第48話.アイリンとシェラ……上手く行くかな?
南の都市の郊外に出て、しばらく北へ進むと大きな屋敷が見える。犯罪組織のボスであるロベルトの屋敷だ。
俺はこの屋敷に頻繁に出入りしている。ロベルトの娘、シェラに格闘技を教えているからだ。しかし今日はいつもとはちょっと違う。何しろ今俺の傍には……アイリンがいる。
「あう……」
アイリンは少し緊張した顔だった。こんな大きい屋敷は生まれて初めてみたはずだから、無理もない。
「さあ、入ろう」
俺は左手で荷物を持ち、右手でアイリンの手を取り、屋敷に近づいた。すると門番がすぐ扉を開けてくれた。
「あう……!」
アイリンが目を見開いて、声を上げる。いろんな花々が咲いている美しい庭園に驚いたのだ。
俺とアイリンは庭園の中を歩き回った。正直花にはあまり興味がないけど……アイリンが傍にいると不思議にも楽しい。
「レッド!」
いきなり声が聞こえてきた。振り向いたらスカートを履いているシェラが立っていた。
「今日はどうしたの? しばらく授業は無いと言わなかった?」
「ああ、実は……」
「……え? そっちの子供は誰?」
シェラとアイリンの視線が交差する。
「まさかレッドの妹さん?」
「いや、外見からして違うだろう」
俺は笑った。
「こっちはアイリンだ。俺の……大事な存在だ」
「大事な存在って……レッドはそういう趣味だったの?」
「だから違うって」
もう一度笑ってから、俺はシェラに事情を説明し始めた。
「アイリンは爺と一緒に住んでいたけど……その爺が旅に出てしまってな」
「ふむ」
「それで今日からこの屋敷に預けることになったんだ。もうロベルトの許可ももらった」
「そうか……」
シェラがアイリンに近づいて手を伸ばす。
「私はシェラっていうの。よろしくね、アイリンちゃん」
アイリンは口を黙ってシェラの手を取り、握手した。
「実は、アイリンは言葉が喋れないんだ」
「あ……そうだったのね」
「でも文字は読めるし、頭のいい子だ。よろしく頼む」
「うん、任せて」
シェラはアイリンを連れて屋敷に入り、空き部屋まで案内してくれた。俺は部屋の隅に荷物を置いた。
部屋に入るとアイリンはすぐうとうとし始める。結構歩いたから少し休ませた方がいいだろう。俺はアイリンを残して、シェラと一緒に部屋を出た。
「あの子には優しいのね、レッド」
「さあな」
「ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「何でだ」
「さあね」
シェラが笑った。
「で、結局二人はどういう関係なの?」
「それが……」
俺はアイリンとの出会いを簡単に説明した。
「家族ではないけど、家族みたいな関係……と言えるかもしれない」
「そうか」
シェラが頷く。
「じゃ、あの子の実の家族は……どうなったの?」
「それは……知らない」
「え?」
「聞かなかったんだ」
俺は少し間を置いてから説明を続けた。
「貧民街の子供たちは、なるべく家族に関する話はしない。俺みたいにまったく記憶がないならむしろ問題ないけど……思い出したくない記憶を持っている場合も多いからな」
「そうか……」
シェラがしんみりした表情になる。
「だから敢えて聞かなかったんだ」
「それは理解できるけど……家族みたいな存在なら、やっぱり聞いてみた方がいいんじゃないかな」
「そうかもな」
「ごめん、ちょっと生意気な発言だったね」
「いや、いいんだ」
シェラの言うことも一理ある……俺は内心そう思った。
「大体の事情は分かったし、私が大事に預かってあげるわ。可愛い妹みたいだし」
「ありがとう」
俺が感謝すると、シェラの顔に微かな笑みが浮かぶ。
「ね、父さんもあんたも大変みたいだけど……何かあるの?」
「いろいろあるさ」
「詳しく説明する気はない?」
「すまないが、知らない方がいい」
「ふーん」
シェラが横目で見てきたが、この件に関しては本当に知らない方がいい。
それから俺たちは庭園のベンチに一緒に座って、他愛のない話を続けた。俺は主にシェラの話を聞く方だった。
「そう言えばさ」
シェラが俺の顔を凝視する。
「この間聞いた、あんたの目標なんだけど」
「ああ」
「それ……理解できなくもないかな、と」
シェラは顎に手を当てる。
「王国を滅ぼすってのはちょっと言い過ぎだけど……私も貴族たちはあんまり好きじゃないし」
「そうか」
「うん、それに自分を高めたいのは悪くないと思う。だからあんたの目標、私は認められる」
「お前に認められてもな」
俺は笑った。
「そういうお前の目標は何だ?」
「私の目標?」
俺の質問にシェラは悩み始める。
「そうね……強いて言えば、格闘場で戦ってみることかな」
「格闘場で?」
「うん」
「ロベルトがお前の参戦を許すはずがない」
「分かっている、そんなこと」
シェラは不満な顔になった。
「でも私は戦ってみたいんだよ」
「下手したら命まで危ない。いや、たとえ命が無事でも……鼻が折れたり、顔に傷がつくことは普通にあるぞ」
「そ、そんなこと怖くないから!」
「いや、怖がれよ」
俺は苦笑した。
「一応俺も格闘場の選手だ。俺と散々戦ったからいいじゃないか」
「あんたは強すぎるし、私の先生だから別」
「ややこしいな……」
ふといい考えが浮かんだ。
「そう言えば……俺以外の選手たちと戦う方法がある」
「本当? じゃ、早く戦わせて!」
「スカートを履いたまま戦うつもりか?」
「あ……着替えてくるね!」
シェラは素早く屋敷に入ってしまった。俺は苦笑しながらシェラを待った。




