表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
536/602

第497話.大義と欲望

 2月17日、寒波が少しずつ治まる中……俺とエデュアルドはライモラ山脈から下山した。やっと高地帯から普通の地面に帰ってきたのだ。


「ふう」


 山脈の真下の平地に足を踏み入れて、俺は安堵のため息をついた。周りの環境が普通に戻り、俺の感覚も正常に戻った。


「自分の案内はここまでです」


 隣からエデュアルドが言った。


「では、公爵様。どうか……」


「止めは刺さない」


 俺は彼の言葉を遮った。


「あんたにはちゃんと裁判を受けてもらう。あんたが死ぬのはその後だ」


「……かしこまりました」


 エデュアルドは素直に頷いた。もう彼は全てを……自分の命も名誉も諦めている。


 俺とエデュアルドは山々の間を通る道路を歩いて、北へと向かった。北にはレイモンが部隊を率いて道路を封鎖しているはずだ。


 この領地にはアルデイラ公爵の協力者がいる。まだ正体は分からないが、そいつはエデュアルドに指示して俺を暗殺しようとした。その協力者がまた何かを仕出かす前に……一刻も早くレイモンと合流するべきだ。


「それにしても……素晴らしい風景だな」


 道を歩く途中、俺は微かに笑った。四方に雲を纏った山々があり、道路の隣には広い湖がある。透明過ぎる湖だ。美しい。


 俺たちは湖の近くで焚き火を作った。そして湖の水を沸かして食水を確保した。この作業だけで午前が終わり、正午になった。


「さて、腹ごしらえするか」


 地面に座って焚き火で体を温めながら、俺は携帯食料を食べた。エデュアルドも隣で少しだけ携帯食料を食べる。


「こんな風景を見ていると……」


 湖の方を眺めて、俺は口を開いた。


「人間たちの争いなんか小さく感じるんだよな。なあ、エデュアルド?」


 エデュアルドはしばらく無表情で湖を見つめてから、重々しく口を開く。


「……公爵様のことを救世主と呼んでいる人は多いです」


「そうか」


「本当に……本当にこの王国をお救いになるつもりですか?」


「まあな」


 俺は肩をすくめた。


「俺は新しい王国を作るつもりだ。そのためにはまずこの王国を守る必要がある。それだけだ」


 その答えを聞いて、エデュアルドはしばらく考えに耽る。


「しかし……もうすぐルケリア王国が来ます」


 エデュアルドが俺の方に視線を向ける。


「ルケリア王国の現国王、『黒竜』の率いる大軍は大陸最強だと言われています。大陸最強を相手に……果たして公爵様が勝てるのでしょうか?」


「なるほど、それがあんたらの大義名分か」


 俺は苦笑いした。


「『いくらレッドが強くても、ルケリア王国軍には対抗出来ない。だから今の内にレッドを排除して、ルケリア王国に降るべきだ。それがこの領地を守る唯一の方法だ』……そう唆されたんだろう? アルデイラ公爵とその協力者に」


 エデュアルドの顔が強張る。


「ま、普通と言えば普通のことさ」


 俺は席から立ち上がり、広い湖の景色を正面から鑑賞した。正午の日差しを反射して、湖は眩しく輝いている。


「王都の貴族たちも、今は俺が怖くて素直に従っている。だがもし俺がルケリア王国に負けたら、多くの貴族は我先にと黒竜の下につくはずだ」


 俺は笑った。


「確かにルケリア王国軍は強いらしい。黒竜は今まで様々な戦争に参加して、全部勝利したみたいだからな。しかもやつの兵力は俺より数倍多い」


「やっぱり……公爵様でも勝算は低いわけですね」


「まあな」


 俺は腕を組んだ。


「客観的な勝算を見れば、確かに俺の方が不利だ。だが……たとえ黒竜に負けたとしても、俺は諦めるつもりは毛頭無い」


「……と、仰いますと?」


「何度でも立ち上がってみせるさ。それが俺の師匠の教えだ」


 俺はニヤリとした。


「負けた時は、何が間違っていたのか、どうすればそれを補えるかを冷静に分析する。そして分析から得た知識を次の戦いで活用する。そうやって俺は諦めずに進み続ける」


「進み続ける……」


「ああ、俺はそれが楽しいんだ」


 俺は今までの戦いを思い返した。


「貧民から組織のボスに、組織のボスから都市の支配者に、そして伯爵に、公爵に……ずっと進み続ける。その過程が俺には楽しすぎる」


「王になられても……進み続けるつもりですか?」


「もちろんだ」


 俺は笑顔で頷いた。


「そもそも俺は権力者になりたくて戦っているわけではない。強くなるために進んでいたら、いつの間にか自然に権力者になっていた……そんなところだ」


「……ふふふ」


 エデュアルドが笑った。そしてその直後、どこか悲しい顔をする。


「もし自分が……もう少し早く公爵様に会っていたら……」


「戦友になったかもしれないな、あんたと俺は」


「はい」


 エデュアルドは項垂れて、地面を見つめる。巨体の猟師が……今はまるで子供みたいに小さく見える。


「自分は……この手で弟子を殺してしまいました。ルイを……」


「そうか」


「もう後戻りは出来ません。だから……」


 その時、俺とエデュアルドは同時に目を見開いた。微かだけど……北の方から音が聞こえてきたのだ。成人男性の雄たけび、そして鋭い金属音……これは戦いの音だ!


