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第498話.乱戦を制する

 北へと進めば進むほど、周りの山は高くなっていき、道路は狭くなっていく。ここから先は人間の住む町なんか存在しない。ただただ広大過ぎる山脈が存在するだけだ。


 そんな僻地のど真ん中を、俺たちは黙々と進み続けた。慣れない地形、誰が敵なのか分からない状況、たった百という少数での進軍……そんな不安要素を抱えているのに、俺の騎兵隊は少しも揺るがない。総大将の俺に対する絶対的な信頼が……彼らの気迫を支えている。


 言葉には出さなかったけど、俺としてもこの進軍は危険な冒険だ。何しろ今は補給が不安定だ。人間の食べる携帯食料は十分だが、軍馬が食べる乾草はそろそろ限界なのだ。まだ冬だから道路の周辺には食べられる草も少ないし、補給用の荷馬車も空っぽになっていく。


 本来はドレンス男爵が補給物資を支援してくれる予定だった。しかし今までの流れからして、当のドレンス男爵が危険な状況に陥っている可能性が高い。一刻も早く彼を救出し、合流して戦うべきだ。俺はそう判断した。


「しかし、この時に内紛が起きたなんて……」


 隣からレイモンが呟いた。


「やっぱりアルデイラ公爵の策なんでしょうか?」


「もちろんだ」


 俺は無表情だ頷いた。


「陰湿な陰謀に関してなら、アルデイラ公爵はこの王国の誰よりも優れている。『レッドを排除してルケリア王国に降るべきだ』と人々を扇動することなんか、やつには造作もないことだ」


「でも……自分には理解が出来ません」


 レイモンが難しい顔をする。


「ルケリア王国の侵略に脅威を覚えるのは理解出来ます。でもそこからボスを排除するという結論に飛躍するなんて……どうしてそうなるんでしょうか?」


「先日、俺が話したじゃないか。この東部地域には……俺の東部遠征を嫌っている連中が多いと」


 俺はニヤリと笑った。


「俺は『東部地域の秩序を回復する』と宣言して、この遠征を始めた。しかし東部地域の支配層からすれば、俺の宣言が気に入らないのさ。『お前らの統治が間違っているから、俺が直してやる』という言葉に聞こえるからな」


「なるほど……」


 レイモンが大きく頷く。


「領民たちとは違って、支配層の中にはボスの遠征に不満を持つ人が多いのですね」


「そうだ。俺の力が怖くて、今までは誰もその不満を表に出さなかった。しかしアルデイラ公爵の扇動によって不満が表面化したわけだ。『余所者なんか要らない。俺たちには俺たちのやり方がある』ってな」


「ボスの説明を聞くと、確かにそう考える人もいそうです」


 レイモンが眉をひそめる。


「でも……余所者を嫌っているのに、ルケリア王国の支配は受け入れようとするなんて……何か矛盾していませんか?」


「それはたぶん、ルケリア王国に対する恐怖のせいだ」


 俺は顎に手を当てて、自分の推測を述べた。


「前回の大戦で、この東部地域はルケリア王国軍によって深刻な被害を受けた。結局領土は奪われなかったが、あの時のことは東部地域の人々にとっては大きな恐怖となっているはずだ。『またルケリア王国に侵攻されたら、今度こそ終わりかもしれない』……東部地域にはそういう認識が広まっているとみた」


 そう言いながら、俺は後ろのエデュアルドをちらっと見た。彼は何も言わなかった。


「……東部地域の支配層は、今まさに選択の岐路に立っている。『レッドに味方するか、それともルケリア王国に味方するか』……その運命の選択にな」


「そしてドレンス男爵はボスの方を選び、裏切り者はルケリア王国の方を選んだわけですね」


「その通りだ。ルケリア王国が侵攻してきたら、実際に戦場になるのはこの東部地域だ。どちらかを選択するしかないさ」


 そんな会話をしている内に、どんどん周りが暗くなっていく。冬の日没は早い。本格的に夜になる前にドレンス男爵と合流するべきだ。


「……レイモン」


「はい、承知しています」


 30分くらい後、俺とレイモンは同時に戦闘態勢に入った。巨大な山に隠れて見えないが、前方から微かに戦闘の音がした。俺の騎兵隊もすぐに気づいて、指示しなくても全員戦闘態勢に入る。


