表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
569/602

第528話.勝利宣言、そして……

「こ、公爵様だ! 公爵様が帰還なさった!」


「門を開けろ! 早く!」


 俺の姿を見て、都市の入り口を守っていた兵士たちが叫んだ。俺と猫姉妹は軍馬に乗ったまま城門を潜り抜けて、自由都市コスウォルトに入った。


「ほぉ」


 都市の中に入るや否や、俺は軽く驚いた。大通りとその周辺に多くの市民がいた。


 市民たちは荷物を運んだり、お店を掃除したり、食料を買ったりしていた。まだどこか不安な様子だけど、この都市の人々も生業を再開した。


「ここも戻り始めたのね。平穏な日常に」


 白猫が言った。俺は「ああ」と頷いた。


 反乱軍の占拠や統制から解放され、コスウォルトも活気を取り戻しているのだ。やっと『自由』都市の姿に戻り始めたのだ。


「あ、ああ……!」


 城門の近くにいた市民が俺を見て驚く。それをきっかけに、多くの人が俺の方に視線を送ってくる。


「あれは……!」


「ほ、本当に……?」


 コスウォルトの市民たちが目を見開く。無理もない。彼らは噂の『赤い化け物』の姿を初めて目撃したのだ。


 言葉を失い、動きを止めて、ただ俺を見つめる。そんな人々の視線を浴びながら、俺はケールに乗って大通りを歩いた。


「公爵様」


 城壁の方から一人の騎士が現れ、俺に近づいた。白い軍馬に乗っている金髪の女騎士……俺の戦友であるドロシーだ。彼女は数人の騎兵を連れていた。


「元気そうだな。安心したぞ、ドロシー卿」


 俺が笑顔で言うと、ドロシーは無表情で「公爵様もご無事で何よりです」と答えた。


「警備隊本部に、遠征軍の各部隊の指揮官たちが集まっています。私がご案内致します」


「そうか。ありがとう」


 俺と猫姉妹はドロシーの案内に従い、都市の中央に向かった。数人の騎兵がそんな俺たちを護衛してくれた。


「おい、あれをみろ!」


「ロウェイン公爵だ……!」


 そして時間が経てば経つほど、多くの市民が道に並び立って俺たちを見上げる。この都市を解放した遠征軍の総指揮官であり、王国の頂点にもっとも近い『ロウェイン公爵』の姿を見たくて集まってきているのだ。


「……お前の名声は、ますます上がるばかりだな」


 一緒に轡を並べて歩きながら、ドロシーが言った。


「お前の指揮の下で……遠征軍は反乱軍とルケリア王国軍を撃破して、このコスウォルトを解放した。市民たちは遠征軍の勝利に喜び、これからお前のことを救世主と称えるだろう」


「まあな」


「でも私は……私たちは喜んでばかりではいられない」


 ドロシーが鋭い目つきで俺を見つめる。


「その理由が分かるか、レッド?」


「ルケリア王国軍のせいだろう? やつらがいつまた来るか分からないから」


「いや、違う」


 ドロシーは首を横に振った。


「ルケリア王国軍の存在は確かに脅威ではあるが、最優先の問題ではない。私たちが喜べないのは……お前の負傷のせいだぞ」


 ドロシーが俺の顔を直視する。


「レッド、お前の命はもうお前一人のものではない。この王国の数百万、数千万の人の運命が……お前にかかっている」


「ああ、分かっているさ」


「……オフィーリアお嬢様もかなりの衝撃をお受けになった。ちゃんと謝った方がいい」


 ドロシーの声はいつもより冷たかった。俺は素直に頷いた。


「あ、あの……」


 その時、道に並んでいた市民の中から二人が出てきた。幼い子供を連れている若い夫婦だった。


「あの……!」


 若い夫婦は……猫姉妹の乗っている軍馬に近づいて、頭を下げる。


「ありがとうございます……! お二方のおかげで……息子の命が救われました!」


 涙を流しながら、若い夫婦は何度も頭を下げる。


「皆さんが無事で私たちも嬉しいです」


 白猫が笑顔で言った。


「一人でも多くの市民を守るように、ここにいらっしゃるロウェイン公爵様がお命じになりました。公爵様がいらっしゃる限り、きっと王国の未来も明るくなるはずです」


 その言葉を聞いて、若い夫婦は俺を見上げる。彼らの瞳には感謝と希望の気持ちが浮かんでいる。


 黒猫も笑顔でそんな若い夫婦の姿を見ている。俺の妹は……やっと自分の力の使い方が分かった。そして新しい生き方を見つけた。『人々を守る』という生き方を。


 やがて俺たちは警備隊本部に辿り着いた。この都市の雄一の軍事施設だけあって、厚い城壁に囲まれている。無数の市民が見ている中、俺たちは本部に入った。


「公爵様……!」


 厚い城壁の中に入った途端、太い体型の中年男性が俺を迎えてくれた。俺の親友のハリス男爵だ。いや、ハリス男爵だけではない。カレン、鳩さん、ダニエル卿、リオン卿、そして無数の兵士たちもいる。東部遠征軍のほぼ全員が集まり、俺の帰還を迎えてくれた。


