第514話.戦いの覚悟
4月6日、反乱軍は東と西の城壁を放棄した。北が突破された以上、もう城壁に拘っている状況ではないと判断したのだ。
結局反乱軍は中央の本部に閉じ籠り、遠征軍は次々と都市の内部に進入した。東と西と北……3面から反乱軍を圧迫し、勝利まであと一歩となった。
自由都市コスウォルトは緊張に包まれた。次に遠征軍の攻撃が始まったら、この戦いは終わるかもしれない。兵士たちはもちろん、市民たちもそう思った。でも遠征軍の総指揮官は……この時点で更に慎重になった。
日が暮れた頃、俺は個人用の天幕でもう1度地図を見つめた。
「さて……」
敵の戦術に関しては、もう大体予想がついている。問題はそれをどうやって打破するかだ。
「……市民たちの命を優先するか、敵の撃破を優先するか」
俺はしばらく目を閉じて考えた。こういう時、指導者は自分で考えて自分で決めるべきだ。導いてくれる存在なんて、存在しない。
「へっ」
ふと頭の中に『隻眼の赤竜』が思い浮かんだ。あいつなら、こういう時に悩んだりしないだろう。市民たちの命なんて……あいつには何の意味も無い。
「レッド様」
天幕の外から誰かが俺を呼んだ。少女の声だ。俺が「入ってくれ」と答えると、1人の少女と護衛の騎士が入ってきた。
「ご無事で何よりです、レッド様」
薄い金髪の、人形みたいに美しい少女が笑顔でそう言った。そう、俺の天幕に入ってきたのはオフィーリアとその護衛のドロシーだ。
「ま、俺はもちろん無事さ」
俺は笑顔を見せた。
「お前の方こそ、ここ数日大変だったんだろう? グレゴリーが何度も奇襲してきたと聞いた」
「はい」
オフィーリアが頷いた。
「レッド様のご予想通り、放浪騎士グレゴリーが部隊を率いて3回も奇襲をしかけてきました。ですが、我がウェンデル公爵軍の騎士や兵士たちの活躍のおかげで……全部撃退することが出来ました」
そう言いながら、オフィーリアはドロシーの方をちらっと見た。ドロシーは無表情のまま何も言わなかった。
「よくやってくれた。流石だな」
俺は笑顔で頷いた。
「お前たちのおかげで、予定通り反乱軍を追い詰めることが出来た。このまま反乱軍の本部を陥落すれば、俺たちの勝ちだ。しかし……問題がある」
「はい、理解しております」
オフィーリアの顔が強張る。
「反乱軍本部の周辺には、多数の民家があります。レッド様はそこの市民の安全をご心配しておられると存じます」
「知っていたか」
「もちろんです」
オフィーリアが俺を凝視する。
「レッド様はとても優しいお方ですから。一般の市民が戦いの犠牲になることを極力避けようとなさるでしょう」
「いやいや……」
俺は苦笑した。
「以前から思ったけど、お前は俺について少し誤解しているな」
「誤解、ですか?」
「ああ。俺が市民の命を気にしているのは、別に優しさからではない」
俺は腕を組んで説明を続けた。
「市民の命は、この王国の国力に繋がる。市民たちが無意味に死んだら、それだけ国力が下がってしまう。俺はそんなことを避けたいだけだ」
「ふむ……」
オフィーリアが綺麗な瞳で俺を注視する。
「……理解出来ました。レッド様はご自身の優しさに気づいておられないのですね」
「へっ」
俺は笑って話題を変えることにした。
「とにかく、可能な限り市民の安全を守るべきだ。だが反乱軍は民家の中に兵隊を隠している。俺たちを混乱させるために、な」
「市民を盾にするなんて……とても許せない行為です」
オフィーリアの声に怒りが籠る。
「では、まず民家に隠れている反乱軍を迅速に叩く必要がありますね」
「ああ、俺も同じ結論だ。今回の市街戦は……少数の最精鋭部隊で行う」
俺は拳を握りしめた。
「俺の『赤竜騎士団』と『赤竜隊』、ハリス男爵の特殊部隊である『森林偵察隊』、ウェンデル公爵軍の誇る『北方の騎士たち』……遠征軍の最精鋭の戦士たちで、迅速に奇襲を行う」
「反乱軍が何か良からぬことをする前に制圧し、市民を守る。とてもレッド様らしい作戦だと存じます」
「確かに俺好みだな」
俺はニヤリとした。
「もうすぐ鳩さんが戻ってくるはずだ。彼女が市民の協力者から得た情報を基にして、作戦の詳細を決める」
「はい」
オフィーリアが頷いた瞬間、天幕の外から人の気配がした。
「噂をすれば何とやら、か」
俺はもう1度苦笑すると、3人が天幕に入ってきた。優しい雰囲気の女性と長身の美人、そして小柄の少女……鳩さんと猫姉妹だ。
「あら、オフィーリアちゃんもいたんだ」
