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第467話.大混乱

 11月20日の午後……俺は仲間たちと共に騎兵隊を率いて、軍事要塞を占拠した。


「すっかり寂れていますね」


 後ろからゲッリトが呟いた。


「城壁は苔と穴だらけ、監視塔は壊れたまま……これでは使い物になりませんね」


「事実上、捨てられた状態だからな」


 俺は寂れた軍事要塞を見つめながら答えた。


 この要塞はベルス男爵領とルイゼン男爵領の間に位置している。故に昔は両家の戦いの激戦地となり、何度も主が変わったようだ。しかし今は両家共に衰退してしまって……この要塞を常時維持することが出来なくなり、両家の間に戦闘がある時だけまた使われるみたいだ。


 苔だらけの城壁に包まれている、中規模の軍事要塞……まさにベルス男爵家とルイゼン男爵家の長い紛争の象徴みたいなものだ。数千、数万の人が……ここで怒り、怯え、苦しみ、死んでいった。


「しばらくここで泊るぞ」


 俺たちは寂れた要塞の内部に野営地を構築し始めた。多数の天幕が張られて、苔だらけの城壁の上に『赤竜の旗』が掲げられる。


 やがて野営地の構築が終わり、俺と仲間たちは指揮官用の大きな天幕に集まった。俺、赤竜騎士団の6人、トム、猫姉妹……10人が円になって座った。


「それにしても驚いたわ」


 席に座るや否や、白猫がそう言った。


「まさかレッド君の口から『殺し合え』って言葉が出るとわね」


 その言葉に仲間たちが一斉に頷いた。


「でもそれってレッド君の本心じゃないんでしょう?」


「まあな」


 俺は苦笑した。


「俺の名声、または悪名はこの王国の隅々まで広がっているからな。俺が1人残さず抹殺すると宣言したら、『あいつなら本当にやりかねない』と人々は思うだろう」


「やっぱりあれはボスの策だったのですね」


 レイモンが口を開いた。


「ベルス男爵家とルイゼン男爵家に全力を出させるための策……なんですね?」


「もっと正確に言えば、『両家の領民たちに対立の弊害を分からせるための策』だ」


 俺は腕を組んだ。


「ベルス男爵の息子、パウルはルイゼン男爵家との和解を強く主張した。でも領民たちの心にはあまり響かなかった。対立の弊害を実感出来ないからだ」


「戦いに巻き込まれないと、その弊害を実感出来ないわけですね」


「ああ、そうだ」


 俺は頷いた。


「このまま放っておいても、いずれベルス男爵家もルイゼン男爵家も破綻する。両家の経済や軍事はもう限界だからな。でも両家の領民たちはその事実をあまり実感出来ていない。だから俺は『最後の決戦を始めろ』と威嚇し、両家の現実を見せつけたのさ」


「現実を見せつける……」


「現在、両家には決戦に挑むほどの力が残っていない。つまり……決戦のためには『強制的な徴兵と徴発』を行うしかないんだ」


 俺の説明を聞いて、仲間たちが驚く。


「それは……本当に荒療治だね」


 白猫が驚いた顔で言った。


「その通りだ。無理矢理にでももっと多くの人を……可能ならこの地に住んでいる全ての人を戦いに巻き込むべきだ。一時的にでも『和解の世論』を引き出すために」


「なるほど」


 白猫が俺の顔を注視する。


「そして本当に戦いが始まる前に……レッド君が止めるわけだね」


「いや、戦いを止めるのは俺の役割ではない。新時代の開く者の役割だ」


 俺は微かに笑った。


---


 その日を起点に、ベルス男爵領は大混乱に陥った。


 ベルス男爵は兵士たちに命令し、領地全体に『強制徴兵と強制徴発』を行った。『ルイゼンの連中との決戦のため』という名目で。


 小さな村に兵士たちがやってきて、農家の若者を無理矢理連れていく。その光景に村人は衝撃を受けた。


「う、うちの息子は体が弱くて……どうか……」


 息子が連れ去られるのを見て、老婆が涙目で言った。でも兵士たちは無表情で指示された通りに徴兵を続けた。


 徴兵の次は徴発だ。村人が冬を過ごすために備蓄しておいた食糧を、兵士たちは容赦なく取り上げた。これはもう徴発ではなく略奪……山賊とやることが同じだ。


 抗議する村人もいるけど、兵士たちは『全ては仇敵のルイゼン男爵家を倒すためだ。反対するやつは裏切り者と見なす』と威嚇し、彼らを黙らせた。


 そんな理不尽な光景が、ベルス男爵領全体に広がった。人々は不満や恨みの声を上げた。その対象はもちろん領主のベルス男爵と、彼に決戦を指示したロウェイン公爵……つまり俺だ。


 しかし人々がどれだけ不満の声を上げても、ベルス男爵は決戦のための準備を急いだ。それで12月4日……彼は4千の兵士を自分の城に集結させた。


 俺は仲間たちと一緒にベルス男爵の城を訪ねた。今から始まる決戦の証人になるためだ。


「これがあんたの全力か、ベルス男爵?」


 訓練場に集まっている部隊を眺めながら、俺は笑顔で聞いた。するとベルス男爵が無表情で頷く。


「はい、もうルイゼンの連中を撃滅するための準備は終わりました。いつでも出陣出来ます」


「確かに小さな男爵領にしては結構な兵力だが……」


 俺は笑顔のままベルス男爵を見つめた。


「半数くらいはほとんど訓練されていないように見える。本当にこんな部隊でルイゼン男爵家に勝てるのか?」


「問題ありません」


 ベルス男爵が冷たく答えた。


「あまり訓練を受けていないとはいえ、彼らも立派なベルス男爵領の男です。十分に戦えます」


「へっ」


 俺は笑って、ベルス男爵の部隊をもう1度観察した。4千の部隊……しかし半数の兵士はひたすら怯えている。無理矢理徴兵されて、無理矢理戦わさせられるだけの……農家の青年たちだ。彼らにはルイゼン男爵家に対する敵意や闘争心なんて無い。ただただ生きたくて……怯えている。


「まあ、俺には別にどうでもいい。頑張って殺し合ってくれ」


「……はい。では、部隊を出陣させます」


 ベルス男爵は手を挙げて、部隊に命令を出した。それで4千の部隊は歩き出し、城から出陣した。


「止まれ!」


 しかしその時……1人の男が現れ、ベルス男爵と彼の部隊の前に立ち塞がる。


「止まれ! 止まるんだ!」


 男がまた叫んだ。それは……ベルス男爵の息子、パウル・ベルスだった。

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