第50話.6つ目のボス……か
俺は組織員たちを鍛錬させながら……『夜の狩人』の暗殺者と、そいつを雇った『黒幕』について考えてみた。
俺が暗殺者と戦った時点から、当然黒幕も俺の存在に気付いたはずだ。そして少し調べれば、俺がロベルトやビットリオと手を組んだことも分かるだろう。
つまり黒幕は『ロベルト』、『ビットリオ』、『レッド』……この3人が自分の敵だということを認識したはずだ。しかし……誰にも暗殺者を送ってこない。
何故だろう? 絶対失敗しない暗殺者を派遣すれば、簡単に敵を始末できるはずなのに……何故そうしないんだろう?
尻尾を掴まれることを恐れて、しばらく静かにするつもりなんだろうか? 次の計画のための準備をしているんだろうか? いや、単に暗殺を依頼するお金が足りないのかもしれない。爺の話によると、本当に莫大なお金が必要らしいから。
どちらにしろ、『夜の狩人』の暗殺者が俺を狙ってほしい。ロベルトとビットリオも防備を固めているが……正直危ない。やつを確実に止められるのは俺しかいないのだ。どうにかして俺を狙うように仕向けたい。
「レイモン」
「はい」
「ここは任せた」
「分かりました!」
午後になり、俺は組織員たちの指導をレイモンに任せて格闘場に向かった。ロベルトと情報を交換することになっている。俺の方は爺からの情報を待つだけだが、ロベルトなら何か掴んだのかもしれない。
格闘場はロベルトの部下でいっぱいだった。しかもみんな武装している。暗殺者に狙われる可能性が高いから当然のことだけど。
事務室に入ると、そこにも数人の護衛が配置されていた。ロベルトは俺の姿を確認して護衛たちを外に出した。
「慎重だな」
「はい、腕っ節にはあまり自信がありませんから」
ロベルトが恥ずかしそうに笑った。
暑い夏なのに、事務室の窓は閉じられていた。外からの狙撃を防ぐためだろう。
「何か情報を掴んだのか?」
「いいえ……ラズロと女の周りを調査しましたが、何もありませんでした」
ロベルトが首を横に振る。
「ただ……女の身分を証明する書類は、全て偽装されたものだったと判明しました」
「やっぱりただの娼婦ではなかったんだな」
「鼠の爺さんの話通り、工作員だったんでしょう」
『夜の狩人』から派遣された女の工作員……しかも彼女は『夜の狩人』の仲間に殺された。恐ろしい連中だ。
「……結局黒幕に関する情報は『お金持ちだ』ということだけか」
「はい。しかし……お金持ちなのは確かですが、貴族ではない気がします」
ロベルトが慎重な口調で話した。
「こういう話はちょっとあれですが、貴族なら自分の領地の犯罪者を使って人体実験を行うとか……とにかくもっと安全で簡単な方法があるはずです。でも黒幕はこの都市の貧民を実験に使いました。つまり……」
「お金はあっても、表に立って行動するほどの権力はない……ということか」
「はい。平民、または裏社会の人間である可能性が高いです」
この『南の都市』は言わば『自由都市』だ。貴族によって統治されているわけではなく、王室から派遣された官吏が統治する。ある程度の自由が保障されているからこそ、活気溢れる商業都市に発展できたわけだ。
だが……『黒幕』はその自由の隙を狙って薬物を流通させ、人体実験を行ったのだ。
「貴族ではなく、お金持ちの平民なら……この都市に住んでいるかもしれない」
「私もそう思っています」
「もしかしたら道端ですれ違った可能性すらあるな」
俺は想像してみた。極めて普通の、どうみても善良な市民にしか見えない『黒幕』の姿を。
「だからこそ、この都市をもう少し細かく調査したいんですが……」
ロベルトが顎に手を当てる。
「私とビットリオさんの組織だけでは、どうしても目が届かない場所がいくつかあります」
「他の組織たちが管理している場所か?」
「はい」
ロベルトとビットリオはそれなりに大きい組織のボスだが、この都市全体を掌握しているわけではない。他にも有力な組織がいくつかある。
「それで私とビットリオさんは……この件を『総会』に報告しました」
「『総会』?」
「はい」
ロベルトが頷く。
「この都市には無数の組織が存在しますが、その中でも特に強い影響力を持っている5つの組織があります。その5つの組織のボスたちの会議が『総会』です」
「なるほど」
「私とビットリオさん、そして他の3人が協力すれば……この都市を隅から隅まで調査できます」
俺は頷いた。確かに今の時点では一番有効な方法だろう。
「実は、その総会が今夜開かれることになっています」
「そうか」
「レッドさんも是非いらしてください」
「俺?」
俺は眉をひそめた。
「俺の組織はたった7人だけなんだが」
「いいえ……」
ロベルトが俺の顔を凝視する。
「今回の件、レッドさんの力がなければ解決できません。私もビットリオさんもそう思っています。だからこそ6つ目のボスとして……総会に参加して頂きたいです」
「……分かった」
あの暗殺者を俺の目の前まで誘き出す必要がある。総会の協力を得れば、それが可能になるかもしれない。頭の中に暗殺者の姿を浮かべながら……俺はそう思った。