「ちっ!」


 俺は素早く鞄を拾って、北に向かって走り出した。エデュアルドも俺の後ろを走る。


 北に進めば進むほど、音が大きくなっていく。かなり激しい戦闘が繰り広げられているに違いない。そして湖沿いの道を抜けた瞬間、戦場が見えてきた。


「怯むな! 赤竜の旗にかけて戦うんだ!」


 山と山の間の、狭い平地……そこでレイモンの率いる騎兵隊が戦っている。数倍の敵軍に囲まれて奮戦している。


「はあっ!」


 不利な状況なのに、レイモンはまるで鬼神のように活躍している。彼の槍が生きているかのように動き、敵兵士の頭や首に穴を開ける。俺すら感嘆してしまう武勇だ。


「今だ、突撃を仕掛けろ!」


 しかもレイモンの活躍は武勇だけではない。騎兵隊の一部を下馬させて敵の進路を防ぐように指示し、その隙に敵の側面に突撃を仕掛ける。ちゃんと戦術的な動きだ。


 敵軍はちゃんと訓練されている上に数も多い。しかしレイモンの奮戦と戦術に圧倒されて、前進どころか後ろに下がりつつある。


「へっ」


 遠いところから戦場の状況を確認して、俺は安堵した。やっぱりレイモンを連れてきて正解だった。


「……た、退却! 退却だ!」


 敵の指揮官らしい人物がそう叫んだ。それで敵軍は負傷者を収拾し、西へと退却を開始する。レイモンは深追いせずに部隊を再整備する。


「レイモン!」


 戦闘が終わってから、俺はやっと戦場についた。厳しい山行の直後に全力で走ったせいで、流石に俺も疲れてしまった。


「ボス!」


 レイモンが急いで俺に近づく。


「ご無事ですか、ボス!?」


「ああ……見ての通りだ」


 俺は勇猛な騎士団長に向かって頷いた。


「それより……よくやってくれた、レイモン。数倍の敵を正面から退けるなんて。素晴らしい活躍だ」


「ありがとうございます。しかし、この事態は……」


 レイモンが深刻な顔をする。


「作戦通りに道路を封鎖していたら、いきなり襲撃されました。しかも敵は……ドレンス男爵軍のようです」


「ああ、そうだな」


 俺とレイモンは倒れている敵軍の遺体を見つめた。服装と装備からして、やつらはドレンス男爵の正規軍に違いない。


「まさかドレンス男爵に裏切られたんでしょうか?」


「いや、たぶん……この領地で内紛が起きたんだろう」


「内紛、ですか?」


「ああ」


 俺はエデュアルドの方を見つめた。エデュアルドは強張った顔で地面を見つめていた。


「ドレンス男爵の側近の中に、アルデイラ公爵の協力者がいる。そいつが俺の命を狙っているんだ」


 俺はライモラ山脈でエデュアルドから襲撃されたことを説明した。


「さっき敵軍を指揮していたやつこそが、アルデイラ公爵の協力者である可能性が高い。ま、それはともかく……早くここから離れるべきだ」


「自分もそう思います。南に進んで、一刻早くこの領地から離脱するべきです」


「いや、南じゃなくて北だ」


「はい?」


 レイモンが目を丸くする。


「北へ、ですか?」


「ああ。俺の予想が正しければ、ドレンス男爵も危険な目に遭うはずだ。可能なら彼を救出する」


「……いつもながら、ボスの行動は予想を越えていますね」


 レイモンが笑顔を見せる。


「かしこまりました。では、部隊を北へと前進させます」


「ああ」


「あの猟師の人はどうしますか?」


 レイモンがエデュアルドの方を指さした。


「捕縛しておけ。この事件の重要な証人だ」


「はい」


 レイモンが騎兵隊に指示して、エデュアルドを捕縛させた。エデュアルドは大人しく縄に縛られて、俺たちと同行することになった。


「ケール」


 俺が呼ぶと、巨大な黒色の軍馬が嬉しい顔で近寄ってくる。俺は愛馬に乗ってそのまま北へ向かった。レイモンと百の騎兵隊も俺の後ろを追って進軍を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