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第506話.道を示す

 午後1時頃、やっと訓練が終わった。遠征軍の兵士たちは解散し、本部の兵舎に戻って食事と休憩を始める。彼らの顔は明るい。もう今日の日課は終わったし、残りの時間はゆっくり出来るのだ。


 しかし兵士たちとは違って、指揮官たちの日課はこれからだ。体を洗って食事をした後、各部隊の指揮官及び俺の側近は全員作戦室に集まった。


「みんな集まったか」


 俺は円卓に座っている仲間たちの顔を見渡した。遠征軍の指揮官たち、赤竜騎士団、カレン、トム、猫姉妹、鳩さん……総計16人が俺を見つめている。


「じゃ、早速本題に入ろう」


 静かな会議室の中に、俺の声だけが響き渡る。


「……みんな知っている通り、今回の遠征の目的は『東部地域の秩序を回復させること』だ。その目的を果たすために俺たちは様々な状況と戦ってきた」


 仲間たちは息を殺して俺の話に集中する。


「盗賊の駆逐、戦争被害の復旧、紛争の調停、難民の救済……本当に出来る限りことをやってきたわけだ」


「……かなりの成果だよね」


 シェラがそう言った。


「私たち、まだ遠征を始めて1年も経っていないんでしょう? もう東部地域のこちら側はかなり安定したと聞いたよ」


「はい、その通りです」


 鳩さんが口を開いた。


「シェラ様の仰った通り、東部遠征軍の影響下にある地域はもう戦乱以前のように安定しています。経済はまだ停滞中ですが、それも今年から好転するでしょう」


「……だが、東部地域は広大だ」


 俺が腕を組んで言った。


「俺たちが安定させたのは、東部地域の4分の1に過ぎない。まだこの地の混沌は続いている。そして俺たちの前に……遠征の最大の敵が現れた。その名は『放浪騎士グレゴリー』だ」


 仲間たちの顔に緊張が走る。


「やつは反乱軍を率いて、自由都市コスウォルトを占拠している。しかもコスウォルトの経済力を吸収し、どんどん軍勢を拡張している。付近の盗賊の群れはもう全部グレゴリーに合流したみたいだ」


「グレゴリーの総戦力はどれくらいなんでしょうか?」


 レイモンが質問すると、また鳩さんが口を開く。


「昨年の12月、グレゴリーは5千の反乱軍を率いていました。そして現在彼の兵力は最低でも6千、最大7千くらいと推定されます」


「かなりの数ですね」


 レイモンが呟いた。常備軍7千ならもう大領主級の兵力だ。


「でも……あいつらって結局烏合の衆なんでしょう?」


 ゲッリトが言った。


「難民や盗賊の群れを集めて軍隊を作るとか……聞こえはいいけど、士気も規律もめちゃくちゃになると思いますが」


「いい指摘だ、ゲッリト」


 俺は笑顔で頷いた。


「今までの流れからして、グレゴリーはかなりの統率力を持っているはずだ。しかしそれでも短期間で盗賊の群れを精鋭部隊に変えることは不可能だ。数はそれなりに多いが……たぶん反乱軍の実際の戦闘力は、遠征軍の半分にも満たないだろう」


「じゃ、異変でも起きない限り……俺たちの勝利は確定ってことですね」


「……その異変が起きたのさ」


 そう言いながら、俺は白猫の方を振り向いた。すると白猫が明るい笑顔で話を始める。


「1週間前、私と黒猫ちゃんはレッド君の指示を受けて南に向かったわ。そしてコスウォルトに潜伏中の諜報部員に接触し、異変を確認したの」


「異変って何ですか、白猫さん?」


「それはね……逃走したアルデイラ公爵がグレゴリーと手を組んだことよ」


「……そんな!?」


 ゲッリトを含めて、仲間のみんなが驚く。


「まさか公爵ともあろう者が反乱軍と……いえ、盗賊の群れと手を組むとは。ますます許せない人ですね」


 ハリス男爵がため息交じりに言うと、みんな頷いた。


「ま、ある意味当然の流れさ」


 俺は淡々と言った。


「グレゴリーは軍事力を持っているが、結局反乱軍のリーダーだから正統性が無い。アルデイラ公爵は軍事力こそ無いが、王族の傍系という正統性がある。つまり互いに利用価値がある。しかも……」


