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第507話.乱世と幸せ

 出陣の前日、俺は側近たちと一緒に夕食を食べた。決戦を前にして士気を上げるためのパーティー……とかではない。ただいつも通りの、仲間たちとの食事だ。


 作戦室を臨時宴会場にして、一緒にテーブルに座り、一緒に食べ物を食べながら話し合う。そしていつの間にか歌の大会が開催され、1人ずつ歌い始める。いつも通りで、何も特別なことは無いけど……楽しい時間だ。


「ボス! ボスも1曲歌ってください!」


 ゲッリトが声を上げると、みんな俺に向かって拍手する。俺は内心苦笑いしながらも席から立ち上がった。


「君のためなら……俺はどこまでも……」


 俺は1番歌い慣れている曲を歌った。戦場の兵士が故郷の恋人に思いを送る曲だ。歌詞も音律も単純だが、それだけ共感しやすい。


「だから待っていてくれ……俺の帰還を……」


 俺が歌い終えると、みんなまた拍手する。俺は内心安堵のため息をついた。


 大会といっても、ここには勝ちも負けもない。敢えて言うなら楽しんだ者が勝ちだ。歌の上手いエイブも、歌の下手なトムも……自分なりに楽しんでいる。


 俺の義妹、黒猫も同じだ。シェラが「次は黒猫ちゃんの番だよ」と指名すると、黒猫は少し戸惑いながらも立ち上がり、歌い始める。


「空の向こうまで……小鳥たちは羽ばたき……」


 黒猫の歌も以前より上手くなっている。それに何よりも……本人が楽しんでいる。その楽しみが周りに人々にもちゃんと伝わり、みんな自然に笑顔になる。


「小さながらも……風を切って羽ばたき……」


 やがて黒猫が歌い終えると、俺も含めてみんな強く拍手した。黒猫は「……ありがとうございます」と小さく言って席に座る。


 そして仲間のみんなが一通り歌った時、ジョージが手を挙げた。


「え……実は皆さんに話したいことがあります」


「何だい、ジョージ? もう1曲歌いたいのか? お前の歌はただの騒音なんだよ」


 ゲッリトが笑ってそう言った。ジョージは「うるさいぞ、ゲッリト!」と怒鳴ってから、話を再開する。


「その……実は……リアンから手紙を貰いました。無事に……生まれたようです。男の子です」


 臨時宴会場は一気に静かになった。そして数秒後、約束でもしたかのようにみんな激しく拍手し出した。


「素晴らしい!」


「おめでとうございます、ジョージさん!」


 仲間たちが一斉に歓声を上げた。ジョージは赤面になり、恥ずかしそうに後頭部を描いた。


「そうか。本当に良かったな」


 俺も笑顔で何度も頷いた。レイモンに続いて、もう1人の仲間が父親になったのだ。


「名前はもう決めたのか?」


「は、はい。男の子が生まれた場合は……『アロン』という名前を付けると……リアンと話しました」


「『アロン』か。いい名前じゃないか」


「ありがとうございます、ボス」


 ジョージが笑った。彼の瞳には涙が溜まっていた。


 俺たちはみんなでジョージをお祝った。戦乱が続いている、この混沌の地でも……俺たちは希望を抱えていた。


---


 食事が終わり、みんな自分の部屋に戻った。何しろ明日の朝は出陣だ。ちゃんと寝ておくべきだ。


 でも俺は夜遅くまで寝なかった。自分の小屋のテーブルに座り、地図を眺めながら作戦をもう1度検討した。1万人の兵士の命が……俺の判断にかかっている。


 ふと誰かが小屋の扉を開けて、中に入ってきた。俺はその誰かの正体がすぐ分かった。


「レッド」


「シェラか」


 俺は婚約者の顔を見つめた。普段着姿のシェラはいつ見ても可愛いし、健康的な体型が色っぽい。


「寝ていなかったのか?」


「レッドこそ、こんな時間まで作戦を考えていたのね」


 シェラは笑顔で歩いてきて、俺の隣に座る。


「……時々思うけど、レッドって意外と真面目だよね」


「意外って」


 俺が笑うと、シェラも笑った。


