」

「別に大した理由はない。『黒幕』を見つけ出して、その顔に拳を一発入れたいだけだ」

「なるほど……」


 ゼロムは笑った。


「分かりました。私もルアンさんと同じく、情報交換くらいなら協力します」

「ありがとう」


 これでこの都市を隅々まで調べることができるようになった。まだ道は遠いが、少し進展したわけだ。そしていつかは……黒幕の首をこの手で掴んでやる。

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