 俺は微かに笑った。


「グレゴリーとアルデイラ公爵にとって、最大の敵はこの俺だ。俺を倒し、この王国の実権を握るためなら……やつらは何だってするさ」


「最悪のコンビってことね」


 シェラがため息をついた。


「でもこの際、あの2人をまとめて倒してしまえばいいんじゃない?」


「その通りだ」


 俺はニヤリとした。


「もうすぐアルデイラ公爵が公式宣言を行うはずだ。『これからレッド・ロウェイン公爵の暴政を断罪する。王国の未来を憂う者は、私の下に集え』という宣言をな」


「暴政……? レッドがいつ暴政を行ったの? むしろたくさんの人を救ってきたのに」


「大義名分ってそんなものだ」


 俺は笑顔で説明を続けた。


「先日も言ったけど……東部地域の支配層の中には、俺の東部遠征を嫌う者がたくさんいる。アルデイラ公爵はそういうやつらを集めて『反レッド軍』を結成する算段なのさ」


「つまり……ドレンス男爵領でやったことを繰り返すつもりなんですね」


 レイモンが頷いた。


「王国の現状や、王都の高官たちに不満がある者を集めて……ボスと戦うように仕向ける。アルデイラ公爵の狙いはそれなんですね」


「そうだ。しかもやつの後ろにはルケリア王国がある。ルケリア王国の侵攻を恐れる領主も……アルデイラ公爵の宣言に賛成する可能性がある」


「じゃ、敵が増えるってこと……!?」


 シェラが驚いて目を丸くする。いや、シェラだけではない。仲間たちはみんな……事態の深刻さに気づいて驚いている。


「ま、そう簡単にはさせないさ」


 俺は笑った。


「ドレンス男爵領でやつの計画に気づいた俺は、リックとカールトンに指示した。俺の計画を本部の鳩さんに伝えるように、な」


「レッドの計画?」


「東部地域の領主たちの協力を得る計画だ」


 俺が鳩さんを見つめると、鳩さんは笑顔で口を開く。


「頭領様の計画通り、東部地域の領主たちに一通り書信を送りました。アルデイラ公爵の狙いを説明し、協力を要請する内容の書信です。そしてその結果……多くの領主の協力を得ることに成功しました」


 その言葉に、仲間たちはもう1度驚く。


「具体的に言えば、遠征軍本部の近くの領主は全員……そして頑固で有名なベルス男爵とルイゼン男爵を含めて、東部地域の中央の領主もほぼ全員が協力を約束してくれました」


「つまり……東部地域の世論が味方になったわけだ」


 俺は円卓の上の地図を眺めた。


「俺たちの今までの戦いが、ついに実を結んだわけだ。遠征軍に助けられた領主はもちろん、その噂を聞いた人も……俺に協力すると決めた」


「じゃ、これからどうなるの……?」


「簡単なことさ」


 俺はもう1度仲間たちの顔を見渡し、説明を続けた。


「さっき言った通り、もうすぐアルデイラ公爵は『反レッド軍』を結成しようとするはずだ。でもやつが宣言すると同時に、多くの領主が『ロウェイン公爵を支持する』と発表する。それでアルデイラ公爵は……『東部地域の公共の敵』になってしまう」


 俺は笑顔を見せた。


「この東部地域に混沌が続いたのは、領主たちが互いに反目し合ってきたからだ。しかし『アルデイラ公爵という公共の敵』の出現により、やっとみんなが団結するようになった。俺の旗の下でな」


「じゃ、アルデイラ公爵の計画のせいで……逆に私たちが有利になったの?」


「そういうことだ。やつは東部地域の混沌を利用したが、おかげで俺たちの仕事も減った。残りの問題は……コスウォルトの反乱軍だけだ」


 俺は自分の赤い手のひらを見つめた。


「3日後、俺たちは自由都市コスウォルトに向かって出陣する。アルデイラ公爵と放浪騎士グレゴリーを撃破して、この地の混沌を終わらせる」


 俺が道を示すと、仲間たちの気迫が一層強くなる。そして彼らの力は……俺の力になる。武力を以て混乱を鎮める『覇王の力』に。

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