第509話.時代の変化
3月26日の正午……休憩中の遠征軍に、ある部隊が接近してきた。遠征軍の兵士たちは緊張したが、幸いそれは味方だった。
「総大将!」
白色の軍馬に乗ったトムが俺に近づき、報告を上げる。
「ダニエル卿が部隊を連れて帰還しました! このまま反乱軍駆逐に同行したいと言っています!」
「ダニエルが戻ってきたか」
俺は満足げに頷いた。
ダニエルはカーディア女伯爵軍の現場指揮官であり、今回の東部遠征にも参加していた。そして昨年、俺は彼に南のロイス男爵領に行くように指示した。ダニエルは海戦の専門家でもあるから、ロイス男爵領で出没する海賊の退治を任せたのだ。
任務を無事に終えたダニエルは、冬が終わるまで現場で待機していた。そして俺がコスウォルトに向かって進軍すると、急いでこちらに合流したわけだ。
「トム、伝令を送ってダニエルに伝えろ。俺が直接聞きたいことがあると」
「はっ!」
トムが素早く伝令兵に指示を出し、30分くらい後、長身の男が現れた。一見端正な貴族に見えるが、実はかなりの実戦を積んできた軍指揮官……海賊狩りのダニエル卿だ。
「お久しぶりです、ロウェイン公爵様」
ダニエルが軍馬の上で丁寧に頭を下げる。俺は笑顔を見せた。
「無事に任務を終えたようだな、ダニエル卿」
「はい、ロイス男爵領での海賊駆逐を完了しました。そしてこのままコスウォルトの反乱軍駆逐にも参加したいと存じます。どうか同行をお許しください」
「もちろん許可するさ。あんたみたいな有能な指揮官がいてくれると助かるよ」
「ありがとうございます、公爵様」
ダニエルがもう1度丁寧に頭を下げた。
「ところで、ダニエル卿」
「はい」
「確かロイス男爵領はコスウォルトから割と近いんだろう? あんた、コスウォルトの反乱軍に関する情報を持っていないか?」
「……やはり公爵様にはお見通しでしたね。後でこっそりとお伝えするつもりでしたが……」
ダニエルがニヤリとする。
「はい。仰る通り、反乱軍に関する情報を掴んできました」
「言ってみろ」
「どうやら反乱軍は……都市内部に陣を構えるつもりのようです」
「やっぱりか」
俺が苦笑いすると、ダニエルが俺の顔を注視しながら話を続ける。
「反乱軍と言っても、連中は結局ただの盗賊の群れです。自分の経験上、盗賊の群れが都市を占拠すると……やることはいつも同じです」
「ああ、やつらは都市の市民たちを盾にするだろう」
「はい」
ダニエルが強張った顔で頷いた。そして俺とダニエルはしばらく沈黙した。春の風が気持ち良く吹いている中、俺たちは何も言わずにこれからのことを考えた。
やがてその沈黙の破ったのは、1人の少女だった。
「公爵様! 公爵様!」
後ろから呼び声がして、俺は驚いて振り向いた。するとまるで道化師みたいな服装の女の子が見えた。吟遊詩人、いや、吟遊詩人見習いのタリアだ。
「タリア、どうして……?」
「公爵様! 公爵様!」
タリアは必死に駆けつけてきて、俺を見上げる。そして両手を高く上げ、大げさに話を始める。
「公爵様! このタリアも連れて行ってください! 公爵様の戦いを直接拝見したいと存じます!」
「いや、連れて行くも何も……もうここまで来ているじゃないか」
俺は苦笑した。
「お前、どうやってここまで来た? 本部に残っていたんじゃなかったのか?」
「もちろん補給部隊の方々に頼んで、荷馬車に乗せて頂きました!」
「またその手かよ……」
俺がため息をつくと、タリアは両拳を胸の前でぐっと握る。
「このタリア! 東部地域に来たのはただ歌うためではありません! 公爵様のご活躍を直接目撃し、それをきちんと記録しておくためであります! 今回の反乱軍討伐、ぜひ私も連れて行ってください!」
「まあ、お前の創作欲は認めるけどな」
