第517話.到来
数百の反乱軍が見ている中、俺はフードを外して自分の素顔を晒した。
「公爵様……!?」
ジョナサンが驚愕する。
「公爵様が……自ら敵陣の真ん中に……?」
「俺の方こそ驚いたぜ、ジョナサン卿」
俺は笑った。
「まさか騎士のあんたが放火作戦を指揮していたとはな。あまりにも騎士道に反しているんじゃないのか?」
ジョナサンは強張った顔で何も言わなかった。それを見て、ドロシーが自分のフードを外す。
「ドロシー卿……?」
ドロシーの顔を見てジョナサンが驚いた。どうやら2人は知り合いだったみたいだ。
「久しぶりですね、ジョナサン卿」
ドロシーが冷たい目でジョナサンを見つめる。
「アルデイラ公爵家の騎士の中でも、貴方は王国の未来を憂う人だと思っていたのに……失望です」
「……私は今も、王国の未来のために動いています」
「それは嘘ですね」
ドロシーの声が更に冷たくなった。
「ここにいらっしゃるロウェイン公爵様は、市民たちを守るために自ら敵陣の真ん中に突入されました。それに比べて、アルデイラ公爵は自分の身を守るために多くの市民を焼き殺そうとしています」
ドロシーはジョナサンの方に細剣を向ける。
「果たして王国の未来を明るく導ける人物は誰でしょうか? 答えてみなさい、ジョナサン卿」
「私は……」
ジョナサンは何か言おうとしたが、結局口を閉じてしまう。
「もう観念しろ、ジョナサン」
俺が言った。
「お前らの放火作戦はもう阻止された。それにもうすぐ俺の騎兵隊が来るはずだ。大人しく投降しろ」
「……それだけは出来ません」
ジョナサンが暗い顔で答えた。
「ここで貴方を倒せば……我々の勝ちです、ロウェイン公爵様」
「そうかい」
俺が笑うと、ジョナサンが剣を抜く。
「皆の者、攻撃を開始せよ! ロウェイン公爵だけは……絶対に逃がすな!」
その号令に、数百の反乱軍が俺たちに向かって突進してくる。今回の作戦の最大難関だ。
選ばれた最精鋭の戦士が正確な情報を基にして動けば、敵の意表を突いて放火を阻止することは可能だ。だが……作戦成功後、敵陣の真ん中で孤立したらいくら最精鋭の戦士でも耐えられない。
だからこそ俺は予め援軍を編成しておいた。放火の阻止が確認出来たら『赤竜隊』と『森林偵察隊』と『北方の騎士たち』が居住区に突撃し、反乱軍を蹴散らして俺たちを助けることになっている。
問題は……援軍が来るまで耐えられるかどうかだ。
「やつらを囲め!」
「殺せ、殺せ!」
ざっと数えても3百以上の反乱軍が、剣や斧などを持って俺たちを三面包囲する。俺と黒猫とドロシーは女神の視線を背中に浴びながら、迫ってくる反乱軍と戦った。
「ぐおおおお!」
正面の敵を蹴っ倒し、そいつの剣を取って右の敵を斬り捨てる。すかさず左から来る敵の顔面を肘打ちで強打する。修羅となって多数の敵と戦うこの瞬間が……俺には楽しすぎる!
「頭領様……!」
黒猫のハルバードが連続で円を描いて、俺に近づく敵を倒していく。反乱軍が先頭の俺に注目している間に、小柄の義妹は自分の力を十二分に発揮する。頼もしい限りだ。
「ジョナサン卿……!」
そしてドロシーは……敵の指揮官のジョナサンと1対1で戦う。騎士の誇りをかけて、両者は互いに向かって剣を振るう。ドロシーの細剣とジョナサンの長剣が何度も交差し、互いに致命傷を与えようとする。
「赤い化け物を殺せ! やつを殺せば……うぐっ!?」
うるさく叫んでいるやつの顔面に拳を入れて、俺は更に前進した。敵が俺に注目すればするほど、黒猫とドロシーが自由に動ける。女神教の教会の前で……俺たちと反乱軍は乱戦を続けた。
「この野郎……!」
乱戦の途中、大柄の反乱軍が俺を狙って斧を投げ飛ばす。その斧が俺に刺さる直前、俺は左手で斧を受け止めて投げ返した。大柄の反乱軍は自分の斧に刺されて絶命する。
「ば、化け物……!」
俺の奮戦と黒猫の援護に塞がれて、反乱軍の勢いが落ちてしまう。こういう時こそ指揮官の統率が必要だが、ジョナサンはドロシーの猛攻に押されている。
「くっ……!」
ジョナサンは確かに凄腕の騎士だが、彼の長剣には迷いが残っている。それとは対照的に、ドロシーの細剣には迷いが無い。互角の対決を制したのは……ほんの少しの心の揺らぎだった。
「はあっ!」
ドロシーの細剣がジョナサンの横腹を貫いた。ジョナサンは致命傷を負いながらも長剣を振るおうとしたが、ドロシーは容赦なく彼の右腕と左足を刺す。大量の血が流され、ジョナサンは膝ついてしまう。
「ジョ、ジョナサン様が……!」
指揮官の敗北に、周りの反乱軍が慌てる。そしてその直後、無数の馬の足音が響く。
「総大将!」
小柄の少年が50人の騎兵を率いて現れた。トムが赤竜隊と共に俺たちを助けに来たのだ。
「反乱軍を掃討せよ!」
トムが号令すると、赤竜隊は無言で反乱軍に攻撃を開始する。数は敵より少ないが、赤竜隊は王国最強の騎兵隊だ。その威容に圧倒され、反乱軍は悪魔に追われるかのように敗走する。
「よくやってくれた、みんな」
戦いの勝敗は決まった。都市のどこでも火災は起きなかった。他の仲間たちも放火の阻止に成功したのだ。
俺は勇敢に戦ってくれた義妹の頭を撫でた後、ドロシーの方を見つめた。ドロシーは倒れているジョナサンを見下ろしていた。
「こ、公爵様……」
俺が近づくと、ジョナサンが震える声で俺を呼んだ。出血の量からして、彼はもう助からない。
「最期に言いたいことでもあるのか?」
「こ、この放火作戦は……」
ジョナサンが苦痛の顔で言葉を続ける。
「この放火作戦は……時間稼ぎです」
「何……?」
「放火作戦が成功するにしろ失敗するにしろ……連中が来ます」
俺は目を見開いた。まさかこれは……。
「この王国を……お守りください……」
ジョナサンは俺を見上げてそう言い残し、息を引き取る。
「レッド、今の言葉は……」
ドロシーが驚いた顔で俺を見つめる。俺は何か答えようとしたが、その時、誰かが「レッド君!」と叫んだ。
「レッド君!」
その誰かは白猫だった。白猫は全力で俺に走ってきて、困惑の顔で口を開く。
「大変よ! 港に……港に艦隊が集まっている! 正体不明の艦隊が!」
「……ついに来たのか」
俺は歯を食いしばった。ついにこのウルぺリア王国にやってきたのだ。大陸最強と呼ばれている、ルケリア王国軍……その先発隊が。