 そしてみんなを率いているのは、二人の少女だ。


「レッド」


「レッド様」


 シェラとオフィーリアが俺を見つめる。二人の顔には俺の負傷に対する『憂い』と俺と再会した『嬉しさ』が混ざり、複雑な表情が浮かんでいた。


「全員の功労に、感謝する」


 俺は遠征軍のみんなに向かって言った。


「俺たちは反乱軍とルケリア王国軍を撃退した。みんなの力でコスウォルトの市民たちを救ったのだ。この王国を守り切ったのだ」


 俺は笑顔を見せた。


「誇りに思っていい。今回の決戦は……俺たちの完全勝利だ」


 総大将の勝利宣言に、遠征軍の兵士たちが歓声を上げる。


「また勝ちました! 俺たちの勝ちです!」


「ロウェイン公爵様万歳! 赤き救世主万歳!」


 兵士たちは勝利に喜びながら涙を流す。彼らは故郷から遠く離れて、この東部地域の秩序を立て直すために戦ってきた。そして地獄のような激戦を超えて、王国を守護した。これまでの苦労と努力が……やっと成果を出したのだ。彼らの瞳から涙が零れ落ちてくるのは、極めて当然のことだ。


「さて、行こうか」


 俺は仲間たちを連れて警備隊本部本館に入った。兵士たちは俺の姿が見えなくなるまでずっと歓声を上げた。


「1階の北側に大会議室があるの。そこに向かいましょう」


 シェラが言ってきた。俺は「ああ」と頷いて、本館の北に向かった。


 大会議室はとても広くて、綺麗に掃除されていた。大きな円卓があって多数の人が意見を出し合える場所だ。俺たちは一緒に円卓に座った。


「ボス!」


 みんなが席に座った時、6人の男が大会議室に入ってきた。俺の親衛隊、赤竜騎士団だ。


「ボスが帰還なさったと聞いて参りました! お怪我は……」


 赤竜騎士団の団長、レイモンが心配げな顔で俺を見つめた。俺は笑顔で首を横に振った。


「俺は大丈夫だ。今からみんなに説明するから、お前たちも座ってくれ」


「はっ」


 レイモンたちも席に座る。トムを除いて、遠征軍の主要人物が全員集まったわけだ。


「では、私から発言させて頂きます」


 間髪を入れずに手を上げたのは、オフィーリアだった。俺は無言で頷いた。


 オフィーリアは席から立ち上がり、みんなの顔を見渡した。可憐な少女だが、彼女の仕草には威厳がある。そういう面は父親のウェンデル公爵にそっくりだ。


「今回の遠征軍の勝利は、まさに我がウルぺリア王国の歴史に残るほどの業績です。さっきロウェイン公爵様が仰った通り、遠征軍全員が胸を張って誇りを持つべき成果です」


 大会議室に集まっているみんなは、オフィーリアの声に集中した。


「コスウォルトの市民を害した反乱軍はもちろん、無断で我が王国の領土に上陸してきたルケリア王国軍も撃退しました。遠征軍の皆さんの力……そして総指揮官のロウェイン公爵様の指導力があってこそ成し遂げられた偉業です」


 オフィーリアはもう一度みんなの顔を見渡してから、話を再開する。


「ですが、今回の勝利のために……多くの兵が犠牲になりました。彼らの犠牲を無駄にしないためにも、一刻も早くこのコスウォルトの被害を修復し、態勢を立て直す必要があります」


 その言葉にみんな頷いた。


 戦闘に勝利したからって、全てが終わるわけではない。被害の修復や部隊の再編成、戦略の微調整など……やることはいっぱいある。こういう『戦闘の後処理』は軽く思われがちだが、実は直接戦闘よりも大事だったりする。


「……そして後処理の一環として、私はまずロウェイン公爵様のご静養を提案します」


 オフィーリアが俺の顔を直視してそう言った。やっぱりこうなるのか……と俺は内心苦笑した。


「皆さんもご存じ通り、今回の決戦で不幸にもロウェイン公爵様がお怪我なさいました。公爵様は我が遠征軍の総指揮官であり、この王国の希望です。王国の未来のためにも、公爵様の御身が何よりも大事です」


 俺を除いて、みんな一斉に頷く。俺はまた内心苦笑した。


「特に異論が無ければ……公爵様にはしばらくご静養を勧誘し、戦闘の後処理は私とシェラさんが主導して行いたいと存じます」


「いやいやいや……」


 俺は笑った。


「俺のことを心配してくれるのはありがとう。だが、見ての通り俺は大丈夫だ。だから……」


「はーい、今のレッド君の発言は嘘です!」


 白猫が手を上げて、俺の言葉を遮った。


「レッド君、元気そうに振舞っているけど……あれは空威張りよ。今のレッド君と戦ったら、私が勝てるから」


 その言葉にカレンとレイモンが頷いた。極限の武を持っている人は、薄々気付いているのだ。俺が本調子ではないということに。


「オフィーリアちゃんの話通り、レッド君にはしばらく休んでもらう必要があるわ。本人が嫌だと言ってもね」


 みんなの視線が俺に集まった。俺はため息をついた。


「……分かった、分かった」


 結局俺は降伏した。


「俺はしばらく休む。それでいいんだな、みんな?」


 俺の降伏宣言に、みんな笑顔で頷いた。それで俺は猫姉妹に連行され、大会議室から退場した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