俺はタリアの顔を見つめた。
「お前を連れて行くことも出来る。だが……覚悟しておけ」
「か、覚悟でありますか!?」
タリアが目を丸くする。俺は「ああ」と頷いた。
「戦いは、決してかっこいい騎士たちの活躍ばかりではない。残酷で悲しいこともいっぱいある。特に今回の戦いは……大きな悲劇が起きるかもしれない」
タリアが強張った顔をする。
「お前が本当に戦いを記録したいんなら、そういう悲劇もちゃんと見なければならない。その覚悟は出来ているか?」
「……もちろんです!」
タリアはいつもの大げさな口調ではなく、真剣な態度で答えた。
「簡単に1人前の吟遊詩人になれるとは思っておりません。私は、戦いには何の役にも立ちませんが……せめて皆さんの戦いを世の中の人々に伝えたいです! そのためなら、私も皆さんと一緒に命を賭ける覚悟です! それが私の追い求めている吟遊詩人魂です!」
「……そうか」
俺はニヤリとした。本当に不思議な子だ。
「トム」
俺が呼ぶと、トムが「はっ」と答えて近づいてくる。
「タリアをシェラのところまで案内してやれ。黒猫もそこにいるはずだ」
「はい、かしこまりました」
トムがタリアを連れて道路の向こうに消え去った。それを見てダニエルが笑顔を見せる。
「本当に不思議ですね」
「確かに不思議な子だ。ま、吟遊詩人ってみんな不思議だけどな」
「いいえ、吟遊詩人のことではありません。自分が言っているのは、公爵様のことです」
「……俺?」
「はい」
ダニエルが頷いた。
「ロウェイン公爵様の力はまさに最強……自分が今まで見てきたどんな戦士をも越えています。ですが、公爵様は力だけの指導者ではありません。新しい王国を、もっといい王国を立てられる大きな器を持っていらっしゃいます。たぶんそれが……戦争で王国を疲弊させるだけの『黒竜』には無い強さでしょう」
「へっ……お世辞が上手いな、あんた」
俺は笑った。
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南への進軍を続けて、かなりの時間が経った頃……いきなり周りの空気が変わった。もっと正確に言えば……風から海の匂いがしてきた。俺も兵士たちも直感的に分かった。ついに到着したのだ。
「都市だ……」
先頭を歩いていた兵士が小さな声で呟いた。それをきっかけに、みんな前方を注視した。まだ距離はあるが……果てしなく広がる青い海、そして海に接している都市の姿が見えてきた。3月30日の朝のこどだった。
俺とオフィーリアの率いる本隊はもう一踏ん張り、力を入れて前進した。そして午後4時頃、都市のすぐ近くに辿り着いた。東部地域最大の経済拠点である、広大な自由都市……コスウォルトが目の前にある。
「……似ているな」
俺はニヤリと笑った。自由都市コスウォルトは……俺が最初に挙兵した『南の都市』に似ている。巨大な港があり、都市全体がまるで大きな市場みたいな感じだ。一応低い城壁に包まれてはいるが、あまり軍事拠点には向いていない。ここは徹底的に商業だけが発達している都市なのだ。
「本当に似ていますね」
隣からレイモンが言った。仲間たちも俺と同じことを考えていたわけだ。いや、仲間たちだけではない。南の都市からずっと戦ってきた古参の兵士たちも……同じことを考えている。多くの店が並んでいて一見無秩序に見える街、絶えずに吹いてくる海風、遠くに見える海辺……どこをどう見ても『南の都市』にそっくりだ。
17歳の頃、俺は南の都市で挙兵した。都市の経済力を狙ってきたホルト伯爵の大軍に対抗し、寄せ集めの部隊と義勇軍で戦った。そして5年という年月が流れた今……再び自由都市で戦うことになった。しかも今回は……俺の方が攻撃する側だ。




