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第512話.接戦と完勝

 反乱軍の奇襲を撃退し、遠征軍は自由都市コスウォルトを包囲した。1万に至る兵力によって、コスウォルトとその周辺の道路は完全に封鎖されたわけだ。


 そして4月2日から……遠征軍は本格的に都市奪還作戦を開始した。


「急げ! 資材を前方に運べ!」


 士官たちの命令に従い、遠征軍の兵士たちが手押し車を押しながら移動する。手押し車には丸太や鉄骨、歯車などが積まれている。


「うっしゃ!」


 手押し車が指定された場所につくと、兵士たちが素早く資材を降ろす。待機していた工兵隊がその資材を使って人工物を組み立て始める。てこの原理で岩石を飛ばす攻城兵器、トレビュシェットだ。


 兵力が多いだけあって、たった2日で12台のトレビュシェットが建造された。12台の巨大な攻城兵器はコスウォルトの城壁に向かって並び立った。なかなかの壮観だ。


「あの程度の城壁なら余裕で突破出来ます」


 赤髪の女戦士、カレンがそう言った。


「まず敵の兵器を制圧してから、トレビュシェットの攻撃を一点に集中させて城壁を崩し……そこから都市内に進入して白兵戦に移行します。酷い乱戦になるはずですが、それこそ我々『錆びない剣の傭兵団』の得意な戦いです」


「カレンがそう言うなら、間違いないだろうな」


 俺は満足げに頷いて、仲間たちと一緒にコスウォルトの方を見つめた。もうすぐあの都市に直接攻撃を仕掛ける。


「それにしても……5年前とは展開が違いますね」


 隣からレイモンがそう言った。


「5年前、南の都市で戦った時……ボスは市民たちを巻き込まないために、都市の外で敵軍を迎撃しました。しかしグレゴリーの反乱軍は都市の中に閉じ籠って我々に対抗しようとしています」


「確かにそこは違うな」


「やっぱりボスみたいな指導者は滅多に無いみたいです。戦乱の中でも市民を守るために戦う指導者は」


「いやいやいや」


 俺は苦笑いした。


「別に市民を守るために都市の外で戦ったわけではない。ただそれが最も効率的な戦術だっただけだ」


「そうですか?」


「ああ、当時の俺は義勇軍に頼っていたからな」


 俺は5年前の戦いを思い浮かべた。


「義勇軍の士気は想定より高かったが、訓練度と規律はあまりにも粗末だった。だから俺はわざと都市の外で陣取って、義勇軍を激励したんだ。『俺たちの後ろには守るべき街が、生活が、家族がいる。どれだけ敵が来ようとも、守るべきもののために戦うんだ』……とな」


 赤竜騎士団が笑顔で頷いた。みんな5年前の戦いを思い浮かべているのだ。


「正直に言えば、当時の俺は義勇軍なんてすぐ敗走するだろうと思っていた。しかし……彼らは俺の予想を遥かに上回り、見事に敵軍と戦ってくれた」


「確かに……自分もあの時は驚きました。戦士でもない、普通の市民たちにそんな底力があっただなんて」


 レイモンがゆっくりと頷いた。


「そう考えると、反乱軍がコスウォルトの民心を得ていないのは幸いですね」


「そうだな。市民たちが反乱軍に協力したら、都市奪還が極めて困難になるはずだ」


「戦いに強いだけではなく、自然に王国中の民心を得ている。やっぱりボスは特別な指導者です」


「へっ」


 俺は笑ったが、仲間たちは真面目な顔だった。


「あの……」


 その時、ゲッリトが手を上げた。


「俺、思ったんですけど……もしかしてこの都市にもあれがあるんじゃないんですか?」


「あれって……?」


「ほら、隠し通路ですよ! 隠し通路!」


 ゲッリトは興奮した口調で話した。


「南の都市にも隠し通路があったでしょう!? 女神教の異端が作ったあれ! もしかしてこの都市にもあるんじゃないんですか!?」


「その話か」


 俺は笑った。


「残念だけど、この都市の隠し通路はもう崩れているらしい」


「そう……なんですか?」


「ああ。出陣の前、異端の人間に連絡して確認したのさ」


 ヘレンさんのことだ。コスウォルトへ出陣する前、俺は彼女に手紙を送って隠し通路について聞いてみた。もしコスウォルトに異端の隠し通路があるのなら、戦闘に利用出来るかもしれないと思ったからだ。しかしヘレンさんは『コスウォルトの隠し通路はもう昔に崩れてしまい、異端の方でも放置しています』と答えてきた。


