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第503話.過ちの認め

 その日の正午、俺と赤竜騎士団のみんなは指揮官用の天幕に集まり、一緒に座った。そして一緒に食事を取った。


 食事と言っても、食べ物のほとんどが軍用の携帯食料だ。固パンと干し肉と干し果物。とても『最高位の貴族たる公爵の食事』には見えない。でも俺たちは食事を楽しんだ。仲間たちと一緒だと、たとえ地獄のような戦場でも笑っていられる。


「それにしても……変な偶然ですね」


 食事の途中、ふとゲッリトがそう言った。


「ちょうどボスがこのドレンス男爵領を訪ねた時、反乱が起きたなんて」


「もちろん偶然ではないさ」


 俺は笑顔で首を振った。


「この反乱はアルデイラ公爵の罠だ。俺を狩るための」


「アルデイラ公爵の罠……?」


「ああ」


 俺はドレンス男爵領での出来事を簡単に説明した。


「……つまり、アルデイラ公爵はキーアンの協力を得てドレンス男爵領に隠れていたのさ。そして俺が来るのを待ち、罠を張っていたんだ」


「あの野郎……いつも汚いことばかりしやがって」


 ゲッリトを含めて、仲間たちの目に怒りが宿る。


「では、アルデイラ公爵は今キーアンと一緒なんでしょうか?」


 リックが質問してきた。俺はまた首を横に振った。


「俺の予想が正しければ、アルデイラ公爵はもうキーアンを見捨てたはずだ」


「また逃走したってことですか?」


 ゲッリトが驚いて目を丸くする。俺は微かに笑った。


「心配するな。やつの次の計画も……大体予想がついている」


 俺は自分の赤い手のひらを見つめた。


「今度はアルデイラ公爵の計画を俺が利用する番だ。少し危険な賭けではあるが……勝てば東部地域を完全制覇出来る」


 そう言いながら、俺は拳を握りしめた。


---


 午後になり、俺は赤竜騎士団とドレンス男爵と連れて山を登った。そして指定された場所に向かった。


「あそこか」


 15分くらい山を登り、俺たちは目的地に到着した。女神の石像が置かれている小さな空地だ。ここは近所の村人たちが祈りを捧げる、一種の聖地だそうだ。


 その小さな聖地に十数人の兵士が集まっている。そして兵士を率いているのは長身の中年男性だ。俺が近づくと、中年男性と彼の兵士たちは緊張し始める。


「俺はレッドだ。レッド・ロウェイン公爵だ」


 俺は笑顔で自己紹介した。すると長身の中年男性が1歩前に出る。


「お初にお目にかかります、公爵様。私はキーアン・ドレンスと申します」


 長身のキーアンは軽く頭を下げながら俺を注視する。白髪が多いけど、キーアンの顔には気迫と威厳がある。


「あんたが反乱軍のリーダーか。よくもやってくれたな」


「……公爵様ほどではありません」


 俺の冗談を、キーアンは軽く受け流した。


「今回の決起は、必ず成功するはずでした。戦略にも戦術にも隙はありませんでした。たった1つ……公爵様の力だけが想定を遥かに越えていたのです」


「そうかい」


「貴方の力を侮るつもりはなかったのですが……まさかこれほどとは」


 キーアンは微かに笑った。


「伯父上!」


 その時、ドレンス男爵が前に出る。


「もうこの山は完全に包囲されています。もう抵抗は無意味なんです、伯父上」


「コーナー、お前……」


「降伏してください。これ以上の犠牲を出さないためにも……!」


 ドレンス男爵が必死な顔で言った。キーアンは甥の説得を聞いて、また微かに笑う。


「これ以上の犠牲、か」


 キーアンは少し考えてから、俺の方を見つめる。


「私が……私たちが決起した理由をご存じですか?」


「王国の現状に不満があるからなんだろう?」


「左様です。この王国に対する不満、そして怒りは……簡単に消えるようなものではありません」


 キーアンの瞳に闘志が宿る。


「前回の大戦で、この東部地域が戦場になりました。私たちは必死に戦いました。この王国を守るために……多くの仲間が命を捧げました」


 俺とドレンス男爵は口を噤んで、キーアンの話を聞いた。


「結局戦争には勝ちましたが、東部地域は疲弊しました。元々豊かではなかったせいもあって、治安も経済も地に落ちました」


 キーアンは深呼吸してから話を続ける。


「私は少しでも支援を受けるために王都に向かいました。当時の国王も『戦争が終わったら東部地域の再建を手伝ってやる』と約束してくれましたから。しかし……王都で私を待っていたのは、冷たい嘲笑でした」


