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第464話.新時代への道

 山の上に軍事要塞を構築するのは、外敵の侵入を防ぐためだ。外敵がこの山を越えてベルス男爵領の本城や城下町に向かおうとすると、要塞の兵士たちが出陣して阻止するわけだ。


 外敵と戦うために、要塞は頑丈な城壁に囲まれている。そして内部には十分な食糧と水があるだろう。しかしいくら堅固な要塞であっても……内部からの崩壊を防ぐことは出来ない。


 2週くらい前……『パウル・ベルス』は自分に従う若者たちを連れて、この要塞を訪ねたみたいだ。要塞の兵士たちは『領主の息子』である彼を疑わなかったんだろう。それでパウルは簡単に要塞を乗っ取ることが出来たわけだ。


 要塞を占拠したのはいいものの、パウルはすぐ孤立してしまった。ベルス男爵が息子の反乱に気づいて、付近の部隊に迅速に招集をかけたからだ。おかげでパウルは身動きが取れなくなり……親子は対峙を続けたのだ。俺が現れる前まで。


「へっ」


 山頂への険しい道を登っていたら、ふと視線が感じられた。若い男が要塞の城壁の上に立って、こちらを見つめている。パウルの部下なんだろう。俺は視線を無視して歩き続けた。


「と、止まれ!」


 城壁の上から若い男が緊迫な声で叫んだ。


「それ以上近づいたら、貴様の命は無い!」


 若い男は弓に矢をつがえて俺を睨みつける。俺は無言で覆面とフードを外して、素顔を見せた。すると若い男が目を丸くする。


「そ、その肌色は……まさか……」


「俺はレッドだ」


 俺は笑顔で言った。


「レッド・ロウェイン公爵だ。お前たちのリーダー……パウル・ベルスに話がある」


「うっ……!」


 若い男は慌ててどこかに姿を消した。しばらく待っていると……若い男がまた顔を見せる。


「こ、こちらに来い! パウルさんに会わせてやる!」


「へっ」


 俺は笑って要塞に近づいた。要塞の城壁の上から、若者たちが警戒の眼差しで俺を注視する。


 やがて要塞の門が開かれ、俺はその中に入った。すると多数の若者が武器を構えて俺の周りを囲む。


「パウルはどこだ?」


「うっ……」


 俺が質問しても、若者たちは慌てるばかりで誰も動かない。


「剣を下せ!」


 向こうからいきなり野太い声が聞こえてきた。


「剣を下せ! この馬鹿野郎!」


 野太い声がもう1度叫ぶと、俺の周りを囲んでいる若者たちが武器を下す。そして野太い声の主が俺に近づいた。屈強な体格の若者だ。


「あ、貴方は……」


 屈強な体格の若者は、俺を見て驚愕する。俺は内心笑った。そう、こいつが『パウル・ベルス』だ。一目で分かる。父親のベルス男爵にそっくりだ。


「お前がパウル・ベルスだろう?」


「は、はい……」


 パウルは驚愕の表情で頷く。


「ほ、本当に……本当にレッド・ロウェイン公爵様でいらっしゃいますか?」


「ああ、そうだ」


 俺はニヤリと笑った。


「俺の顔は知らなくても、肌色は知っているだろう? これは変装でも仮面でもない。生まれつきのものだ」


「本当に……」


 驚愕の顔のまま俺を見つめていたパウルは、首を強く振って冷静を取り戻す。


「どうしてロウェイン公爵様が……こんなところに……」


「聞いてなかったのか? 俺は東部地域に遠征に来た。そして昨日ベルス男爵に会って、彼から話を聞いたのさ。お前について」


 それを聞いて、パウルはしばらく考え込んだ。


「……かしこまりました、公爵様」


 やがてパウルが頷いた。俺の話を聞く気になったのだ。


「要塞の執務室にご案内致します。どうぞこちらへ」


「ああ」


 俺はパウルの案内に従い、彼と一緒に要塞の本館に入った。そして1階の奥の執務室に入った。質素な部屋だ。木造テーブルと地図、椅子以外は何も無い。


「申し訳ございません、公爵様」


 パウルが頭を下げる。


「公爵様のようなお方を、こんな何も無いところでおもてなしすることになって……」


「別にいいんだ」


 俺は近くの椅子に座った。


「俺は今でも貴族というより軍人だ。軍事要塞で贅沢なおもてなしなど期待しないさ」


「ありがとうございます」


 パウルも自分の席に座った。


 一緒にテーブルの上の水を飲みながら、俺はパウルを観察した。彼は俺と同年代の男で、本当にベルス男爵とそっくりだ。鍛錬された体と意志の強い目をしている。しかしどこか疲れた様子だ。


「公爵様は……」


 ふとパウルが口を開く。


「自分に降伏を勧めるためにいらっしゃったのですね」


「ああ、そうだ」


 俺は軽く頷いた。


「今降伏すれば、俺が介入してお前とお前の部下たちを助けることが出来る。お前の父親、ベルス男爵もそれを望んでいる」


「うっ……」


 パウルの顔が苦悩で歪む。


「……申し訳ございませんが、ここで自分が降伏するわけにはいきません。自分が降伏したら……我々ベルス男爵家とルイゼン男爵家はまた無益な戦いを始めます。それだけは……」