「だって、いつもは『俺は自分勝手にやる』とか言うくせに……大事な戦闘の前には夜遅くまで作戦を考えているからね」


「だから俺の声を真似するな」


 俺はもう1度笑った。


「……まあ、俺だってもう少し自分勝手にやりたいんだ。でもまだ乱世が続いているからな。乱世にて自分の義務を疎かにする指導者は……排除される」


「指導者の義務、ね……」


「ああ、別に俺だけではない。ウェンデル公爵も、コリント女公爵も、アルデイラ公爵も、そしてルケリア王国の黒竜も……最後の勝者になるために必死に闘争を続けている。そんなやつらに勝つためには、俺だって必死になるさ。それに……」


 俺はテーブルの上の地図に視線を戻した。


「可能なら、1人でも多くの兵士を生還させたい。人が無意味に死ぬのが戦争というものではあるが……可能な限りそんなことは避けたいんだ」


「……そうだよね」


 シェラが頷いた。そして俺たちはしばらく沈黙の中で一緒に地図を眺めた。


「ジョージさんとリアンさんのことだけど」


 ふとシェラが沈黙を破いた。


「いろいろ大変なことがあったけど……あの2人が復縁して、子供が無事に生まれて……本当に良かったと思う」


「ああ、そうだな」


「レッドの言った通り、まだ乱世が続いているけど……こういう時こそ1人1人の幸せが大事なのかもしれない」


「同意する」


 俺は頷いた。


「こんなご時世だから、個人の幸せは軽く思われがちだ。だが……結局人間はみんな自分の幸せを掴むために生きている。それを忘れては……この王国も存在意義を失ってしまうだろう」


「うん。だから私も頑張って手伝うつもりよ。レッドの願いを実現させるために」


 シェラが俺の顔を凝視する。


「1人でも多くの兵士を生還させて、1人でも多くの人を幸せにする。それがレッドの願いなんでしょう? だって、レッドは……この王国の救世主だから」


「へっ」


 俺は笑った。そして俺とシェラは沈黙の中で……互いの手を取り合い、一緒に時間を過ごした。


---


 王国歴539年3月10日、1万に至る兵士が遠征軍本部から出陣した。


 遠征軍の編成は以前と同じだ。先鋒部隊はハリス男爵が、本隊は俺とオフィーリアが、後方部隊はリオン卿が指揮した。


「隊列を維持し、前進を続けろ!」


 各部隊の士官たちが督励する中、兵士たちは道路を進んで南に向かった。目的地は……もちろん『自由都市コスウォルト』だ。


 道路の状態はかなりいい。オフィーリアの率いるウェンデル公爵軍が整備して置いたおかげだ。これなら大形荷馬車も難なく進むことが出来る。


 先鋒部隊が道の安全を確認し、本隊が進み、後方部隊が補給線を維持する。遠征軍は高い士気と規律を保ちながら進軍を続けた。


 そして3月12日の正午……休憩のために進軍が止まった時、鳩さんが俺に報告を上げた。予想通り……アルデイラ公爵が公式宣言を行ったという報告だった。


「『レッドの王都統治は不当だ。しかも今度は東部地域を手に入れるつもりだ。そんなレッドの暴虐を止めて、正義を成すために……勇気ある者は力を貸してくれ』……か」


 報告書を読んで、俺は苦笑いした。


「いかにもアルデイラ公爵らしいな。自分の都合のいいことばかり喋ってやがる」


「はい、仰る通りです」


 鳩さんが笑顔で頷いた。


「ですが、アルデイラ公爵の公式宣言が広まると同時に……多くの領主も宣言をしました。ロウェイン公爵様を支持するという宣言を」


「みんな、ちゃんと約束を守ってくれたようだな」


 俺は満足げに頷いた。


「今頃アルデイラ公爵は慌てているはずだ。自分の宣言によって、逆にこちらが団結するようになったからな」


「はい」


「後は実力行使だけだ。誰がこの王国の頂点なのかを……力で示す」


 王国最悪の陰謀家であるアルデイラ公爵も、今度こそ本当に袋の鼠だ。自由都市コスウォルトで……やつとの最後の決戦が俺を待っている。

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