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第474話.ある種の戦い

 遠征軍本部は、俺がいない間にもずっと増築と改修を繰り返した。おかげで今は臨時要塞とはいえ、それらしい軍事拠点と化した。


 午後2時頃……俺は遠征軍本部の北側に位置している木造建物に向かった。あれが指揮官用の作戦室だ。


 作戦室といっても別に大したことはない。大きな木造建物の中にテーブルと椅子、そして地図や本棚や暖炉などがあるだけだ。まあ、それだけで十分だ。何しろ作戦室の中には、信頼出来る俺の側近たちが集まっているのだ。


「公爵様」


 俺が入ると、席に座っていた側近たちが一斉に立ち上がる。シェラ、トム、赤竜騎士団、猫姉妹、鳩さん、カレン……合計12人だ。


「いらっしゃいましたか」


 立ち上がったのは側近たちだけではない。同盟の指揮官のオフィーリアとハリス男爵、リオン卿もいる。


「みんな、よく集まってくれた」


 俺は足を運んで、巨大なテーブルの真ん中の席に座った。すると他の人々も座る。


「派遣中のダニエル卿を除けば、これで全員か」


 俺はみんなの顔を見渡した。壁の暖炉から暖かい空気が流れてきて、作戦室の中を満たしていく。


「作戦について話し合う前に……まずハリス男爵の活躍を労いたい」


 俺がそう言うと、みんなの視線がハリス男爵に集まる。


「ハリス男爵はコンラド男爵領の盗賊たちを見事に撃退した。しかもその過程で、盗賊に捕まっていた領民たちも無事に救出した。その手腕は賞賛されるべきだ」


 人々がハリス男爵に拍手喝采を送った。


「いえいえいえ……」


 ハリス男爵は赤面になって後頭部を描く。


「別に私の手腕ではありません。森林偵察隊の手腕です。それより……」


 ハリス男爵が俺を見つめる。


「ついさっき聞きました! 公爵様がベルス男爵家とルイゼン男爵家の対立を終わらせたと! あの両家の対立は貴族社会でも有名なのに……一体どういう魔法を使ったのですか!?」


「魔法って」


 俺は笑った。


「まあ、なるべく簡単に説明するよ」


 俺はベルス男爵領であったことをみんなに説明した。ベルス男爵と彼の息子・パウルが対峙していたこと、俺がパウルを説得して計画を立てたこと、三者会談でベルス男爵家とルイゼン男爵家の決戦を指示したこと、決戦の前日にパウルとベルス男爵が決闘して両家の運命を変えたこと……。


「それでパウルは、一時的ではあるが和解の世論を引き出すことに成功した。そしてその期に俺が両家の和解協定を成立させたのさ」


 俺の説明が終わると、猫姉妹と赤竜騎士団とトム以外の全員が驚く。


「そんな……」


 シェラが目を見開いて俺を見つめる。


「でも……そんなことすればレッドが悪者になっちゃうんじゃない……?」


「それでいいんだ」


 俺は頷いた。


「両家の間には怒りと憎しみが溜まっている。それは短期間で消えたりしない。なら、俺が的になった方がいい」


「的って……」


「共通の敵がいれば、仲の悪かった両家も協力していくのさ。共通の敵が恐ろしければ恐ろしいほど協力も深まる。つまり俺がその役割を担うのが最善の手だ」


 俺は腕を組んだ。


「もちろんこれはあくまでも一時的な処置だ。しかし両家の若者たちなら、この機会を生かして両家の未来を変えていくだろう。俺もベルス男爵もルイゼン男爵も……その可能性にかけることにしたんだ」


「でも……レッドが悪く言われるのは……」


「もう何度も言ったけど、別にいいんだ」


 俺は首を横に振った。


「最初から俺は誰かに褒められるために戦っているわけではない。あくまでも俺の欲望のために戦っている。それに悪名が上がることも、決して悪いことばかりではない。敵が俺のことを更に怖がるからな」


「レッド……」


 シェラが沈んだ顔になる。


「ごめんね、遅れたとか怒っちゃって。レッドは……また多くの人を助けたんだね。自分が何を言われようとも」


 シェラの言葉に、ハリス男爵が大きく頷く。


「改めて感服しました! やっぱり公爵様は真の救世主です! 百年以上の対立を1ヶ月で終結させるなんて! まさに女神の奇跡です!」


「いやいやいや」


 俺はまた笑った。


「とにかく、総指揮官の俺が連絡も無しに1ヶ月も本部を空けたことは詫びよう。俺にしても自分勝手過ぎる行動だった」


「ま、レッド君が勝手に動くのはいつものことだし……結果がいいからいいんじゃない?」


 白猫が笑顔で言った。俺は苦笑いした。


「この1ヶ月の間、俺なりに東部地域を観察して考えたことがある。今からそのことをみんなに伝えたいんだ」


 テーブルの上のコップで水を1口飲み、俺は説明を始めた。


「みんなも知っているだろうけど、東部地域の秩序が崩れてしまった最大の原因は……盗賊たちの跋扈だ。連中は正規軍との戦いを避けて、村や行商団を略奪している。だから俺たち遠征軍も盗賊の駆逐を最優先にしているわけだ」


