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第526話.今までの道

 誰かが動く気配がして、俺は目を覚ました。


 今はたぶん夜十二時くらいだ。窓から月明かりが差し込んできて、部屋の中を照らしていた。おかげでアイリンの寝顔がよく見える。


 アイリンは俺のすぐ隣ですやすやと寝ていた。丸一日俺を看病して結構疲れたんだろう。俺はアイリンを起こさないように、静かに席から立ち上がった。そしてそっと扉を開けて外に出た。


 小屋の外には小さな坂があり、その上に鼠の爺が立っていた。爺は海の方を見つめていた。俺は無言で爺に近づいた。


「……レッド」


 海に視線を固定したまま、爺が口を開いた。


「お前には……驚かされた」


 爺が夜空を見上げる。


「挙兵してからたった5年で、お前は底辺の貧民から公爵になった。それだけでも歴史に残る業績だ。だが私が驚いた理由は他にある」


 少し間を置いてから、爺がまた口を開く。


「4年前、お前は私にこう言った。『覇王となって、俺が背負っている人々のための王国を作ってみせる』……と」


「ああ、そう言ったな」


「正直に言えば、私はその言葉を信じなかった。お前の力は……あくまでも憎悪と怒りから来るからな」


 俺は口を噤んで爺の話を聞いた。


「憎悪と怒りの力では、古き王国を破壊することは出来ても……新しき王国を作ることは不可能だ。でもお前は……本当に新しい王国を作ろうとしている」


 爺が俺の方を振り向く。


「一体どうやったんだ? お前のような憎悪と怒りの化身が……どうやって新しい王国を作れるんだ?」


「希望さ」


 俺が即答すると、爺が眉をひそめる。


「希望だと?」


「そうだ。大事な仲間たちと交流し、様々な人々から未来を託された。そこから生まれる希望があるからこそ……俺は新しい王国を作れる」


「へっ」


 爺が笑った。


「そんなものに何の力があるんだ?」


「前に向かって生きる力だ」


 俺は淡々と答えた。


「人間は希望を失うと、憎悪と怒りに満ちて……破壊しか生まない。昔の俺のようにな」


 爺の顔が強張る。


「だが希望があれば、たとえ厳しい環境の中でも強く生きることが出来る。前に向かって進むことが出来る。それが人間の底力だ」


「……へっ」


 爺がまた笑った。


「化け物とか赤竜とか呼ばれているお前が……人間の底力を語るとはな」


「赤竜の力なんて、人間の底力に比べるとちっぽけなものさ」


 俺はニヤリとした。


「たとえ俺が王になっても同じだ。信じてくれる人々がいないと、王もただの道化師に過ぎない」


 しばらく沈黙が流れた。俺と爺は沈黙の中で一緒に夜の海を眺めた。


「……私には知らない力だな」


 爺が呟いた。


「そもそも私は人間から希望を感じたことなどない。誰かを信じたこともない」


「違う」


 俺は首を横に振った。


「爺、あんたは確かに冷酷な人間だ。だがあんたの気迫には……熱さと悲しみが隠れている」


 その言葉を聞いても、爺は無表情を貫く。でも俺には分かる。爺は今……動揺している。


「あんたは知っていたはずだ。人間と人間の間に生まれる希望を。しかし今はそれを見失っている。そうだろう? だから……」


「……もう忘れたのか、レッド?」


 爺が俺を直視する。


「私の過去を聞きたいのなら、私を超えて見せろ」


「……分かった」


 俺が頷くと、爺は月を見上げる。


「明日の朝、私とアイリンは異端の本拠地に向かう。まだアイリンの治療も終わっていないし、途中でアルデイラ公爵の行方も探してみるつもりだ」


「異端の本拠地か」


「『ベルンの山』さ」


 爺が小屋の方を振り向く。


「やることが一段落したら、お前も来い。あの白い山で……これからの道を決めよう」


 そう言い残し、爺は小屋に入った。俺はしばらく一人で月明かりを浴びた。


---


 翌日の朝、みすぼらしい小屋の前で……俺はアイリンと爺を見送った。


「レッド……」


 小さな馬車の荷台に座って、アイリンが俺を見つめた。アイリンの瞳にはまた涙が溜まっていた。


「心配するな、アイリン」


 俺は笑顔を見せた。


「戦闘の後処理が終わったら、俺も行くよ。少しだけ待っていてくれ」


「……うん」


 アイリンが涙目で頷いた。


「では、いくぞ」


 鼠の爺が手綱を操ると、小さな馬車が進み始めた。俺は遠ざかる馬車の姿をずっと見守った。


 やがて馬車が見えなくなり、俺はまた一人になった。少し寂しい気持ちもしたが、俺の愛馬、ケールがそんな俺の肩を頭でツンツンと突いてきた。


「……へっ」


 俺は笑って、ケールに乗った。そして地平線の向こうに走り出した。

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