第482話.対面
「こいつ……」
俺は隻眼の赤竜を睨みつけたが、やつは何の迷いもなく俺に近づく。
「俺が貴様の過去を見たように、貴様も俺の過去を見たんだろう?」
隻眼の赤竜がニヤリとする。
「もう貴様も理解しているはずだ。赤竜の本当の力を」
「赤竜の本当の力……」
「そう、俺と貴様は……人間の感情を吸収して自分の力に出来る」
隻眼の赤竜が自分の手を挙げて見せる。
「生憎だが、大悪魔が人間の世に降臨するためにはいろいろ制限がある。人間の形を借りなければならないし、本来の力も出せない。だが……1度降臨すればこっちのもんだ」
隻眼の赤竜は笑顔で拳を握りしめる。
「人間の世ってのは、いつの時代にも怒りと憎悪に満ちているからな。それを吸収すれば、人間の軍隊がいくら来ようとも皆殺しに出来る」
その言葉を聞いて、俺は今までの戦いを思い浮かべた。
激戦の途中、俺は不思議な感覚に包まれることがある。体の底から無尽蔵の熱が湧いてきて……俺という個人を超え、もっと大きな存在になったような感覚。俺自身がまるで太陽そのものになったような感覚だ。
やっぱりそれは……赤竜としての力だったんだろうか。
「しかし、貴様は余計なものを吸収し過ぎた」
「余計なもの?」
「怒りと憎悪以外の感情だ」
隻眼の赤竜が俺を嘲笑う。
「怒りと憎悪は、人間の持つ最も強い感情だ。言い換えれば、最も戦いに役立つ感情だ。だから赤竜はそれを餌にするんだ」
そこまで言って、隻眼の赤竜はいきなり拳を振るって俺を攻撃する。俺はギリギリやつの拳を受け止めた。
「くっ……!」
まるで大形馬車に轢かれたような衝撃を受けて、俺は後ずさった。
「どうだ? これが怒りと憎悪を吸収した結果だ。赤竜のあるべき姿だ。だが貴様は余計な感情を吸収し過ぎたせいで……赤竜として目覚めることに失敗した」
隻眼の赤竜が俺を睨みつける。
「別の世界の自分自身と戦えると聞いて、少しは期待したのに……とんだ期待外れだ」
「へっ」
俺は笑った。隻眼の赤竜は、俺とは違う理由でここまで来たのだ。こいつは……ただ強い獲物を探している。
「果たしてそれはどうかな? まだ俺とお前の勝負はついていない」
俺は拳を構えて、戦闘態勢に入った。
「ほぉ、この俺に歯向かうつもりか? やっぱり赤竜は赤竜だな」
隻眼の赤竜が笑顔を見せる。
「よかろう。なら力の差を分からせてやる」
隻眼の赤竜も戦闘態勢に入る。そしてほんの一瞬の沈黙の後……両者は互いに向かって突進した。
「「ぐおおおお!」」
俺と隻眼の赤竜は同じ声で気合を発し、同時に正拳を放った。2つの真っ赤な拳がぶつかり合い、重い衝撃が周りに広がる。攻城兵器が頑丈な城壁を叩いたような衝撃だ。でも俺と隻眼の赤竜は1歩も引かずに攻防を続けた。
「はあああっ!」
攻防の途中、俺は隻眼の赤竜の頭を狙って拳を振るった。人間の頭なんか1撃で粉砕出来る攻撃だ。だが隻眼の赤竜は左手で難なくその攻撃を受け止める。俺の拳がこうも簡単に防がれるなんて……初めてだ。
「へっ」
隻眼の赤竜は隙を逃さずに、俺に猛攻を加える。拳と蹴り、体当たりを連続で駆使して俺の防御を崩そうとする。
「ちっ!」
俺は歯を食いしばって、全力で守りに徹した。腕を交差して拳を防ぎ、蹴りを避けて、体当たりには体当たりで対応する。
「やるじゃねぇか」
隻眼の赤竜が笑った。この戦いが楽しいみたいだ。そしてそれは……俺も同じだ。最強の敵と戦うこの瞬間が……狂おしいほど楽しい!
「うおおおお!」
拳と拳が、蹴りと蹴りがぶつかり合う。轟音が響き渡り、地面に衝撃の痕跡が刻まれる。もう本当に化け物たちの闘争だ。
「どうだ、やっぱり楽しいだろう……!?」
隻眼の赤竜が拳で俺の顔面を攻撃する。右手でそれを受け止めると、今度は蹴りで俺の横腹を狙う。左手で受け止めたが、俺の体はそのままぶっ飛ばされる。
「俺も貴様も! 結局同じ赤竜だ! 強敵と戦う時こそが……生き甲斐なのだ!」
隻眼の赤竜は一瞬で俺に追いつけて、強烈な連続攻撃を放つ。
「くっ……!」
均衡が崩れたまま連続攻撃を受けて、結局俺の防御も崩れてしまう。鼠の爺が死んだ時と同じだ。
「ぐおおおお!」
隻眼の赤竜が俺の胸に向かって正拳を放つ。俺はその攻撃を予想し、後ろへ飛び下がったが……やつの方が1歩速い。
「がはっ……!」
胸を強打され、俺はかつてないほどの衝撃を受けた。口から血を吐くと、俺の気迫が大きく揺れる。
「それで死なないとはな」
隻眼の赤竜はニヤリと笑う。
「でもこれで分かっただろう? 今の貴様では俺に勝てない」
「……止めを刺さないつもりか?」
「もうそろそろ時間切れだ」
隻眼の赤竜がそう言うと、周りの風景が更に暗くなる。
「今の貴様の力では、黒龍の侵攻を撃退することも出来ない。余計な感情を捨てて、赤竜として目覚めろ。そして真っ白な山に……ベルンの山に来い。決着はそこでつける」
そう言い残して、隻眼の赤竜は消えてしまった。そして俺も夢から目を覚ました。