「俺にしてはいいこと思い出したと喜んだんですけど……」


 ゲッリトがため息をつく。


「5年前みたいに、隠し通路で敵を奇襲出来るかもと思ったのに……そう都合よくはいかないみたいですね……」


「まあ、信頼出来るのは結局俺たち自身の力ってことだ」


 俺は笑顔でそう答えた。


「総大将!」


 小柄の副官、トムが急ぎ足で俺に近づく。


「トレビュシェット部隊の準備が完了しました! いつでも攻撃可能です!」


「よし」


 俺は仲間たちの顔を一通り見渡した。


「みんな、持ち場で俺の合図を待て。作戦通り……今日中にあの城壁を突破する」


 仲間たちは一斉に「はっ」と答えて、各々の持ち場に移動する。


 今頃コスウォルトの東側と西側でも、同盟軍が攻撃を開始したはずだ。だが主力はあくまでも俺の軍隊だ。


 俺はコスウォルトの城壁を見つめた。俺の周りには4千の兵士が指示を待っている。俺が一言命令すれば、激戦が始まる。


 コスウォルトの城壁の上に集まっている反乱軍も、強張った顔で俺の方を注視している。緊張した空気が巨大な都市を覆ってゆく中……俺は口を開いた。


「トレビュシェット部隊に合図を送れ。攻撃開始」


「トレビュシェット部隊、攻撃開始!」


 トムが俺の命令を大声で復唱すると、隣の兵士が素早く真っ赤な旗を上げる。そしてトレビュシェット部隊が攻城兵器を操作して岩石を飛ばす。


「く、来るぞ!」


 城壁の上の反乱軍が叫んだ直後、巨大な岩石が空を横切って……連中に直撃する。鈍重な轟音と人間の悲鳴が交差し、『緊張の空気』が『戦争の狂気』に変わる。


「続けて飛ばせ! 止まるな!」


 12台のトレビュシェットは容赦無く岩石を飛ばし続けた。城壁の反乱軍もバリスタやカタパルトで反撃してくるが、連中の兵器は質も量も我が軍より下だ。時間が経てば経つほど、こちらが有利になっていく。


「うわあああ!?」


「た……助けてくれぇ!」


 空から降ってくる岩石の雨を受け続けた反乱軍は、やがて恐慌に陥る。味方の悲惨な死と巨大な岩石の落下を間近で目撃し、やつらの精神は壊れてしまう。戦争の狂気に呑まれてしまう。


「反乱軍の抵抗が弱まった。トレビュシェット部隊は城壁を狙え」


 戦場の変化を見て、俺は指示を下した。すると12台のトレビュシェットが城壁の一番弱いところに打撃を集中させる。そしてカレンの予想通り、コスウォルトの城壁はもろくも崩れてしまう。そもそもここは戦争用の城ではなく、城壁もそこまで頑丈ではない。


「城壁が崩れた! 『錆びない剣の傭兵団』、突撃開始!」


 最前線のカレンが叫ぶと、5百の傭兵隊も雄叫びを発してコスウォルトへ突撃する。他の部隊は彼らの突撃を援護するために、矢を飛ばしたり別方向の城壁を攻撃したりする。


「敵が、敵が入ってくる……!」


 反乱軍が慌てている間に、カレンの傭兵隊が素早く崩れた城壁に接近し……進入に成功する。この戦闘の勝敗が決まった瞬間だ。


「敵を阻止しろ! これ以上の侵入を許すな!」


 反乱軍の歩兵隊が急いで移動し、カレンの傭兵隊を阻止しようとする。両方は城壁の下の狭い空間でぶつかり合い、乱戦が始まる。


「反乱軍を蹴散らせ!」


「錆びない剣に栄光を!」


 だが狭い空間での乱戦なら、『錆びない剣の傭兵団』は正規軍すら凌駕する。全員軽装備だが、それだけに身動きが速い。片手剣や片手斧、そして小型盾を巧みに使って、近接戦で反乱軍を次々と倒す。数はたった5百だが、もうあの勢いは止められない。


「はあああっ!」


 特に副団長のカレンの剣術は、周りを圧倒している。野性的かつ効率的な動きで大剣を振るい、前に立ち塞がる敵を容赦無く斬り捨てる。しかも彼女の持久力は底が見えない。激しい乱戦が続いても、その気迫は増すばかりだ。


「無理だ……! これ以上は……!」


「た、退却……! 本部まで退却せよ!」


 カレンの率いる傭兵隊の活躍により、反乱軍は完全に戦意を失ってしまう。もう城壁を守ることは不可能と判断し、退却を開始する。


「我々の勝利だ!」


 カレンが城壁の上に立ち、剣を掲げて宣言した。それを見て我が軍の兵士たちが勝鬨を上げる。見事なまでの完勝だ。


「さて……」


 みんなが喜びの歓声を上げている中、俺は冷静に次の戦略を考えた。もう残っているのは……都市の奥にある反乱軍の本部だけだ。

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