 俺たちは速度を上げて戦場に向かった。そして山と山の間の道路を大きく曲がった時、戦場が目の前に広がった。


「早く敵を蹴散らせ!」


「全力で領主様を守れ!」


 薄暗い空の下で、2つの部隊が乱戦を繰り広げていた。どちらもドレンス男爵軍の旗を掲げている。ドレンス男爵と裏切り者が戦っているのだ。


 激しい乱戦のせいで、味方と敵の区別が難しい。しかも空が薄暗くて視界も悪い。こういう時、無暗に突撃したら味方まで被害を受ける恐れがある。


「西の連中が敵だ。レイモン。迂回して側面を叩く」


「はっ!」


 俺とレイモン、そして百の精鋭騎兵隊は接戦を避けて、慎重に迂回した。うっかり味方を攻撃しないように、そして……敵の中核を一気にぶっ潰すために!


「……突撃」


 敵部隊の側面を捕捉した時、俺は淡々と命令した。そして真っ先に敵陣に突撃を仕掛けた。真っ黒な軍馬、ケールが喜びの鳴き声を上げて……俺はあっという間に敵兵士たちの真ん中に突っ込んだ。


「な、何だ……!?」


「あれは……!」


 薄暗い道路の向こうから、いきなり現れた巨漢を見て……敵兵士たちが驚愕する。俺は一瞬の迷いも無く大剣を振るい、敵兵士の首を斬り飛ばした。


「うおおおお!」


 鮮血が地面に降り注ぐよりも早く、俺は次の敵兵士を斬り捨てた。敵兵士たちは圧倒的な力の前で対抗も出来ずに、ひたすら倒れていく。


「化け物だ……! あ、赤い化け物が来た……!」


 血の匂いと悲鳴が広がり、敵はやっと俺の正体に気づく。しかしもう何もかも遅い。俺は慌てている敵兵士たちを容赦なく斬り捨て続けた。


「公爵様に続け! 赤竜の軍隊の力を見せてやれ!」


 好機を逃さずに、レイモンと騎兵隊が敵部隊を襲う。五分五分だった戦況が一気に変わり、裏切り者の部隊は一瞬で総崩れになってしまう。


「ぐおおおお!」


「はあっ!」


 俺とレイモンは先頭で殺戮を継続した。数ならまだ敵の方が数倍多いが、総崩れになったやつらなど何の脅威にもならない。四方八方に逃げ回る敵兵士を、俺たちが一方的に狩っていく。


「逃げろ! 逃げろ!」


「た、助けてくれ……!」


 俺たちの突撃から10分も経たない時点で、敵部隊は完全に壊滅状態になる。一部は武器を捨てて逃走し、一部は降伏する。もう戦闘は終わりだ。


「公爵様!」


 茶色の駿馬に乗っている男が俺に近づいた。この地の領主、ドレンス男爵だ。


「公爵様がどうしてここに……!」


「説明は後だ」


 俺は首を横に振った。


「部隊を収拾して南に向かう。今頃あんたの城も大変なことになっているはずだ」


「は、はい!」


 ドレンス男爵が急いで自分の部隊を収拾する。俺とレイモンも騎兵隊を再整備し、再び進軍する準備に入った。1日で2回も戦闘したのに、俺の騎兵隊はまだ気迫が残っている。大したことだ。


「公爵様、進軍の準備が終わりました」


「ああ、出発する」


 俺とドレンス男爵は各々の部隊を率いて南へ進んだ。もう周りは完全に暗くなっている。しかし止まっている余裕など無い。今は無理にでも進む時だ。

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