第49話.よく戦った
俺はシェラと一緒に街を歩いた。
「あんたと一緒に出掛けるなんて、何か面白い」
「面白い? 普通に歩いているだけじゃないか」
「いつも屋敷の中だったからね」
シェラが笑顔を見せる。
「外ではずっとフードを被っているの?」
「ああ」
「暑そうね……」
俺は夏にもフードを被って自分の肌を隠している。まあ、確かに暑いけど……俺は暑さに強い方だ。別にそこまで問題ではない。
街の中は依然として平和だった。情報が統制されて、人々はまだ警備隊隊長が死んだことすら知らないのだ。まあ、知っても別に街の雰囲気は変わらないかもしれないけど。
「それにしても……」
街の中を眺めながら、俺は口を開いた。
「格闘場で戦うのが目標だったのか。普通の女の子の発想ではないな」
「あんたが言ったでしょう? 私には真剣勝負の経験が足りないって。だから……」
「なるほど」
真面目に強くなろうとしているんだな。まあ、確かにシェラもそろそろ実戦の経験を積んでいく必要がある。
「……でもそれだけじゃなく、単純に戦いたいという気持ちもあるんだろう?」
「うん、それもある」
「本当に好戦的だな」
「それはあんたも同じでしょう? 『気に入らないから王国を滅ぼしてやる』とか言ったくせに」
シェラが俺の声を真似してきて、俺はつい笑ってしまった。
「確かに反論はできない。俺も戦いが好きで好きでたまらないんだ」
「でしょう? 私たちって、ある意味お似合いかもね」
俺は少し驚いて、シェラの方をちらっと見た。シェラは素早く視線を逸らす。
「こっち見ないで。失言だった」
「何を恥ずかしがっているんだ」
「だからこっち見ないで」
シェラの態度に俺はもう一度笑った。
「何なら俺の女になれ。それなら恥ずかしがる必要もない」
「な、何言っているの!? ぶっ飛ばすわよ!?」
シェラが本気で怒り出して、俺は謝った。これは全部ゲッリトのせいだ。
やがて俺たちは港の近くの倉庫で足を止めた。そこは……『レッドの組織』の本拠地だ。
「ボス!」
俺が入ると、鍛錬していた組織員たちが挨拶してきた。しかし彼らは……俺の傍にいるシェラを見て驚愕する。
「ボ、ボス……そっちのお嬢さんは?」
レイモンがみんなの代わりに質問してきた。
「ロベルトの娘のシェラだ」
「初めまして、シェラと申します」
「は、初めまして」
組織員たちは硬直したまま動かない。男ばかりの空間に、いきなり女の子が入ってきたからだ。いくら格闘技に慣れている強者たちとはいえ……こういう場面ではみんな純粋だ。俺は内心笑った。
「何しているんだ? 鍛錬を続けろ」
「は、はい!」
やっと組織員たちが動き出し、鍛錬が再開される。
「へえ、凄いね。これがあんたの組織なんだ」
「みんな格闘場の選手たちだ。そこら辺の連中とは比べられないほど強い」
「凄い……」
シェラは目を輝かせて組織員たちの鍛錬を眺めた。
「ゲッリト、ちょっとこっち来い」
「はい!」
俺が呼ぶと、鉄の棒で筋肉を鍛錬していたゲッリトが駆けつけてきた。
「何事ですか?」
「お前……今からここにいるシェラと対決しろ」
「わ、分かりました」
ゲッリトは慌てながらも対決の準備をした。シェラも前に出て、真ん中の広い空間でゲッリトと対峙した。他の組織員たちの視線が彼女に集まる。
「ゲッリト、手加減は必要ない。いつもの同じく……真面目に戦え」
「はい!」
ゲッリトとシェラが同時に戦闘態勢に入る。
シェラは昔とは全然違う。無理矢理相手を攻撃したりしなく、距離を取って慎重に動こうとしている。
「はあっ!」
ゲッリトが先に打って出た。彼は女の子に慣れているというか、女の子の前だからって必要以上に緊張したりしない。それゆえシェラと戦わせたのだ。
「っ……!」
ゲッリトの激しい攻撃に、シェラは防御しながら後退る。頑張ってきた甲斐があって、彼女の防御は結構硬い。だが……。
「おらあああ!」
ゲッリトの回し蹴りがシェラの横腹に刺さる。そしてシェラがふらつくと、ゲッリトは容赦なく彼女の足を蹴って倒し……顔面を強打する直前に手を止める。
「勝負ありだ」
俺が宣言した。ゲッリトは手を伸ばしてシェラを助け起こした。俺はシェラに近づいて彼女の顔を覗いた。
「大丈夫か?」
「……だ、大丈夫。まだ戦える」
シェラは平素を装ったが、結構衝撃を受けたに違いない。
「無理するな。次の戦いは、完全に回復してからだ」
「……うん」
ゲッリトは俺たちの傍でとても申し訳なさそうな顔をしていた。俺が頷くと、彼は鍛錬に戻った。
俺とシェラは本拠地の隅に座って、組織員たちの鍛錬を一緒に眺めた。シェラは少し沈んだ顔だった。
「やっぱり……私はまだまだ弱いのかな」
「いや、よく戦った。さっきも話したけど、ここにいる連中は全員強者だ。格闘場の中でも、彼らの攻撃に少しでも耐えられるやつは多くない」
「うん」
シェラの目に挑戦心が戻る。
「次は……もっと耐えてみせる」
「それでいい」
俺は頷いて、組織員たちに視線を戻した。そしてあの夜の暗殺者を思い出した。
『レッドの組織』の中で、あの暗殺者に勝てるのは俺だけだ。レイモンなら少し対抗できるかもしれないけど……勝算はかなり低い。
やっぱりあの暗殺者は俺が止めなければならない。問題は……どうやってあいつを俺の目の前まで誘い出すか、その点だ。




