第502話.選択
翌日の朝、俺はメイドのミラを呼び出した。そして彼女に真相を話した。彼女の夫、ルイの死の真相を。
「そんなことが……そんなことがあったのですね」
俺が話し終えると、ミラは悲しい顔で視線を落とした。
「夫は……ルイは生前よく言いました。やっとこの王国に救世主が現れたと。ロウェイン公爵様がいる限り、きっとこれからよくなるはずだと」
「そうだったのか」
「はい。夫は最期まで……公爵様のことを信じておりました」
ミラの瞳から涙が零れ落ちる。
「本当にありがとうございます、公爵様。私のような者との約束を守ってくださって。夫も……公爵様が自分の無念を晴らしてくださったことを知れば、きっと安らかに眠れるはずです」
「そうだといいな」
俺が頷くと、ミラは涙に濡れた顔で俺を見つめる。
「公爵様のご恩にどう報いればいいのでしょうか? 私は……」
「強く生きてくれ」
俺は即答した。
「これから先、強く生きるんだ。ルイの分まで。それが俺への恩返しだ」
「……ありがとうございます。やっぱり公爵様は……救世主です」
ミラは深く頭を下げた。
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午前中、俺とドレンス男爵は城から出陣した。今回の反乱を起こした張本人、キーアン・ドレンスを捕獲するための出陣だ。
「こちらです、公爵様」
「ああ」
ドレンス男爵の案内に従い、俺たちは東南の道路を進んだ。俺の騎兵隊とドレンス男爵の歩兵隊、総計5百人が整列して歩いた。
「キーアンの兵力は4百弱くらいだと推測されます」
軍馬の轡を並べて歩きながら、ドレンス男爵がそう言った。
「まだ数はそれなりに残っていますが、前回の奇襲戦で公爵様に敗北したせいで負傷者が多いと思います」
「しかもやつらは補給が途絶えて、士気が地に落ちているはずだ。もうまともに戦える状態じゃないだろう」
本来、キーアンは俺たちの後方を攻撃するつもりだった。しかし俺たちが城を奪還すると、やつは部隊を率いて姿を消してしまった。
「ついさっき帰還した偵察兵の報告によると、キーアンの部隊はやっぱり東南に向かったらしいです。このままルケリア王国の近くまで逃げて、亡命を試みるでしょう」
「或いは……俺たちへの反撃を狙っているかもしれない」
「反撃、ですか?」
「簡単に言えば待ち伏せさ」
俺はドレンス男爵領特有の高い山々を眺めた。
「山の奥に隠れて、俺たちが近づいたら奇襲を掛ける。キーアンにとって僅かな勝算でも期待出来る方法は、もうそれしかない」
「ですが、それは……」
「ああ、流石に無謀過ぎるさ」
俺はニヤリとした。
「そういう『奇策』が成功するためには、2つの条件が必要だ。1つは敵の油断を誘い、その意表を完璧に突くこと。2つは頼れる戦力の存在だ」
説明しながら、俺は純血軍馬ケールの頭を撫でた。ケールは嬉しそうに頭を振る。
「昨日、俺も『崖を登る』という奇策を使って勝利した。しかしそれは『勝利を確信して油断していた敵』と、あんたやレイモンといった『頼れる戦力』がいたおかげだ」
「そう……なんですか?」
「ああ、敵が油断していたからこそ俺の奇襲は成功する可能性が高まった。それにあんたやレイモンがいたからこそ、奇襲の成功後迅速に城内を制圧することが出来た」
俺はちらっと後ろを見た。そこにはレイモンと俺の騎兵隊が威風堂々に進軍していた。彼らは俺にとっては本当にかけがえのない、信頼出来る存在だ。
「……これらの条件が揃えば、『崖を登るという無謀な行動』も『ちゃんとした戦術的な行動』に変わる。後は……俺が必死に崖を登ればいいのさ」
俺は笑った。
「しかし現在のキーアンは、どの条件も満たしていない。前回の奇襲戦のせいでこちらはみんな奇襲を警戒するようになった。それにキーアンには他に頼れる戦力も無い。こんな状況下で『奇策による一発逆転』を狙っても……自滅するだけだ」
「なるほど……」
「ま、でも万が一ってことがある。油断せずに行こう」
「はい」