 みんなが頷いた。


「じゃ、みんなに聞くけど……どうして東部地域にはこんなに盗賊が多いと思うんだ? 戦乱に巻き込まれたのは他の地域も同じなのに、どうして東部地域だけが盗賊の群れに悩まされているんだ?」


「それは……大領主の不在が原因ではないのでしょうか」


 オフィーリアが口を開いた。


「公爵家によって統治されている領地では、たとえ盗賊の群れが現れても常備軍によってすぐ鎮圧されます。でもこの東部地域には大規模の常備軍を有する領主がいません。だから盗賊の群れが鎮圧されず、増えているのでは?」


「ああ、確かに一理ある言葉だ」


 俺は頷いた。


「確かに盗賊をすぐ鎮圧することは大事だ。じゃないと、やつらの勢力が伸びてしまう恐れがあるからな。でも……それだけでは説明出来ないことがある」


「それは何でしょうか?」


「この東部地域では……たとえ盗賊の群れを完全に鎮圧しても、またすぐ現れるという事実だ」


 俺は腕を組んで説明を続けた。


「ベルス男爵の城に泊っている間、少し歴史書を読んだんだ。そして東部地域の領主たちの苦労が少し分かったのさ。いくら盗賊を駆逐しても、戦いは全然終わらないということが」


「そう言えば……確かにそうですな」


 ハリス男爵が自分の顎に手を当てる。


「貴族社会でも、たまに話題になったりします。東部地域の領主が盗賊を完璧に駆逐したと宣言したのに、数年も経たないうちにまた盗賊に悩まされているとか……」


「そうか」


「はい、だから東部地域のことを……その、野蛮の地と呼ぶ人もいます」


「なるほど」


 俺は頷いた。


「たぶん俺たち遠征軍が盗賊の駆逐を完璧に遂行しても、同じ結果になるはずだ。数年も経たないうちにまた盗賊の群れが現れるだろう。そう、本当の原因を何とかしない限りはな」


「本当の原因……ですか?」


「ああ、それは『経済構造の弱さ』だ」


 俺はテーブルの上を地図を眺めた。地図にはこの王国全体の地形が描かれている。


「例えば……俺が最初に挙兵した『南の都市』は、戦乱が始まっても経済がそこまで揺れなかった。その理由が分かるか?」


「そりゃ、商業が発達しているからでしょう?」


 南の都市出身のシェラが答えた。


「だって、外国との貿易も活性化しているからね。あの都市は。王国中が混乱していても、どうにか生きていけるんでしょう?」


「ああ、その通りだ」


 俺は満足げに頷いた。


「王都もそうだ。戦乱によって大打撃を受けたが、元々の経済力が高かったから市民たちはどうにか生きることが出来た」


「でもレッドがいなかったら暴動が起きたはずでしょう? 王都は」


 シェラの言葉に、俺は「まあな」と答えた。


「この東部地域は、南の都市や王都とは違うんだ。経済構造が弱すぎる」


 俺はこの間目撃した風景を思い出した。


「険しい地形、整備されていない道路、市場や工房などの不足、未だに物々交換に頼っている村……東部地域の経済構造は本当に貧弱なんだ」


 その説明にみんな頷いた。


「確かに……ペルゲ男爵とも何度か話しましたが、ここは西に比べると商業の発達がかなり遅れているようです」


 ハリス男爵もそう言った。


「そうだ。こんな環境では、少しでも凶作になったり混乱が起きたりすると経済が簡単に崩壊してしまう。税金を納めるところか、冬を過ごすための食糧を備蓄することも難しくなる」


 俺はまた水を1口飲んで、話を再開した。


「俺の師匠の教えの中に、こんな言葉がある。『1人か2人が盗賊になったら、個人に問題がある。だが100人か200人が盗賊になったら、社会に問題がある』……と」


 俺はニヤリとした。


「簡単に言えば……飢え死にするような環境では、盗賊になる方を選ぶ人間が多いってことだ。俺も貧民だったから、そういうことはよく知っている。一週間も要らない。2日くらい何も食べないと、小さなパンのために暴力を振るい合う。それが貧民街の日常だった」


 俺はみんなの顔をもう1度見渡した。


「分かるか? 東部地域で盗賊が発生し続けるのは、ここの経済構造が弱すぎるからだ。いくら盗賊を駆逐しても、少し混乱が起きるとまた盗賊が跋扈するわけだ」


「なるほど……仰る通りですな」


 ハリス男爵を始めに、みんな納得した顔で頷いた。


「でも……公爵様、この地の経済構造を強化することはかなりの時間を必要とすると思いますが」


「もちろんだ。東部地域は広いからな。少なくとも10年以上かかるだろう。それでも……誰かが始めるべきだ」


 みんなの視線が俺に集まる。


「ルケリア王国との決戦だけのためではない。この王国の未来のために……今からやるべきだ」


 俺の言葉に、みんなもう1度頷いた。


「もうすぐ本格的な寒波が来れば、どうせ軍事活動は難しくなる。春が来るまではこのペルゲ男爵領を中心に道路を整備し、商業の中心地となり得る村の復旧を支援する。小さな1歩だが……未来を変えるためにな」


 それから俺たちは、トムの作成した報告書を参考して詳細を決めた。俺にとっては、これもある種の戦いだ。新しい王国を作るための戦いだ。

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