「そうか」


「公爵様もご存じのはずですが、両家はもう限界です。これ以上無益な戦いを繰り返せば……両家共に破綻してしまいます」


「確かにその可能性が高いだろう」


 俺はコップをテーブルの上に置いた。


「お前の父親、ベルス男爵は行商団を山賊の囮にするという極端な方法を使いやがった。たぶん経済も軍事も限界だろうな」


「はい、仰る通りです!」


 パウルが大きく頷いた。


「だからこそ今すぐルイゼン男爵家と和解するべきです! 無益な戦いはもう止めて、共存の道を選ぶべきです! それなのに……親父は……!」


 パウルの顔が更に歪む。


「もちろん……祖父がルイゼン男爵家との戦闘で死んだことは自分も知っています。でも指導者は個人的な感情だけで動いてはいけないと思います。領民たちのためにも……」


「じゃ、お前がルイゼン男爵家との和解を主張しているのは……個人的な感情のせいではないんだな?」


 俺はパウルを注視した。


「ベルス男爵から聞いたよ。お前がルイゼン男爵家の長女と付き合っていると」


「……レイナのことですね」


 パウルが悲しい目をする。


「レイナは……自分に共存の道を教えてくれた人です」


「そうか」


「はい」


 パウルが視線を落とす。


「……王都で留学していた時、商店街で偶然レイナに出会えました。最初は彼女がルイゼン男爵家の人間ということも知りませんでした。ただ……純粋に心が惹かれて……」


「でもすぐに分かったんだろう? 彼女の家系について」


「はい」


 パウルがゆっくりと頷く。


「自分とレイナは本当に驚きました。そしてずっと話しました。どうすれば両家を助けるかを……」


「それで出た結論が共存の道か」


「はい。自分とレイナは各々の故郷に帰って、周りを説得することにしました。それだけが唯一の方法って……」


「なるほど。お前が両家の未来を心配しているのは本当みたいだな」


 俺は腕を組んだ。


「だが……お前のやり方は間違っている」


「やり方、ですか?」


「ああ」


 俺とパウルは互いを見つめた。


「父親の説得に失敗したお前は、自分に従う若者たちを連れて決起した。決起すれば多くの人が賛同してくれると思ったんだろう。しかしいざ決起してみれば……ほとんどの人はベルス男爵の側についた。そうだろう?」


「……はい」


 パウルが肩を落とす。


「自分には理解出来ません。どうして人々は……そんな愚かな選択を……」


「お前には愚かな選択に見えるかもしれないが、彼らにはそうじゃないんだ」


 俺は無表情で言った。


「考えてみろ。領民や兵士の多くは、ルイゼン男爵家との戦いで家族や友人を失った。そんな人々が、ルイゼン男爵家との和解を簡単に受け入れると思うのか?」


「それは……」


 パウルは苦しい表情で口を噤んだ。


「これは俺の参謀の受け売りだけど……」


 俺は顎に手を当てた。


「『人々は合理的な指導者に従うわけではない。自分たちの心を代弁してくれる指導者に従う』……てな」


「心を代弁してくれる指導者……」


「ああ、お前の父親が領民たちから尊敬されている理由さ」


 俺は微かに笑った。


「ルイゼン男爵家との和解は、確かに合理的な主張かもしれない。しかし人々は自分たちの怒りや恨みを代弁してくれるベルス男爵に従うわけだ」


 パウルがまた肩を落とす。


「では……自分はどうすれば良かったのでしょうか?」


「お前はまず俺に助けを求めるべきだった。東部地域の秩序を回復するために来た『ロウェイン公爵』にな」


「そ、それは……」


「分かっている。東部地域では、余所者の力を借りるのを不名誉と思うんだろう? でも人間は誰しも完璧ではないし、状況が難しい時はいくらでもある。人と協力して問題に対処するのは別に悪いことではない」


 俺の言葉を聞いて、パウルが深くため息をついた。


「……仰る通りです。自分は……自分の力だけでどうにかしようと思いました。たとえ反乱を起こしてでも、両家の領民たちを救いたいと」


 パウルは拳を握りしめた。自分の過ちに気づいたみたいだ。


「教えてください、公爵様! 自分はこれからどうすればいいのでしょうか?」


 パウルが俺を直視する。自分の過ちを乗り越えて、強くなろうとしている。


「現状を打破する方法なら、俺が教えてやれる。でもその前に……1つ言っておきたいことがある」


「何でしょうか?」


「お前の覚悟についてだ」


 俺はパウルの顔を凝視した。


「ベルス男爵家とルイゼン男爵家は、もう百年以上戦い合った。その深い業を清算するためには時間が必要だ。何十年……もしくはそれ以上の時間が」


 パウルの顔が強張る。


「その間にも、小さな紛争はいくらでも起こるだろう。それを全部乗り越えなければならない。つまりお前の選んだ共存の道は……長くて苦しい茨の道だ」


「茨の……道……」


「その茨の道を、焦らずに1歩ずつ歩きながら……戦わなければならない。決して答えを急がずに、失敗にも諦めずに、見えない到着地点に向かって進まなければならない」


 俺とパウルの視線がぶつかった。


「本当に長くて苦しい戦いになるはずだ。お前に……その戦いを始める覚悟があるか?」


「自分は……」


 パウルの瞳に闘志が宿る。


「自分はレイナに約束しました。何があっても絶対に……滅んでいく両家を救ってみせると。だから……諦めたりはしません」


「……分かった」


 俺はニヤリとした。一瞬だけだけど……パウルの全身から発せられた気迫は、百戦錬磨のベルス男爵を越えていた。

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