 キーアンの闘志が怒りに変わる。


「王都の高官どもは、私にこう言いました。『そんな辺鄙な地域の再建なんか知ったことか。お前らの問題はお前らが何とかしろ』、と。それを聞いて私ははっきりと分かりました。このウルぺリア王国に……命を捧げて守る価値なんてなかったのです」


「……王都の高官どもが腐っていたのは、俺もよく知ってるよ」


 俺は頷いた。


「実際、王都でも暴動が起きそうになったからな。俺が腐敗の根源だったやつらは処刑して、やっと収まったけど」


「ふふふ」


 キーアンが笑った。


「あの憎たらしい財務官と法務官を処刑したことは、私も痛快に思いました。しかし……この王国に対する不信は、私たちの中に深く刻まれています」


 俺はキーアンの後ろに並んでいる兵士たちを見つめた。彼らの顔は決意に満ちていた。


「こちらの兵士の中には、前回の大戦で家族を亡くした者が多いです。彼らの気持ち……公爵様はご理解出来ますでしょうか?」


「……意外と人望があるみたいだな、あんた」


 俺はニヤリとした。


「なるほど、あんたはこの地の人々の怒りを代弁しているわけか」


 人々は自分の心を代弁してくれる指導者を支持する。それはどこでも同じだ。


「ま、俺も別に全てを解決出来るわけではない。だが……少なくとも俺は、勇敢に戦った者たちを見捨てたりはしない」


 俺の言葉を聞いて、キーアンの怒りが弱まる。だがキーアンの気迫はまだ抵抗を続けようとしている。


「……公爵様の言葉は、どうも嘘には聞こえません。ですが……まだ貴方を信じることは出来ません」


「じゃ、あんたの腹心の話を聞け」


 俺は赤竜騎士団に合図を送った。すると赤竜騎士団は後ろに下がり、1人の男を連れてきた。巨体の猟師……エデュアルドだ。


「エデュアルド……」


「キーアン様」


 エデュアルドはしばらくキーアンを見つめてから、口を開く。


「自分はロウェイン公爵様と直接戦い、負けました。そして分かりました。ロウェイン公爵様は……決して力だけのお方ではありません」


 エデュアルドの言葉に、キーアンの瞳が揺れる。


「この地の人々の怒りさえも……ロウェイン公爵様なら理解してくださるはずです。それほどの器を持っていらっしゃるのです」


 エデュアルドは女神の石像に視線を移す。


「もしこの世に、本当に救世主が存在しているとしたら……それはロウェイン公爵様です。自分はそう思っています」


「……お前ほどの戦士がそこまで言うとはな」


 キーアンの瞳から怒りが消え去った。キーアンの兵士たちも、慌てる様子でエデュアルドを見つめる。


 しばらく沈黙が流れてから、キーアンは自分の兵士たちを振り向いた。


「聞け、同志たちよ。どうやら私の決断は……間違っていたようだ」


 キーアンは淡々とした口調で話した。


「私はこのウルぺリア王国に希望が無いと考えていた。しかしロウェイン公爵と直接話し、エデュアルドの言葉を聞いて……やっと分かった」


 キーアンが俺の方を振り向く。


「王国の希望は……この赤き公爵様だ。今後は彼の下で戦ってくれ」


 その宣言を聞いて、キーアンの兵士たちもエデュアルドも涙を流した。これでこのドレンス男爵領の反乱は……終わりを告げたのだ。


「公爵様」


 キーアンが疲れた顔で俺を呼んだ。


「最後に、公爵様に話しておくべきことがあります」


「アルデイラ公爵の件か」


「はい。彼は……私たちを囮にして、南へと逃走しました」


「だろうな」


 俺は笑顔で頷いた。


「アルデイラ公爵はもう次の計画を実行しているはずだ。これでこの東部地域の混沌も……収束していく」


 俺は女神の石像を見つめた。石像は慈悲深い表情をして、この地の人々を眺めていた。

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