ドレンス男爵が頷いた。彼の顔には強い気迫が宿っている。今回の反乱でドレンス男爵は危機に陥ったが、これを突破すれば指導者として大きく成長するだろう。
そして進軍開始から3日目、俺たちはドレンス男爵領の外郭に辿り着いた。そこにも高い山々が並んでいるけど……今までとは何かが違う。
「進軍を停止せよ」
俺は部隊の進軍を止めて、前方の山に偵察兵を派遣した。2時間くらい後、偵察兵が戻って報告を上げた。予想通り……前方の山に敵の部隊が隠れているみたいだ。
「やっぱりキーアンは待ち伏せを狙っていたのか」
俺はニヤリとすると、ドレンス男爵が緊張した顔で口を開く。
「どうなさいますか、公爵様? このままキーアンの部隊を攻撃しますか?」
「それはあんた次第さ」
俺はドレンス男爵を見つめた。
「このまま戦ってキーアンを撃破することも出来る。でもその場合、キーアンの兵士たちはほぼ全滅することになる」
「それは……」
ドレンス男爵の顔に苦悩が広がる。キーアンの率いる反乱軍も……元々はドレンス男爵軍なのだ。自分の領地の人間を……必要以上に殺したくはないんだろう。
「……可能なら、キーアンに降伏を勧告したいです」
しばらく考えてから、ドレンス男爵がそう言った。
「これ以上の犠牲は、領民たちの悲しみが増えるだけです。可能な限り、犠牲は最小限に抑えたいと思います」
「そうか」
俺は頷いた。
「キーアンはもう風前の灯火だし、確かに降伏勧告も可能だろう。でもその場合……まずキーアンが逃げられないように、前方の山を包囲する必要がある。しかし……今の兵力ではちょっと無理だな」
5百の部隊では、山に通じる道路を完全に封鎖することは難しい。もたもたすればキーアンが逃走する可能性がある。
「それは……確かにそうですね」
ドレンス男爵が困惑な顔をする。反乱を終わらせるためには、キーアンを確実に仕留める必要がある。こちらも敵と交渉するほどの余裕は無い。
「……公爵様!」
その時、レイモンが軍馬に乗って俺に近づいた。俺は彼の方を振り返った。
「どうした、レイモン? 何か異変でも起きたのか?」
「異変と言えば異変ですが、朗報です」
「朗報?」
「はい、後方から味方が……仲間たちが現れました!」
レイモンが嬉しい笑顔で言った。その言葉通り、後ろから数百の騎兵隊が現れた。赤色の鎧を装備している最精鋭の騎兵隊……俺の『赤竜隊』だ。そして赤竜隊を率いているのは、5人の勇猛な騎士だ。
「ボス!」
5人の騎士は俺の前まで走ってきて、笑顔を見せる。ジョージ、ゲッリト、エイブ、カールトン、リック……俺の仲間たちだ。
「お前たち……来てくれたのか」
「もちろんですよ!」
ゲッリトが笑顔で言った。
「ボスに任された任務を終えて待機していたら、ドレンス男爵領で戦闘があったという知らせを受けました! だから急いで駆けつけてきたわけです!」
「ありがとう」
俺も笑顔を見せた。
「ちょうど必要な時に来てくれたな、お前たち」
満足気に頷いて、俺は前方の山に視線を戻した。2百の赤竜隊の到着によって、あの山を包囲することも可能になった。
「ドレンス男爵」
「はい、公爵様」
「あんたの望み通り、キーアンに降伏を勧告することも出来そうだ。ただし、やつが降伏を拒んだら……徹底的に潰すしかない」
「承知致しました」
ドレンス男爵が覚悟を決めた顔で頷いた。そして彼は即座に降伏を勧める手紙を書き、伝令兵に指示してキーアンに手紙を送った。その間、赤竜騎士団は山に通じる道路を全部封鎖した。もうキーアンは袋の鼠だ。
1時間後、伝令兵は戻ってきてドレンス男爵に報告を上げる。
「キーアンは交渉を望んでいます」
「交渉?」
「はい。領主様、そしてロウェイン公爵様と直接交渉したい……そう言っています」
その報告を聞いて、ドレンス男爵が俺の方を見つめる。俺は苦笑いした。
「やっぱりそう来るか」
「どうなさいますか、公爵様?」
「こうなった以上、1度話してみるのも悪くないさ」
「かしこまりました」
ドレンス男爵が再度伝令兵を送って、交渉を成立させた。場所と時間を指定して……これから反乱軍のリーダーと直接交渉するのだ。