白猫がオフィーリアに向かって軽く手を振った。オフィーリアは「お久しぶりです、皆さん」と挨拶した。
俺は鳩さんの方を見つめた。
「鳩さん。市民の協力者……ハンスから情報を得ることは成功したのか?」
「はい。白猫と黒猫のおかげで、無事にハンスさんと接触することが出来ました」
鳩さんが慎重な顔で説明を始めた。
「頭領様のお考え通り、反乱軍は多数の民家に兵隊を隠しています。その数は不明ですが、最低でも8百くらいだと推定されます」
「かなりの数だな」
「はい。反乱軍との市街戦が始まったら、その兵隊は市民に紛れてこちらを混乱させようとするはずです」
「それだけじゃないわよ」
白猫が口を挟んできた。
「反乱軍の連中、更に悪いことを企んでいるそうよ」
「……当ててみようか」
俺は無表情で言った。
「反乱軍の兵隊は……いざとなったら周りの民家に放火するつもりなんだろう?」
「どうして分かったの?」
白猫が目を丸くする。
「またレッド君特有の洞察力?」
「いや、そんなものではない。ただ……俺とグレゴリーは発想がどことなく似ているだけだ」
俺にはグレゴリーの考えていることが大体分かる。そしてそれは……逆も同じだ。
「レッド様」
オフィーリアが強張った顔で俺を呼んだ。
「民家に放火することが……反乱軍の作戦ということですか?」
「ああ、そうだ。グレゴリーは火計で俺たちを抹殺するつもりだ」
俺は淡々とした口調で話を続けた。
「グレゴリーの方も、俺たちの動きを大体予想している。『レッドなら市民の居住区に部隊を送って、市民を守ろうとするだろう。ならやつらを可能な限り誘き寄せて、居住区もろとも焼き尽くせばいい』……とな」
「そんな……!」
オフィーリアが驚愕した。
「そんなことすれば何千の……いいえ、何万の市民が命を落とすかもしれません! それなのに……!」
「戦争に勝つためなら、いくらでも残酷なことをするからな。グレゴリーみたいな人間は」
俺は少し考えてから、みんなの顔を見渡した。
「10人ほどの最精鋭で、反乱軍の後方に潜入する。そして反乱軍が民家に放火する前に接近し、やつらを排除する。市民を守るためには……それが最善だ」
「お姉ちゃんに任せて」
白猫が言った。
「まさに電光石火の速さを要する作戦なんでしょう? 元暗殺者の実力、披露してあげるわ」
白猫の瞳には強い闘志が宿っていた。そしてそれは黒猫も同じだ。俺は義姉と義妹に笑顔を見せた。
「ありがとう。でもお前たちにだけ任せるわけにはいかない。俺も出る」
「レッド君も参戦するのか。じゃ、負けるはずがないわね」
白猫が笑った。
「レッド様、その潜入作戦……ウェンデル公爵家もぜひ協力したいと存じます」
オフィーリアはそう言ってから、ドロシーの方を見つめる。
「ドロシー卿、頼めますか?」
「もちろんです、お嬢様」
ドロシーが即答した。
「この王国のためにも、反乱軍の好き勝手にさせるわけにはいきません。騎士の名誉にかけて、連中を阻止してみせましょう」
「頼もしいな、ドロシー卿」
俺が笑顔で言うと、ドロシーが冷たい眼差しで俺を眺める。
「1つ質問があります、ロウェイン公爵様」
「何だ?」
「まさかそっちの子供も……今回の潜入作戦に参加するのですか?」
ドロシーが黒猫を凝視した。俺はニヤリと笑った。
「それは本人に聞いてみようか」
俺は黒猫の方を振り向いた。
「黒猫」
「はい、頭領様」
「今回の作戦、かなりの激戦になるはずだ。お前が無理して参加する必要は無い」
「私は……」
黒猫は少し迷ったが、すぐ覚悟を決める。
「頭領様は……私に『人々を守る戦い』を教えてくださいました。私の力はそのためにあると……教えてくださいました。今こそ……その戦いをする時だと思います。だから私も……頭領様に力添えします」
黒猫は小さな声で言ったが、その闘志に揺るぎは無い。いや、むしろ……ここにいる人の中で最も真っ直ぐな闘志を見せている。
「……この子の実力なら、私が保証します」
白猫がドロシーに向かってそう言った。
「まだ子供だけど、この子は反乱軍なんかに負けたりしません。そして人々を守りたいという気持ちも……決して負けたりしません」
「……分かりました」
ドロシーが頷いた。
「よし、決まったな」
俺が頷いた。
「俺と赤竜騎士団、猫姉妹、ドロシー……この10人で反乱軍の後方に潜入する。作戦開始時刻は、明後日の夜明けだ」
仲間たちが頷いた。これで戦いの流れが決まった。




